百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜

荒瀬ヤヒロ

文字の大きさ
上 下
52 / 104
第二話「鏡の顔」

11

しおりを挟む





 高遠は自嘲の笑みを浮かべ、視線を床に落とした。

(……僕のせいで、ここに霊が集まった。僕のせいで、三人も大怪我をした)

「僕は……責任を取らなくては」

 高遠の声は、先程までとはうって変わって静かな強さを持っており、そこにある種の覚悟が感じ取れた。

「ふざ……けんなっ」

 高遠の右腕は、すでに肩まで鏡に引き込まれてしまっている。渾身の力で高遠の左腕を引っ張りながら、稔は呻いた。

「ここまでやっておいて……楽な方に逃げるんじゃねぇ」
「……楽?」

 稔の言葉に、高遠はぴくっと肩を震わせる。

「そうだろ。お前はさ、鏡の中にいるものに、帰れというのが怖いんだ。もしここで助かってしまったら、あの三人に会わなきゃいけないから……それが嫌なんだろ?怖いんだろ?だから、逃げようとしてるんだ」

 高遠の心臓が、どくんっと跳ね上がった。

「違う。僕は、そんなことは……」

 否定しようとした言葉が、途中で止まった。どこかで、もう一人の自分が稔の言葉を素直に受け入れた。そうだ。怖いのだ。と、その自分が言う。
 自分の憎しみが呼び寄せたものを見据えるのが。ここで助かってしまうのが。怪我をした三人に向き合うのが。
 怖いのだ。
 三人の姿を見るたび、思い出すたびに、自分のやったことと向き合わなければならないことが。自分の罪を、抱えて生きるのが。

「俺も、倉井の意見に一票だな」

 大透が言う。

「高遠さん、あんた、こういう形で終わらせちゃいけないよ」
「俺も……師匠に賛成。楽な道が正しい道とは限らない。もし、俺が藤蒔だったら、こんな責任の取り方はしてほしくない」

 文司も苦しそうに言う。大透も文司も、真っ赤な顔をして、汗をだくだく流している。二人とも、限界が近いらしく、足がガクガク震えている。かくいう稔も、腕の筋が切れそうなほど痛い。これ以上はとても踏ん張れそうになかった。

「これで最後だ。どっちか選べ。逃げるのか、それとも……」

 稔の言葉は途中から呻き声に変わった。じりじり、じりじりと、四人は鏡に引き寄せられていく。

(だめだ、もう、抑えてられない……っ)

 稔は、最悪の事態を覚悟した。高遠が鏡の中に引きずり込まれて、はたして霊達はそれで満足して帰ってくれるだろうか。行きがけの駄賃に他の三人まで引きずり込まれてしまう可能性も十分にある。

(くそっ。やっぱり来るんじゃなかった)

 稔は心の底から後悔した。

「……帰って……ください……」

 細い声がした。顔を上げた稔は、高遠が目の前の鏡をまっすぐに見据えて唇を震わせているのを目にした。

「僕は、そっちに行きたくない。ここで、やらなきゃいけないことがある」

 高遠の言葉に、徐々に力がこもっていく。

「僕は、ここに残って、自分のやったことと向き合わなきゃいけない。だから、もう、帰ってくださいっ!」

 動きが、止まった。高遠を引き込もうとしていた力が、不意に解かれた。

「僕には、もう、あなたたちは必要ないっ!」

 高遠はまなざしに力を込め、睨むように鏡を見据えた。

「だから、帰ってくださいっ!」

 叫んだ瞬間、バーンッと、何かが弾けるような音がして、目の眩むような閃光がほとばしった。

「うあっ!」

 同時に、何かがぶつかってきたような衝撃があって、稔達はトイレの壁に叩きつけられた。
 それから、甲高い哄笑が辺りに響いたのを、確かに全員が耳にした。

 それがおさまった時、目を開けた稔は、何ごともなかったように壁に張り付いてトイレの様子を映している鏡と、その前に呆然と立ち尽くす高遠の姿を目にした。
 高遠は、その場にへなへなと崩れ落ちて、床に膝をついた。



 その後、這う這うの体で家に帰った稔達は全員が一晩高熱を出した。
 幽霊の毒気にあてられたものと思われる。



しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『忌み地・元霧原村の怪』

潮ノ海月
ホラー
とある年の五月の中旬、都会から来た転校生、神代渉が霧野川高校の教室に現れる。彼の洗練された姿に女子たちは興味を示し、一部の男子は不満を抱く。その中、主人公の森月和也は、渉の涼やかな笑顔の裏に冷たさを感じ、彼に違和感を感じた。 渉の編入から一週間が過ぎ、男子達も次第に渉を受け入れ、和也の友人の野風雄二も渉の魅力に引き込まれ、彼の友人となった。転校生騒ぎが終息しかけたある日の学校の昼休み、女子二人が『こっくりさん』で遊び始め、突然の悲鳴が教室に響く。そしてその翌日、同じクラスの女子、清水莉子が体調不良で休み、『こっくりさん』の祟りという噂が学校中に広まっていく。その次の日の放課後、莉子を心配したと斉藤凪紗は、彼女の友人である和也、雄二、凪沙、葵、渉の五人と共に莉子の家を訪れる。すると莉子の家は重苦しい雰囲気に包まれ、莉子の母親は憔悴した姿に変わっていた。その異変に気づいた渉と和也が莉子の部屋へ入ると、彼女は霊障によって変わり果てた姿に。しかし、彼女の霊障は始まりでしかなく、その後に起こる霊障、怪異。そして元霧原村に古くから伝わる因習、忌み地にまつわる闇、恐怖の怪異へと続く序章に過ぎなかった。 《主人公は和也(語り部)となります》

奇怪未解世界

五月 病
ホラー
突如大勢の人間が消えるという事件が起きた。 学内にいた人間の中で唯一生存した女子高生そよぎは自身に降りかかる怪異を退け、消えた友人たちを取り戻すために「怪人アンサー」に助けを求める。 奇妙な契約関係になった怪人アンサーとそよぎは学校の人間が消えた理由を見つけ出すため夕刻から深夜にかけて調査を進めていく。 その過程で様々な怪異に遭遇していくことになっていくが……。

焔鬼

はじめアキラ
ホラー
「昨日の夜、行方不明になった子もそうだったのかなあ。どっかの防空壕とか、そういう場所に入って出られなくなった、とかだったら笑えないよね」  焔ヶ町。そこは、焔鬼様、という鬼の神様が守るとされる小さな町だった。  ある夏、その町で一人の女子中学生・古鷹未散が失踪する。夜中にこっそり家の窓から抜け出していなくなったというのだ。  家出か何かだろう、と同じ中学校に通っていた衣笠梨華は、友人の五十鈴マイとともにタカをくくっていた。たとえ、その失踪の状況に不自然な点が数多くあったとしても。  しかし、その古鷹未散は、黒焦げの死体となって発見されることになる。  幼い頃から焔ヶ町に住んでいるマイは、「焔鬼様の仕業では」と怯え始めた。友人を安心させるために、梨華は独自に調査を開始するが。

禊(みそぎ)

宮田歩
ホラー
車にはねられて自分の葬式を見てしまった、浮遊霊となった私。神社に願掛けに行くが——。

限界集落

宮田歩
ホラー
下山中、標識を見誤り遭難しかけた芳雄は小さな集落へたどり着く。そこは平家落人の末裔が暮らす隠れ里だと知る。その後芳雄に待ち受ける壮絶な運命とは——。

アポリアの林

千年砂漠
ホラー
 中学三年生の久住晴彦は学校でのイジメに耐えかねて家出し、プロフィール完全未公開の小説家の羽崎薫に保護された。  しかし羽崎の家で一ヶ月過した後家に戻った晴彦は重大な事件を起こしてしまう。  晴彦の事件を捜査する井川達夫と小宮俊介は、晴彦を保護した羽崎に滞在中の晴彦の話を聞きに行くが、特に不審な点はない。が、羽崎の家のある林の中で赤いワンピースの少女を見た小宮は、少女に示唆され夢で晴彦が事件を起こすまでの日々の追体験をするようになる。  羽崎の態度に引っかかる物を感じた井川は、晴彦のクラスメートで人の意識や感情が見える共感覚の持ち主の原田詩織の助けを得て小宮と共に、羽崎と少女の謎の解明へと乗り出す。

リューズ

宮田歩
ホラー
アンティークの機械式の手に入れた平田。ふとした事でリューズをいじってみると、時間が飛んだ。しかも飛ばした記憶ははっきりとしている。平田は「嫌な時間を飛ばす」と言う夢の様な生活を手に入れた…。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

処理中です...