61 / 104
第三話「土の中」
8
しおりを挟む***
寝る時間になっても、みくりは腹を立てたままだった。
助けを求めたのに、あいつらはみくりを見捨てた。なんて連中だ。
宮城の息子は幼い頃から幾度かみくりと顔を合わせていたのに、いくら訴えても聞く耳を持たず冷たくみくりを追い返した。許せない。
「どうして、私を助けないのよ!私、こんなに可哀想なのに!」
みくりはベッドに座って枕を殴りつけた。
「あいつら、絶対に私に協力させてやるから」
ぼやきながら布団に入り、みくりは目を閉じた。
枕に顔を押しつけて、うつ伏せになる。背中にかかる掛け布団が、ぞろりと動いた。
ぐ、ぐ、ぐ、と、背中に重みがかかる。布団が重い。毎日重くなっていく気がする。
なんだか不快な振動がして、みくりは入眠寸前のうつつの状態で眉をしかめた。
ゆら、ゆら、と、頭が揺らされる。くぐもった声で呻いた。やめて、と呟くが、不明瞭な呻きにしかならない。
閉じているはずの瞼の裏に、何故か自室の窓が映った。窓の外に、女の子がいる。窓ガラスに両手をついて、みくりを睨んでいる。
そんなはずはない。窓にはカーテンが掛かっているはずだ。それに、みくりの部屋は二階だ。
目を開けて、確認すればいい。
だけど、眠くて目を開けられない。
女の子が、腕を振り上げて何かを投げつけてきた。
べしゃり、と、黒い塊が床に叩きつけられる。濡れた土の匂いがぶわっと空気に混ざった。
女の子は次々に塊を投げつけてくる。窓ガラスは割れていないのに、窓の向こうから投げつけられる塊が床に積もっていって山になる。
やがて、投げるのを止めると、女の子の姿が消えた。
女の子が消えるのと同時に、床の黒い塊がうぞうぞと動き出した。塊のてっぺんから、黒い細かな塊がぼろぼろと床にこぼれ落ちる。まるで、虫が噴き出しているようだ。みくりは首を振った。いやだ。こっちに来ないで。
誰か。誰か来て。お母さん。お父さん。
みくりは助けを求めて手を動かした。シーツの上を這う手が、ずぶり、と何かに突き刺さった。冷やりとした感触。右手にぐちゃぐちゃした何かが絡みついた。
「……っきゃああわあああああああーっ!!」
絶叫をあげて跳ね起きて、ベッドの横に転がり落ちた。どすんっと音がして、膝を強く打った。だが、痛みよりも恐怖の方が大きくて、みくりはぎゃあぎゃあと泣き叫んで床の上をのたうち回った。
「みくり!?」
父と母が飛び込んできて、みくりを助け起こした。
「うああああっうああああっ!!」
「みくり!しっかりしろ!」
よだれを吐き散らして暴れるみくりを抑えつけ、奈村が叫ぶ。みくりが奈村の肩を強く掴み、爪が食い込んで皮膚を削り取る。痛みに顔を歪めながらも、奈村はみくりを抱き上げて部屋から運び出した。潔子も後ろから付いてくる。
叫ぶのを止めたみくりは、力を失ってだらりと奈村の腕にぶら下がっているだけだ。
「あなた……」
潔子が涙を流して言った。
「お祓いしましょう……お願い、私、もうこんなの耐えられないわ」
「……ああ。わかった」
奈村は唇を噛んだ。どうして、自分達がこんな目に遭わされなくてはならないのか。
何もしなかったのに。あの子は、ただ勝手に死んだだけだ。奈村には何も関係がないのに。
「……いつまで、つきまとうつもりなんだ……?」
気を失ったみくりを居間のソファに寝かせ、奈村は妻の肩を抱いて吐き捨てた。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
『忌み地・元霧原村の怪』
潮ノ海月
ホラー
とある年の五月の中旬、都会から来た転校生、神代渉が霧野川高校の教室に現れる。彼の洗練された姿に女子たちは興味を示し、一部の男子は不満を抱く。その中、主人公の森月和也は、渉の涼やかな笑顔の裏に冷たさを感じ、彼に違和感を感じた。
渉の編入から一週間が過ぎ、男子達も次第に渉を受け入れ、和也の友人の野風雄二も渉の魅力に引き込まれ、彼の友人となった。転校生騒ぎが終息しかけたある日の学校の昼休み、女子二人が『こっくりさん』で遊び始め、突然の悲鳴が教室に響く。そしてその翌日、同じクラスの女子、清水莉子が体調不良で休み、『こっくりさん』の祟りという噂が学校中に広まっていく。その次の日の放課後、莉子を心配したと斉藤凪紗は、彼女の友人である和也、雄二、凪沙、葵、渉の五人と共に莉子の家を訪れる。すると莉子の家は重苦しい雰囲気に包まれ、莉子の母親は憔悴した姿に変わっていた。その異変に気づいた渉と和也が莉子の部屋へ入ると、彼女は霊障によって変わり果てた姿に。しかし、彼女の霊障は始まりでしかなく、その後に起こる霊障、怪異。そして元霧原村に古くから伝わる因習、忌み地にまつわる闇、恐怖の怪異へと続く序章に過ぎなかった。
《主人公は和也(語り部)となります》
奇怪未解世界
五月 病
ホラー
突如大勢の人間が消えるという事件が起きた。
学内にいた人間の中で唯一生存した女子高生そよぎは自身に降りかかる怪異を退け、消えた友人たちを取り戻すために「怪人アンサー」に助けを求める。
奇妙な契約関係になった怪人アンサーとそよぎは学校の人間が消えた理由を見つけ出すため夕刻から深夜にかけて調査を進めていく。
その過程で様々な怪異に遭遇していくことになっていくが……。
アポリアの林
千年砂漠
ホラー
中学三年生の久住晴彦は学校でのイジメに耐えかねて家出し、プロフィール完全未公開の小説家の羽崎薫に保護された。
しかし羽崎の家で一ヶ月過した後家に戻った晴彦は重大な事件を起こしてしまう。
晴彦の事件を捜査する井川達夫と小宮俊介は、晴彦を保護した羽崎に滞在中の晴彦の話を聞きに行くが、特に不審な点はない。が、羽崎の家のある林の中で赤いワンピースの少女を見た小宮は、少女に示唆され夢で晴彦が事件を起こすまでの日々の追体験をするようになる。
羽崎の態度に引っかかる物を感じた井川は、晴彦のクラスメートで人の意識や感情が見える共感覚の持ち主の原田詩織の助けを得て小宮と共に、羽崎と少女の謎の解明へと乗り出す。
リューズ
宮田歩
ホラー
アンティークの機械式の手に入れた平田。ふとした事でリューズをいじってみると、時間が飛んだ。しかも飛ばした記憶ははっきりとしている。平田は「嫌な時間を飛ばす」と言う夢の様な生活を手に入れた…。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる