百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜

荒瀬ヤヒロ

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第四話「五月雨に濡れるなかれ」

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 一日、落ち着かない気分で授業を受けた石森は、放課後になるなり当然のように文司の家に向かった。

「待っ……なんで走るんだよ……っ」
「はあはあ……っ、ちょっと、俺もう、無理……」

 学校から文司の家まで走って向かう運動部についてきた稔と大透は死にかける羽目になった。運動部の体力についていける訳がない。
 それでもどうにか、石森よりだいぶ遅れて、教えられていた文司の家に辿り着いた。

「はぁはぁ……」
「腹痛ぇ……」
「あら、いらっしゃい。石森君が言ってた子達?」

 呼び鈴を鳴らそうとした直前に、玄関の扉が開いて四十代半ばくらいのきりりとした雰囲気の女性が顔を出した。

「文司のお見舞いに来てくれたんでしょ。上がってちょうだい」
「お、おじゃまします……」
「どうも……」

 文司の母親なのだろう。しかし、母親よりも有能なキャリアウーマンという雰囲気の方が強い。顔立ちはさすがに文司の母親だけあって整ってはいるが、息子ほどの目の覚めるような美形という訳ではない。

「二階よ。勝手に上がってちょうだい」
「は、はい」

 二階に上がると、開け放したドアの向こうに石森の背中が見えた。

「樫塚、大丈夫か?」
「あ、師匠。来てくれたんですか。宮城も、わざわざ悪いな」

 ベッドに半身を起こした文司の顔面には赤黒い痣があり、右目の下辺りは特に腫れていた。包帯が巻かれて保冷剤を挟んで冷やしているようだが、実に痛々しい。

「まったく、美形になんてことを……」
「あ、これ見た目ほど酷くないんだよ。咄嗟に鞄で顔を庇ったから」

 顔をしかめる大透に、文司は眉を下げてへにゃっと笑った。

「だから、石森もそんなに心配しなくて大丈夫だよ」
「心配するだろ、普通。友達が通り魔に襲われたんだぞ!」

 文司の顔を見て怒りが募ったのか、石森が拳を握って歯を食い縛った。

「犯人め……俺を襲ってきたら返り討ちにしてやるのに……」
「おい、馬鹿なこと考えるなよ! 空手部が他人に怪我させたら洒落にならないから」

 石森の呟きを聞きつけて、文司が慌てて言った。それから、げほげほと咳き込んだ。

「熱、高いのか?」
「昨夜は。今朝は、ちょっと下がったんで……」

 そうは言うものの、目に力がなくて辛そうだ。稔達は途中のコンビニで買ってきた見舞いの品だけ置いてさっさと帰ることにした。

「ありがと……」
「いいから寝てろ!」
「早くイケメン治せよ」
「じゃあな」

 文司の母親に挨拶して家を出ると、石森が文司の前では抑えていた殺気を爆発させた。

「くそっ!! どこのどいつだよ、犯人!」
「落ち着けよ」

 石森は文司の部屋の窓を見上げて目を眇めた。

「これが落ち着いて……っ」

 言いかけた言葉が、途中で止まる。文司の部屋のカーテンが揺れた。

「どうした?」
「いや……」

 石森が眉をひそめながら稔の顔を見た。

「倉井……樫塚、大丈夫だよな?」
「は? いや、医者に行ったんだから大丈夫だろ? 怪我は痛そうだけど、本人は熱で多少ぽーっとしてたけどちゃんと喋ってたし」

 稔は何故そんな聞き方をされるのかわからず首を傾げた。

「いや、そうだよな。悪い」

 石森はがりがり頭を掻いた。

(気のせいだよな。倉井が何も気づいてなさそうだもんな)

 もう一度、文司の部屋の窓を見上げて、そこに何もないことを確かめると、石森は自宅に帰るために歩き出した。




 顔は痛むし、熱で辛い。さっきは心配かけたくなくて強がったが、本当はまだ怖くてたまらない。見ず知らずの通りがかりの人間に殴られただなんて、早く忘れてしまいたい。
 目を閉じれば、熱と疲労のせいですぐに眠気がやってくる。文司はふぅふぅ息を吐いて眠りに就いた。

 カーテンが揺れた。今日も曇り空なので、夕に近づくにつれてどんどん暗くなっていく。

 文司のベッドの横で、カーテンがゆらっゆらっと揺れて、その度に室内の影が変化する。

 すっかり眠り込んでしまった文司は気づかなかった。

 カーテンが揺れる。

 そのカーテンを、小さな小さな拳が、ぎゅっと握り締めていることに。

 カーテンを、ゆらっ、ゆらっ、と揺らす、小さな小さな拳が、拳だけが、そこにあることに。



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