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第三話「土の中」
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しおりを挟む「よし、奈村さんにはっきり聞こう」
稔が頭を悩ませていると、大透があっさりと言った。
「何言ってんだ?」
稔は呆れて口を開けた。「十歳前後の女の子の霊に恨まれる心当たりはありますか?」とでも訊くつもりか?いくらこちらが中学生でも激怒されておかしくない。
「だって、ここであーだこーだ言ってたって何もわかんないだろ」
「そりゃそうだけどよ」
この異様な思い切りの良さはどうにかならないのだろうか、と、稔は肩を落とした。
その時、大透の携帯がぴこん、と受信を告げた。「お、樫塚だ」と呟いて液晶を確認した大透の眉が曇る。
「どうした?」
「樫塚から……」
携帯の画面を見せられて、稔は困惑した。文司の「これ、どういうこと?」「床」というコメントの下に、水槽をみつめる稔の写真が添付されている。
「床?」
何が言いたいのかわからず、稔は怪訝に目を細めた。
写真は今日の昼間に大透が撮って文司に送ったものだ。水槽を見つめる稔を少し離れたところから撮った一枚で、稔の全身が収まっている。
「床がなんだよ?」
大透も首を傾げながら文司に返信を送った。すると、間髪入れずに「床が無い。屋内のはずだろ?」と返ってくる。
稔と大透はもう一度じっくりと画面を見つめて、ほぼ同時に顔を上げて目を見合わせた。
薄暗い屋内の写真だから気づかなかったが、文司の言う通り、床が、無い。
水族館の床は、壁と同じ青い床だった。だけど、写真の床は真っ黒い。水槽の明かりに照らされた壁とは明らかに違う。そこに立つ稔の足はその黒い土を踏みしめている。
そう、床が無くなって、写真の中の稔は剥き出しの地面に立っている。
「なんで……」
大透が呆然と呟いた。稔はぞくっと背筋が寒くなって、思わず腕を擦った。
(土……土の匂いといい、何か意味があるのか)
殺されて、埋められた。
あの霊はそう訴えていた。土の匂いもする。では、埋められたというのは本当なのだろうか。それに、奈村が関わっているのか。
「連休明けたら、奈村さんの事務所に行って訊いてみる。その前に、九年前に行方不明の女子児童がいなかったか調べてみるかな……」
大透が口に手を当てて思案していた。勝手にしろとも協力するとも言えず、稔は黙り込むしかなかった。
***
方々手を尽くして探したが、小学生の女児を預かってくれるという尼寺は見つからなかった。両親のことを思えば会いに行ける距離であってほしかったが、と小野森は嘆息した。
だが、その中で一つ、有益な情報を得ることも出来た。
「その近くに緑橋神社という神社はありませんか?」
ある。確かに、隣町にその名の神社があった。
「そこの宮司が、本物の祓う力を持っていると噂に聞いたことがあります。ただ、非常な変わり者とも聞きましたが」
遠く離れた尼寺を探すより先に、その神社を訪ねてみるべきかもしれない。小野森は明日、自らその神社を訪ねることを決め、その旨を妻に伝えてから寝室に入った。
何か異様な気配を感じた。
小野森は油断無く室内を見渡した。目には何も変わったものは映らない。しかし、確かに何かがいる。ここにいるべきではないものが。
「これ以上、奈村を苦しめるな。死んでもまだ、自分の過ちがわからんのか!」
何もない空間に向かって一喝すると、窓の側の空気が不自然に揺れた。
姿は見えないが、じっとりと睨まれている気配を感じる。恨みと執着心で歪んだ魂が現世に留まり、なんの罪もない親子を脅かし続けていることを、小野森は許せなかった。
「お前はかわいそうな子供などではない。何かしでかす度に親のせいにし、次には何も関係のない奈村のせいにして、己れを被害者だとがなり立て、その行いにふさわしい死に方をしたではないか!」
土の匂いが鼻に刺さった。
「最後まで人に迷惑をかけ、死後も何も反省しておらん!お前に奈村とみくりを傷つける権利はない!大人しく黄泉に還れ!」
どおんっ、と、大きな音が鳴り、床が突き上げられるように揺れた。
小野森は少しも狼狽えず、窓辺に向かって突進した。
「お前の思い通りになるものなど無い!この世から立ち去れっ!!」
小野森は力強く声を響かせ、澱んだ気配に向かって手を伸ばした。
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