百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜

荒瀬ヤヒロ

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第三話「土の中」

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 明日から空手部の練習があるという石森が昼前に一足先に帰り、その後は三人で大透の部屋でゲームをして遊び、五時頃に帰宅した。

「ふわぁ~……」

 欠伸をしながら家の鍵を開け、薄暗い玄関に入る。あまりに非日常な豪邸から帰ってきたのでこぢんまりした自宅にほっとする。
 何はともあれ、宿題も片づいたし、残りの連休はゆっくり過ごそう。

 そんなことを考えながら居間に入り、ソファに荷物を下ろそうとした。
 その時、ふっと土の匂いが鼻先をかすめた。

「っ……」

 荷物を下ろしかけていた中途半端な体勢で、体が硬直した。
 どく、どく、と心臓が耳の奥で音を立てる。
 はあっ、と息を吐き出した。

 落ち着け落ち着け、と心の中で繰り返すが、土の匂いはより強くなり居間に充満した。昼間に嗅いだ、じめっとした嫌な臭いだ。

 とにかく、居間から出よう。

 そう考えた次の瞬間、稔は背筋を凍らせた。

 足首に、誰かの手が巻き付いてくる。
 稔の両の足首を、小さな手がぎゅううと握り締めてくる。

 はっ、はっ、と短く息を吐き出して、稔はそろそろと視線を下に落とした。
 フローリングの床から、細い腕が生え出て稔の足首を掴んでいる。腕だけではない。稔の両足の前の床に、少女の顔が、鼻の頭のところまで現れている。床から生えているように。

 黒く開いた目が、じっとりと稔を見上げているのがわかった。

 稔は凍り付いた首を必死に動かして上を向いた。目を合わせてはいけない。

 物が腐ったような土の匂いが強くなって、口に空気を入れるのも嫌になる。吐きそうだ。

 涙が滲み、汗が頬を伝って流れた。

 うわん、と羽虫が飛び回るような音がしたと思ったが、その音は、うわんうわんと繰り返すうちに、人の声だとわかるようになった。


 こ……された ころされた うめられた たすけて ころされたうめらころされわたしわたしころされたわたしわたうめられてころされたころされたころされた


 稔は息を止め目を瞑った。聞いてはいけない。これは、聞いてはいけない声だ。

(俺には何も出来ない……どっか行ってくれ)

 必死に念じる。
 土の匂いで息が詰まる。苦しくて頭がガンガン鳴った。

 見ないように聞かないように、耐えながら歯を食い縛るが、足首をさらに強く握り締められて思わず声が漏れた。
 力がどんどん強くなり、骨まで痛み出す。足ががくがく震えだして、立っているのが辛くなる。

 限界だ、と、ぎゅっと瞑った目から涙がこぼれ落ちた。

 その時、

「ただいまー」

 玄関から聞こえた兄の声に、一瞬で居間の空気が霧散した。
 土の匂いが消え、足首にかかっていた圧力が消え、一気に息を吐き出した。
 倒れ込みそうになるのを、ソファを掴んで耐えた。

「お。何やってんだ、稔」

 傾いた体勢で立ち尽くしている稔をみつけて、兄が首を傾げながら居間に入ってくる。

「どうかしたのか?」
「……なんでもないよ」

 息を整えて、どうにか応えた。兄の翔は「そうか」と言って台所に入り、蛇口を捻って水を飲んでいる。
 稔はソファから手を離してはーっと息を吐いた。それから、片手で額を押さえる。

(……家に入ってこられた)

 台所にいる兄の様子をちらりと窺う。家に入ってこられるのだけはいけない。兄と父にはもう、霊など関わらせる訳にはいかないのだ。

(俺には何も出来ないから、近寄ってくるな!)

 稔は力強くそう念じた。



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