百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜

荒瀬ヤヒロ

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第二話「鏡の顔」

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 市立病院の前に、花束を抱えた高遠の姿がある。
 先程から、玄関前の道路をうろうろしている彼を、通りすがりの人が不審そうに見ている。高遠は大きく溜め息を吐いた。
 学校はさぼってしまった。昨夜の出来事を鮮明に覚えているうちに、ここに来なければならないと思ったから。
 高遠は行ったり来たりする足を止めて目の前にそびえる病院を見上げた。
 彼は一度深呼吸をしてから、ごくんと唾を飲み込んだ。
 それから、何かを決意した表情で、病院の門をくぐった。



 ***



「今回は、すごかったですよねぇ。俺なんか、もうだめかと思いましたよ」

 よろよろしながら登校してきた文司がそう言って弱弱しく笑う。同じく、怠い体を引きずって登校した稔は文司を睨みつけた。

「だから、行かなきゃよかったんだ」
「でも、行かなかったら高遠が鏡の中に引き込まれてましたよ」

 それはいくらなんでも寝覚めが悪いでしょう、と文司が言う。稔は何も言えずに口を噤んだ。

「それにしても、昨日は熱が出て、今日もすごく体が怠いんですけど……あの水を飲めば元気になるんですかね?」

 文司が青ざめながら尋ねてくる。稔はそれにも口を噤んで答えなかった。

「いや、前回あの水を飲まされた時にわかったんですけど、あれって飲んでる時は死ぬほど不味いですけど、飲み終えた後はすごく体が楽になるっていうか、気分がすっきりするじゃないですか。高遠に、飲ませた方がいいんじゃないかって思って」
「……紹介したら、俺達も絶対に飲まされるぞ」

 稔が言うと、文司はぐっと黙り込んだ。
 わかる。あの水はとても体にいい。それは確かだ。わかるけど、不味すぎて出来れば飲みたくない。
 まあ、今回は一晩熱が出ただけで済んだのだし、飲まなくてもいいだろう。と自分に言い聞かせた。

「それより、宮城は休みか」

 稔は大透の机をチラッと見た。まだ登校していない。

「熱下がらないんですかね」

 文司が心配そうに言ったちょうどその時、楽しそうに跳ねるように歩いてきた大透が教室に入ってきた。そして稔を見つけると、昨夜あんな目に遭ったとは思えないほど軽やかなステップで駆け寄ってきて鞄の中からさっとデジカメを取り出した。

「見てくれよ倉井!今回はすごい映像が撮れたんだよっ」

 大透は嫌がる稔に無理矢理デジカメの画像を見せた。
 大透がトイレに駆け込んだ際の映像だ。高遠の向こう、鏡の中に映っているのが高遠ではなく、四歳ぐらいの小さい男の子だった。やたらとぼやけていて顔はよくわからないが、笑っているように見える。

「捨ててしまえ、そんな怖い映像!」
「何言ってんだよ。こういう映像を撮りためて、「霊能力者倉井稔の戦歴」として世界中に広めるんだろうが」
「誰がそんなこと望んだ!?俺は霊能力者じゃないし!ただ見えるだけで何もできないって言ってるだろ!」
「でも師匠、今回も高遠を救いましたよね?やはり師匠はすごいです」

 文司がキラキラした目で稔を称える。

「救ってない!」
「救いましたよ。師匠の言葉に胸を打たれたからこそ、高遠も立ち向かう勇気を持ったんでしょう」

 文司の言葉に、大透もうんうんと頷いている。

「俺も、樫塚も、高遠も、倉井に救われたんだ。倉井はもっと自信持てよ」

 大透が稔の背中を叩いて朗らかに笑った。

「お前はすごい奴だよ。霊感があるからじゃなくて、倉井にはどうしうもなくて動けなくなっている奴を立ち上がらせる力があるんだよ」

 稔はちょっと目を丸くして大透を見た。
 オカルトマニアの大透は、稔の霊能力を評価しているだけなのかと思っていた。

「俺もそう思います」

 文司も同意する。

「……おだてても、もうこんな真似はしないからな」

 稔は頭をがりがり掻きながら口を尖らせた。なんだか面映ゆい。

「別におだててねぇよ。友達のいいところを言っただけ」

 大透がそう言った。

(友達)

 稔は目を瞬いた。

「あ、石森!朝練終わったのか」
「おう、おはよう」
「なあ、来週ひま?うちに遊びにこいよ。三人とも」

 稔の周りが賑やかだ。いつも、霊を恐れて息をひそめるように生活していたのに、中学に入って以来、稔の周りには声が溢れている。

(友達、か)

 稔は窓の外に目をやった。黒い影など一つも見えない青い空を見上げて、稔はふっと顔をほころばせた。





 第二話 鏡の顔・完

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