百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜

荒瀬ヤヒロ

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第三話「土の中」

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 寝る時間になっても、みくりは腹を立てたままだった。

 助けを求めたのに、あいつらはみくりを見捨てた。なんて連中だ。

 宮城の息子は幼い頃から幾度かみくりと顔を合わせていたのに、いくら訴えても聞く耳を持たず冷たくみくりを追い返した。許せない。

「どうして、私を助けないのよ!私、こんなに可哀想なのに!」

 みくりはベッドに座って枕を殴りつけた。

「あいつら、絶対に私に協力させてやるから」

 ぼやきながら布団に入り、みくりは目を閉じた。

 枕に顔を押しつけて、うつ伏せになる。背中にかかる掛け布団が、ぞろりと動いた。
 ぐ、ぐ、ぐ、と、背中に重みがかかる。布団が重い。毎日重くなっていく気がする。

 なんだか不快な振動がして、みくりは入眠寸前のうつつの状態で眉をしかめた。
 ゆら、ゆら、と、頭が揺らされる。くぐもった声で呻いた。やめて、と呟くが、不明瞭な呻きにしかならない。

 閉じているはずの瞼の裏に、何故か自室の窓が映った。窓の外に、女の子がいる。窓ガラスに両手をついて、みくりを睨んでいる。

 そんなはずはない。窓にはカーテンが掛かっているはずだ。それに、みくりの部屋は二階だ。

 目を開けて、確認すればいい。

 だけど、眠くて目を開けられない。

 女の子が、腕を振り上げて何かを投げつけてきた。

 べしゃり、と、黒い塊が床に叩きつけられる。濡れた土の匂いがぶわっと空気に混ざった。
 女の子は次々に塊を投げつけてくる。窓ガラスは割れていないのに、窓の向こうから投げつけられる塊が床に積もっていって山になる。

 やがて、投げるのを止めると、女の子の姿が消えた。

 女の子が消えるのと同時に、床の黒い塊がうぞうぞと動き出した。塊のてっぺんから、黒い細かな塊がぼろぼろと床にこぼれ落ちる。まるで、虫が噴き出しているようだ。みくりは首を振った。いやだ。こっちに来ないで。

 誰か。誰か来て。お母さん。お父さん。

 みくりは助けを求めて手を動かした。シーツの上を這う手が、ずぶり、と何かに突き刺さった。冷やりとした感触。右手にぐちゃぐちゃした何かが絡みついた。


「……っきゃああわあああああああーっ!!」


 絶叫をあげて跳ね起きて、ベッドの横に転がり落ちた。どすんっと音がして、膝を強く打った。だが、痛みよりも恐怖の方が大きくて、みくりはぎゃあぎゃあと泣き叫んで床の上をのたうち回った。

「みくり!?」

 父と母が飛び込んできて、みくりを助け起こした。

「うああああっうああああっ!!」
「みくり!しっかりしろ!」

 よだれを吐き散らして暴れるみくりを抑えつけ、奈村が叫ぶ。みくりが奈村の肩を強く掴み、爪が食い込んで皮膚を削り取る。痛みに顔を歪めながらも、奈村はみくりを抱き上げて部屋から運び出した。潔子も後ろから付いてくる。

 叫ぶのを止めたみくりは、力を失ってだらりと奈村の腕にぶら下がっているだけだ。

「あなた……」

 潔子が涙を流して言った。

「お祓いしましょう……お願い、私、もうこんなの耐えられないわ」
「……ああ。わかった」

 奈村は唇を噛んだ。どうして、自分達がこんな目に遭わされなくてはならないのか。
 何もしなかったのに。あの子は、ただ勝手に死んだだけだ。奈村には何も関係がないのに。

「……いつまで、つきまとうつもりなんだ……?」

 気を失ったみくりを居間のソファに寝かせ、奈村は妻の肩を抱いて吐き捨てた。



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