60 / 104
第三話「土の中」
7
しおりを挟む***
明日から空手部の練習があるという石森が昼前に一足先に帰り、その後は三人で大透の部屋でゲームをして遊び、五時頃に帰宅した。
「ふわぁ~……」
欠伸をしながら家の鍵を開け、薄暗い玄関に入る。あまりに非日常な豪邸から帰ってきたのでこぢんまりした自宅にほっとする。
何はともあれ、宿題も片づいたし、残りの連休はゆっくり過ごそう。
そんなことを考えながら居間に入り、ソファに荷物を下ろそうとした。
その時、ふっと土の匂いが鼻先をかすめた。
「っ……」
荷物を下ろしかけていた中途半端な体勢で、体が硬直した。
どく、どく、と心臓が耳の奥で音を立てる。
はあっ、と息を吐き出した。
落ち着け落ち着け、と心の中で繰り返すが、土の匂いはより強くなり居間に充満した。昼間に嗅いだ、じめっとした嫌な臭いだ。
とにかく、居間から出よう。
そう考えた次の瞬間、稔は背筋を凍らせた。
足首に、誰かの手が巻き付いてくる。
稔の両の足首を、小さな手がぎゅううと握り締めてくる。
はっ、はっ、と短く息を吐き出して、稔はそろそろと視線を下に落とした。
フローリングの床から、細い腕が生え出て稔の足首を掴んでいる。腕だけではない。稔の両足の前の床に、少女の顔が、鼻の頭のところまで現れている。床から生えているように。
黒く開いた目が、じっとりと稔を見上げているのがわかった。
稔は凍り付いた首を必死に動かして上を向いた。目を合わせてはいけない。
物が腐ったような土の匂いが強くなって、口に空気を入れるのも嫌になる。吐きそうだ。
涙が滲み、汗が頬を伝って流れた。
うわん、と羽虫が飛び回るような音がしたと思ったが、その音は、うわんうわんと繰り返すうちに、人の声だとわかるようになった。
こ……された ころされた うめられた たすけて ころされたうめらころされわたしわたしころされたわたしわたうめられてころされたころされたころされた
稔は息を止め目を瞑った。聞いてはいけない。これは、聞いてはいけない声だ。
(俺には何も出来ない……どっか行ってくれ)
必死に念じる。
土の匂いで息が詰まる。苦しくて頭がガンガン鳴った。
見ないように聞かないように、耐えながら歯を食い縛るが、足首をさらに強く握り締められて思わず声が漏れた。
力がどんどん強くなり、骨まで痛み出す。足ががくがく震えだして、立っているのが辛くなる。
限界だ、と、ぎゅっと瞑った目から涙がこぼれ落ちた。
その時、
「ただいまー」
玄関から聞こえた兄の声に、一瞬で居間の空気が霧散した。
土の匂いが消え、足首にかかっていた圧力が消え、一気に息を吐き出した。
倒れ込みそうになるのを、ソファを掴んで耐えた。
「お。何やってんだ、稔」
傾いた体勢で立ち尽くしている稔をみつけて、兄が首を傾げながら居間に入ってくる。
「どうかしたのか?」
「……なんでもないよ」
息を整えて、どうにか応えた。兄の翔は「そうか」と言って台所に入り、蛇口を捻って水を飲んでいる。
稔はソファから手を離してはーっと息を吐いた。それから、片手で額を押さえる。
(……家に入ってこられた)
台所にいる兄の様子をちらりと窺う。家に入ってこられるのだけはいけない。兄と父にはもう、霊など関わらせる訳にはいかないのだ。
(俺には何も出来ないから、近寄ってくるな!)
稔は力強くそう念じた。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
『忌み地・元霧原村の怪』
潮ノ海月
ホラー
とある年の五月の中旬、都会から来た転校生、神代渉が霧野川高校の教室に現れる。彼の洗練された姿に女子たちは興味を示し、一部の男子は不満を抱く。その中、主人公の森月和也は、渉の涼やかな笑顔の裏に冷たさを感じ、彼に違和感を感じた。
渉の編入から一週間が過ぎ、男子達も次第に渉を受け入れ、和也の友人の野風雄二も渉の魅力に引き込まれ、彼の友人となった。転校生騒ぎが終息しかけたある日の学校の昼休み、女子二人が『こっくりさん』で遊び始め、突然の悲鳴が教室に響く。そしてその翌日、同じクラスの女子、清水莉子が体調不良で休み、『こっくりさん』の祟りという噂が学校中に広まっていく。その次の日の放課後、莉子を心配したと斉藤凪紗は、彼女の友人である和也、雄二、凪沙、葵、渉の五人と共に莉子の家を訪れる。すると莉子の家は重苦しい雰囲気に包まれ、莉子の母親は憔悴した姿に変わっていた。その異変に気づいた渉と和也が莉子の部屋へ入ると、彼女は霊障によって変わり果てた姿に。しかし、彼女の霊障は始まりでしかなく、その後に起こる霊障、怪異。そして元霧原村に古くから伝わる因習、忌み地にまつわる闇、恐怖の怪異へと続く序章に過ぎなかった。
《主人公は和也(語り部)となります》
奇怪未解世界
五月 病
ホラー
突如大勢の人間が消えるという事件が起きた。
学内にいた人間の中で唯一生存した女子高生そよぎは自身に降りかかる怪異を退け、消えた友人たちを取り戻すために「怪人アンサー」に助けを求める。
奇妙な契約関係になった怪人アンサーとそよぎは学校の人間が消えた理由を見つけ出すため夕刻から深夜にかけて調査を進めていく。
その過程で様々な怪異に遭遇していくことになっていくが……。
アポリアの林
千年砂漠
ホラー
中学三年生の久住晴彦は学校でのイジメに耐えかねて家出し、プロフィール完全未公開の小説家の羽崎薫に保護された。
しかし羽崎の家で一ヶ月過した後家に戻った晴彦は重大な事件を起こしてしまう。
晴彦の事件を捜査する井川達夫と小宮俊介は、晴彦を保護した羽崎に滞在中の晴彦の話を聞きに行くが、特に不審な点はない。が、羽崎の家のある林の中で赤いワンピースの少女を見た小宮は、少女に示唆され夢で晴彦が事件を起こすまでの日々の追体験をするようになる。
羽崎の態度に引っかかる物を感じた井川は、晴彦のクラスメートで人の意識や感情が見える共感覚の持ち主の原田詩織の助けを得て小宮と共に、羽崎と少女の謎の解明へと乗り出す。
リューズ
宮田歩
ホラー
アンティークの機械式の手に入れた平田。ふとした事でリューズをいじってみると、時間が飛んだ。しかも飛ばした記憶ははっきりとしている。平田は「嫌な時間を飛ばす」と言う夢の様な生活を手に入れた…。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる