63 / 104
第三話「土の中」
10
しおりを挟む建物から出ると、明るい日差しが背中に降りかかってきて、稔はほっと息を吐いた。
太陽を浴びて初めて、体がずいぶん冷えていたことに気づいた。
「そこに座って、休んでから帰ろうか」
「ああ」
植え込みの傍のベンチに稔を座らせた大透が「なんか飲みもん買ってくる」と言って駆け出そうとした時、耳障りな金切り声が辺りの空気を切り裂いた。
稔と大透は驚いて、柵の向こうの道路に目をやった。
「いやああああーっ!!離せ離せ離せーっ!!」
「いい加減にしなさい!!」
泣き叫ぶ幼い女の子の腕を掴んで怒鳴る男性に、通行人が不審な目を向けて通り過ぎていく。
「え……奈村さん!?」
大透が柵に駆け寄って声をかけた。
「と、大透君?なんでここに……」
「奈村さん、何やってんですか?」
柵越しに会話をする二人だが、奈村の腕は暴れる娘を捕まえるのに必死で大透に答える余裕はなさそうだった。
遮二無二暴れているみくりは、少女とは思えぬ形相で父親を口汚く罵っている。
と、みくりの目が柵の向こうで呆然とする稔を捉えた。
途端に、鼻を突き刺すような生臭い土の匂いが辺りに充満した。
稔は咄嗟に口と鼻を抑えて呻いた。
「……おまえ、おっまえおまえおまえぇぇっ!!わかってるんだろうがあああわたし、わたしは、助けろ!!わたしは、被害者だぞぉぉっ」
みくりが、稔に向かって手を伸ばして叫んだ。恫喝するような言い方で、とても、助けを求める少女には見えなかった。
稔は口を抑えたまま愕然としてみくりを見た。
みくりの青いワンピースに、じわじわと黒い染みが広がっていく。その黒い染みがぼとりと地面に落ちた。泥の塊だ。
稔は後ずさった。あの泥は良くないものだ。本能的にそう感じた。
良くない。これ以上、あれに関わってはいけない。
稔は大透の肩を掴んで、逃げようとした。
だが、次の瞬間、がうがうがうっ、と、獣の吠え声がこだました。
土の匂いを塗り替える獣の匂い。
それが通り過ぎた。すると、みくりが「っがぐっ」と、妙な唸りをあげて、カッと目を見開いた。そして、首がガクッと横に折れた。
力を失った少女の体が、父親の腕の中にずるずると沈み込んでいった。
みくりが意識を失うと、辺りに充満していた土の匂いも獣の匂いも、嘘のように消えて、稔は大きく息を吸った。
「……大透君、すまないね。驚かせて」
奈村はみくりの体を抱え直すと、大透に会釈をして急いでその場から立ち去っていった。
「奈村さん、どうしたんだろう……」
みくりは明らかに異常な様子だった。
心配げに顔を曇らせる大透を見て、稔は溜め息を吐いた。
「あの子……、たぶん、取り憑かれてる。女の子の霊に」
稔はぼそぼそと告げた。
こんなこと言いたくはないが、稔一人で抱えきることも出来ない。大透はオカルトマニアではあるものの、これまでの付き合いで意外と常識と良識を持ち合わせていることはもう知っている。知り合いが取り憑かれていると知っても、はしゃいだりはすまい。
「女の子の霊?お前が、うちで見たやつ?」
「うん……俺の前にも現れるんだ。自分は殺されたって訴えてくる」
大透は眉をひそめて、奈村が去っていった道路を見つめた。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
奇怪未解世界
五月 病
ホラー
突如大勢の人間が消えるという事件が起きた。
学内にいた人間の中で唯一生存した女子高生そよぎは自身に降りかかる怪異を退け、消えた友人たちを取り戻すために「怪人アンサー」に助けを求める。
奇妙な契約関係になった怪人アンサーとそよぎは学校の人間が消えた理由を見つけ出すため夕刻から深夜にかけて調査を進めていく。
その過程で様々な怪異に遭遇していくことになっていくが……。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
『忌み地・元霧原村の怪』
潮ノ海月
ホラー
とある年の五月の中旬、都会から来た転校生、神代渉が霧野川高校の教室に現れる。彼の洗練された姿に女子たちは興味を示し、一部の男子は不満を抱く。その中、主人公の森月和也は、渉の涼やかな笑顔の裏に冷たさを感じ、彼に違和感を感じた。
渉の編入から一週間が過ぎ、男子達も次第に渉を受け入れ、和也の友人の野風雄二も渉の魅力に引き込まれ、彼の友人となった。転校生騒ぎが終息しかけたある日の学校の昼休み、女子二人が『こっくりさん』で遊び始め、突然の悲鳴が教室に響く。そしてその翌日、同じクラスの女子、清水莉子が体調不良で休み、『こっくりさん』の祟りという噂が学校中に広まっていく。その次の日の放課後、莉子を心配したと斉藤凪紗は、彼女の友人である和也、雄二、凪沙、葵、渉の五人と共に莉子の家を訪れる。すると莉子の家は重苦しい雰囲気に包まれ、莉子の母親は憔悴した姿に変わっていた。その異変に気づいた渉と和也が莉子の部屋へ入ると、彼女は霊障によって変わり果てた姿に。しかし、彼女の霊障は始まりでしかなく、その後に起こる霊障、怪異。そして元霧原村に古くから伝わる因習、忌み地にまつわる闇、恐怖の怪異へと続く序章に過ぎなかった。
《主人公は和也(語り部)となります》
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる