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第二話「鏡の顔」
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しおりを挟む水を出しっぱなしにしていたことに気づいて、高遠は慌てて蛇口を捻った。
ふうっと息を吐く。それから、顔を上げて鏡を見る。
(一昨日は新井、昨日は久我下)
二日続けて、クラスメイトが怪我をした。しかも……
勢いよく戸を開けて、誰かが入ってきた。振り向いた高遠の胸ぐらを有無を言わさず掴み上げたのは、顔を真っ青にした藤蒔だった。
「テメェがやりやがったのか!」
なんのことを言われているのかはよくわかった。
「ち、違う。僕じゃ……」
「いいかっ。俺はあいつらと違って、テメェなんかにやられたりしねぇからな!」
大声を出してはいるが、彼は怖がっているのだと高遠にはわかった。怪我をした二人は、いつも藤蒔にくっついている。
その二人を襲ったのは高遠であると、噂が立っている。その二人と藤蒔が高遠をいじめていたことを、クラス中が知っていたからだ。
そして、今日は藤蒔の番に違いないと、藤蒔と高遠には朝からクラス中の視線が突き刺さっていた。
(僕にそんなことが出来たら、真っ先にお前を襲ってるよ)
心の中で、高遠は呟いた。
「何とかいいやがれ、このっ」
藤蒔が拳を振り上げた。思わず目をつぶった高遠だったが、悲鳴を上げて飛び離れたのは藤蒔の方だった。
見ると、藤蒔の右手の甲が、カミソリでもあてられたようにスッパリ切れている。
「何しやがった、今?」
薄気味悪いものをみるように、藤蒔は顔を歪めた。彼は高遠をきっと睨んだ。次の瞬間、その顔に今度は濃厚な恐怖が浮かんだ。
「あ……うあ……」
わなわなと震え出す。
「?」
何が起きたのかもわからず、高遠は立ち尽くした。
「うわあああああああああああっ」
絶叫して、藤蒔はトイレから飛び出した。取り残された高遠は訳もわからずに藤蒔の走り去った後を眺めていた。
自分の後ろにある鏡に映った四歳ぐらいの男の子の顔が、にやりと笑ったことに高遠は気づかなかった。
***
「師匠、昨日は急に早退しちゃって、心配したんですよ」
三時間目の終わりと同時に姿を見せた稔に、開口一番、文司が言った。
「そういや、昨日、怪我した生徒は……」
「悪いけど、その話はしないでくれ」
何が原因なの知らないが、南校舎の怪異には絶対に関わらないことを稔は決意していた。しばらくは南校舎の方も見ないように、窓から目を逸らして授業を受ける。そうすれば、もうあんな怖いものは見なくて済むだろうし、そもそも稔には何の関係もないことなのだから、高等部の生徒がどうなろうとしったこっちゃない。
「その話をしたくないってことは、やっぱなんか霊が関係してんのか?もしかして、昨日なんか見たのか?」
大透がデジカメを構えながら言う。無駄に勘がいい友人に、稔はイライラと答えた。
「俺が知ったことじゃない。いいか。俺の前で二度とその話をすんなよ」
大透と文司は顔を見合わせて肩をすくめた。
(俺には関係ないことだ)
稔は自分に言い聞かせた。
***
震えがなかなか止まらない。
学校にはいたくなくて、思わず飛び出してきてしまったが、晴れた空の下にいても胸にくすぶる不安は消えてくれなかった。
(あれは、いったい何だったんだ?)
先程から、同じ問いを何度も繰り返しているが、答えは出てこない。
高遠の後ろの鏡。本来なら、高遠の後頭部が映るはずのその鏡に映っていたもの……
藤蒔はぶるるっと頭を振り、その映像を振り払った。
(気のせいだ)
自分にそう言い聞かせるのだが、震えはいっこうに止まらない。真っ青になって肩を震わせている藤蒔を見て、道行く人が不思議そうに振り返る。ズキズキと痛む右手の甲が、余計に藤蒔を混乱させていた。
(早く帰ろう)
信号が赤に変わる。藤蒔は足を止めて深呼吸した。目の前を車が行き過ぎる。
その時、誰かに背中を強く押され、藤蒔は車道に倒れ込んだ。
倒れ込む瞬間、身をよじって背後を見た藤蒔は、ビルの鏡張りの柱に映った自分の姿を目にした。
それだけだ。誰もいない。誰もいない。だけど、確かに誰かに背中を押された。
クラクションの音がした。
振り向いた藤蒔の眼前に、車のヘッドライトがあった。
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