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53、夜会へ
しおりを挟むこの国の夜会は元ヒノモント王家の居城だった城で行われる。
城には誰も住んでいないが、朽ちないように維持するのは大公家の役目だ。城の維持修繕もして夜会も開いて、だと、大公位についた家とその配下の家が困窮しそうと思うかもしれないが、大公位につくとその地域の貴族に国の税収が入るので問題はないのだ。
それもこれも、いつか王家の子孫をこの城に迎えるため……ニチカがいずれここに住んでこの国を……だめだ。想像すると城に暗雲が見える。
「どうしたレイシール? 緊張しているのか」
思わず遠い目をしてしまった私に、お兄様が問いかける。
「なんでもありませんわ」
「そうか。ほら、会場に入るぞ」
お父様とお母様の後に続いて、私とお兄様が夜会の会場に入る。途端に、視線が集まった。主にご令嬢達の熱い視線が。
うんうん。今宵のお兄様はまさに美貌の氷の貴公子。
私はお兄様の腕にくっついて得意になった。
むふふ。今日の私は北の公爵からの密命を帯びた工作員なのよ。
お父様から下された密命はこうだ。『ホーカイド次期公爵夫人を探せ!』
つまりだ。いまだに婚約者のいないお兄様に、ふさわしい令嬢をみつけてこいってなわけなのだ。
お父様はお兄様にいくつか縁談を持ちかけたけれども、のらりくらりとかわされてしまったらしい。そこで、お父様は「もしや誰か想い人がいるのでは?」と疑っているようだ。
想い人がいるのなら、それが誰なのか。いないのなら、お兄様と釣り合う令嬢を探してこーい。という命令なのだ。
ふふふ。お父様、娘はそういうの嫌いじゃないわ。燃えるわ。たっぷり暗躍しちゃうからね!
「レイシー! 会いたかった! 美しい! 可愛い!」
暗躍を誓っていたのに、目立つ男にみつかってしまった。
「ヒョードル。レイシーを渡せ」
「断る。失せろ」
「俺は婚約者だぞ!」
「初めて参加する正式な夜会は家族がエスコートと決まっている。お前はその辺で指をくわえて見てろ」
お兄様とジェンスが睨み合う。
うむ。ジェンスもいい線いってるけど、冷たい美貌のお兄様の迫力には負けているわ。
「レイシー……」
捨てられた犬みたいな目で見るんじゃない! まったく。
「お兄様、サイタマー侯爵夫妻にご挨拶したいわ。ジェンス、連れて行って」
未来の義父母にちゃんと挨拶しておかないとね。ジェンスがしっぽを振りそうな顔で元気になった。
案内するジェンスについて行こうとした時、ふと、ぴりっとした気配を感じて私は振り返った。
気のせいか。視線を感じたような気がしたのだけれど。
「レイシー?」
「なんでもありませんわ」
お兄様に懸想する女の子に睨まれちゃったのかもしれないわね。
まったくもう、お兄様ってば罪な御方。
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