53 / 104
第二話「鏡の顔」
12
しおりを挟む市立病院の前に、花束を抱えた高遠の姿がある。
先程から、玄関前の道路をうろうろしている彼を、通りすがりの人が不審そうに見ている。高遠は大きく溜め息を吐いた。
学校はさぼってしまった。昨夜の出来事を鮮明に覚えているうちに、ここに来なければならないと思ったから。
高遠は行ったり来たりする足を止めて目の前にそびえる病院を見上げた。
彼は一度深呼吸をしてから、ごくんと唾を飲み込んだ。
それから、何かを決意した表情で、病院の門をくぐった。
***
「今回は、すごかったですよねぇ。俺なんか、もうだめかと思いましたよ」
よろよろしながら登校してきた文司がそう言って弱弱しく笑う。同じく、怠い体を引きずって登校した稔は文司を睨みつけた。
「だから、行かなきゃよかったんだ」
「でも、行かなかったら高遠が鏡の中に引き込まれてましたよ」
それはいくらなんでも寝覚めが悪いでしょう、と文司が言う。稔は何も言えずに口を噤んだ。
「それにしても、昨日は熱が出て、今日もすごく体が怠いんですけど……あの水を飲めば元気になるんですかね?」
文司が青ざめながら尋ねてくる。稔はそれにも口を噤んで答えなかった。
「いや、前回あの水を飲まされた時にわかったんですけど、あれって飲んでる時は死ぬほど不味いですけど、飲み終えた後はすごく体が楽になるっていうか、気分がすっきりするじゃないですか。高遠に、飲ませた方がいいんじゃないかって思って」
「……紹介したら、俺達も絶対に飲まされるぞ」
稔が言うと、文司はぐっと黙り込んだ。
わかる。あの水はとても体にいい。それは確かだ。わかるけど、不味すぎて出来れば飲みたくない。
まあ、今回は一晩熱が出ただけで済んだのだし、飲まなくてもいいだろう。と自分に言い聞かせた。
「それより、宮城は休みか」
稔は大透の机をチラッと見た。まだ登校していない。
「熱下がらないんですかね」
文司が心配そうに言ったちょうどその時、楽しそうに跳ねるように歩いてきた大透が教室に入ってきた。そして稔を見つけると、昨夜あんな目に遭ったとは思えないほど軽やかなステップで駆け寄ってきて鞄の中からさっとデジカメを取り出した。
「見てくれよ倉井!今回はすごい映像が撮れたんだよっ」
大透は嫌がる稔に無理矢理デジカメの画像を見せた。
大透がトイレに駆け込んだ際の映像だ。高遠の向こう、鏡の中に映っているのが高遠ではなく、四歳ぐらいの小さい男の子だった。やたらとぼやけていて顔はよくわからないが、笑っているように見える。
「捨ててしまえ、そんな怖い映像!」
「何言ってんだよ。こういう映像を撮りためて、「霊能力者倉井稔の戦歴」として世界中に広めるんだろうが」
「誰がそんなこと望んだ!?俺は霊能力者じゃないし!ただ見えるだけで何もできないって言ってるだろ!」
「でも師匠、今回も高遠を救いましたよね?やはり師匠はすごいです」
文司がキラキラした目で稔を称える。
「救ってない!」
「救いましたよ。師匠の言葉に胸を打たれたからこそ、高遠も立ち向かう勇気を持ったんでしょう」
文司の言葉に、大透もうんうんと頷いている。
「俺も、樫塚も、高遠も、倉井に救われたんだ。倉井はもっと自信持てよ」
大透が稔の背中を叩いて朗らかに笑った。
「お前はすごい奴だよ。霊感があるからじゃなくて、倉井にはどうしうもなくて動けなくなっている奴を立ち上がらせる力があるんだよ」
稔はちょっと目を丸くして大透を見た。
オカルトマニアの大透は、稔の霊能力を評価しているだけなのかと思っていた。
「俺もそう思います」
文司も同意する。
「……おだてても、もうこんな真似はしないからな」
稔は頭をがりがり掻きながら口を尖らせた。なんだか面映ゆい。
「別におだててねぇよ。友達のいいところを言っただけ」
大透がそう言った。
(友達)
稔は目を瞬いた。
「あ、石森!朝練終わったのか」
「おう、おはよう」
「なあ、来週ひま?うちに遊びにこいよ。三人とも」
稔の周りが賑やかだ。いつも、霊を恐れて息をひそめるように生活していたのに、中学に入って以来、稔の周りには声が溢れている。
(友達、か)
稔は窓の外に目をやった。黒い影など一つも見えない青い空を見上げて、稔はふっと顔をほころばせた。
第二話 鏡の顔・完
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
奇怪未解世界
五月 病
ホラー
突如大勢の人間が消えるという事件が起きた。
学内にいた人間の中で唯一生存した女子高生そよぎは自身に降りかかる怪異を退け、消えた友人たちを取り戻すために「怪人アンサー」に助けを求める。
奇妙な契約関係になった怪人アンサーとそよぎは学校の人間が消えた理由を見つけ出すため夕刻から深夜にかけて調査を進めていく。
その過程で様々な怪異に遭遇していくことになっていくが……。
二人称・ホラー小説 『あなた』 短編集
シルヴァ・レイシオン
ホラー
※このシリーズ、短編ホラー・二人称小説『あなた』は、色んな視点のホラーを書きます。
様々な「死」「痛み」「苦しみ」「悲しみ」「因果」などを描きますので本当に苦手な方、なんらかのトラウマ、偏見などがある人はご遠慮下さい。
小説としては珍しい「二人称」視点をベースにしていきますので、例えば洗脳されやすいような方もご観覧注意下さい。
『忌み地・元霧原村の怪』
潮ノ海月
ホラー
とある年の五月の中旬、都会から来た転校生、神代渉が霧野川高校の教室に現れる。彼の洗練された姿に女子たちは興味を示し、一部の男子は不満を抱く。その中、主人公の森月和也は、渉の涼やかな笑顔の裏に冷たさを感じ、彼に違和感を感じた。
渉の編入から一週間が過ぎ、男子達も次第に渉を受け入れ、和也の友人の野風雄二も渉の魅力に引き込まれ、彼の友人となった。転校生騒ぎが終息しかけたある日の学校の昼休み、女子二人が『こっくりさん』で遊び始め、突然の悲鳴が教室に響く。そしてその翌日、同じクラスの女子、清水莉子が体調不良で休み、『こっくりさん』の祟りという噂が学校中に広まっていく。その次の日の放課後、莉子を心配したと斉藤凪紗は、彼女の友人である和也、雄二、凪沙、葵、渉の五人と共に莉子の家を訪れる。すると莉子の家は重苦しい雰囲気に包まれ、莉子の母親は憔悴した姿に変わっていた。その異変に気づいた渉と和也が莉子の部屋へ入ると、彼女は霊障によって変わり果てた姿に。しかし、彼女の霊障は始まりでしかなく、その後に起こる霊障、怪異。そして元霧原村に古くから伝わる因習、忌み地にまつわる闇、恐怖の怪異へと続く序章に過ぎなかった。
《主人公は和也(語り部)となります》
ペルシャ絨毯の模様
宮田歩
ホラー
横沢真希は、宝石商としての成功を収め、森に囲まれた美しい洋館に住んでいた。しかし、その森からやってくる蟲達を酷く嫌っていた。そんな横沢がアンティークショップで美しい模様のペルシャ絨毯を購入するが——。
Jamais Vu (ジャメヴュ)
宮田歩
ホラー
Jamais Vu (ジャメヴュ)と書いてある怪しいドリンクを飲んでしまった美知。ジャメヴュとはデジャヴの反対、つまり、普段見慣れている光景や物事がまるで未体験のように感じられる現象の事。美知に訪れる衝撃の結末とは——。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる