百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜

荒瀬ヤヒロ

文字の大きさ
上 下
45 / 104
第二話「鏡の顔」

しおりを挟む




 水を出しっぱなしにしていたことに気づいて、高遠は慌てて蛇口を捻った。
 ふうっと息を吐く。それから、顔を上げて鏡を見る。

(一昨日は新井、昨日は久我下)

 二日続けて、クラスメイトが怪我をした。しかも……

 勢いよく戸を開けて、誰かが入ってきた。振り向いた高遠の胸ぐらを有無を言わさず掴み上げたのは、顔を真っ青にした藤蒔だった。

「テメェがやりやがったのか!」

 なんのことを言われているのかはよくわかった。

「ち、違う。僕じゃ……」
「いいかっ。俺はあいつらと違って、テメェなんかにやられたりしねぇからな!」

 大声を出してはいるが、彼は怖がっているのだと高遠にはわかった。怪我をした二人は、いつも藤蒔にくっついている。
 その二人を襲ったのは高遠であると、噂が立っている。その二人と藤蒔が高遠をいじめていたことを、クラス中が知っていたからだ。
 そして、今日は藤蒔の番に違いないと、藤蒔と高遠には朝からクラス中の視線が突き刺さっていた。

(僕にそんなことが出来たら、真っ先にお前を襲ってるよ)

 心の中で、高遠は呟いた。

「何とかいいやがれ、このっ」

 藤蒔が拳を振り上げた。思わず目をつぶった高遠だったが、悲鳴を上げて飛び離れたのは藤蒔の方だった。
 見ると、藤蒔の右手の甲が、カミソリでもあてられたようにスッパリ切れている。

「何しやがった、今?」

 薄気味悪いものをみるように、藤蒔は顔を歪めた。彼は高遠をきっと睨んだ。次の瞬間、その顔に今度は濃厚な恐怖が浮かんだ。

「あ……うあ……」

 わなわなと震え出す。

「?」

 何が起きたのかもわからず、高遠は立ち尽くした。

「うわあああああああああああっ」

 絶叫して、藤蒔はトイレから飛び出した。取り残された高遠は訳もわからずに藤蒔の走り去った後を眺めていた。

 自分の後ろにある鏡に映った四歳ぐらいの男の子の顔が、にやりと笑ったことに高遠は気づかなかった。



 ***



「師匠、昨日は急に早退しちゃって、心配したんですよ」

 三時間目の終わりと同時に姿を見せた稔に、開口一番、文司が言った。

「そういや、昨日、怪我した生徒は……」
「悪いけど、その話はしないでくれ」

 何が原因なの知らないが、南校舎の怪異には絶対に関わらないことを稔は決意していた。しばらくは南校舎の方も見ないように、窓から目を逸らして授業を受ける。そうすれば、もうあんな怖いものは見なくて済むだろうし、そもそも稔には何の関係もないことなのだから、高等部の生徒がどうなろうとしったこっちゃない。

「その話をしたくないってことは、やっぱなんか霊が関係してんのか?もしかして、昨日なんか見たのか?」

 大透がデジカメを構えながら言う。無駄に勘がいい友人に、稔はイライラと答えた。

「俺が知ったことじゃない。いいか。俺の前で二度とその話をすんなよ」

 大透と文司は顔を見合わせて肩をすくめた。

(俺には関係ないことだ)

 稔は自分に言い聞かせた。



 ***



 震えがなかなか止まらない。
 学校にはいたくなくて、思わず飛び出してきてしまったが、晴れた空の下にいても胸にくすぶる不安は消えてくれなかった。

(あれは、いったい何だったんだ?)

 先程から、同じ問いを何度も繰り返しているが、答えは出てこない。
 高遠の後ろの鏡。本来なら、高遠の後頭部が映るはずのその鏡に映っていたもの……
 藤蒔はぶるるっと頭を振り、その映像を振り払った。

(気のせいだ)

 自分にそう言い聞かせるのだが、震えはいっこうに止まらない。真っ青になって肩を震わせている藤蒔を見て、道行く人が不思議そうに振り返る。ズキズキと痛む右手の甲が、余計に藤蒔を混乱させていた。

(早く帰ろう)

 信号が赤に変わる。藤蒔は足を止めて深呼吸した。目の前を車が行き過ぎる。
 その時、誰かに背中を強く押され、藤蒔は車道に倒れ込んだ。

 倒れ込む瞬間、身をよじって背後を見た藤蒔は、ビルの鏡張りの柱に映った自分の姿を目にした。

 それだけだ。誰もいない。誰もいない。だけど、確かに誰かに背中を押された。

 クラクションの音がした。
 振り向いた藤蒔の眼前に、車のヘッドライトがあった。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『忌み地・元霧原村の怪』

潮ノ海月
ホラー
とある年の五月の中旬、都会から来た転校生、神代渉が霧野川高校の教室に現れる。彼の洗練された姿に女子たちは興味を示し、一部の男子は不満を抱く。その中、主人公の森月和也は、渉の涼やかな笑顔の裏に冷たさを感じ、彼に違和感を感じた。 渉の編入から一週間が過ぎ、男子達も次第に渉を受け入れ、和也の友人の野風雄二も渉の魅力に引き込まれ、彼の友人となった。転校生騒ぎが終息しかけたある日の学校の昼休み、女子二人が『こっくりさん』で遊び始め、突然の悲鳴が教室に響く。そしてその翌日、同じクラスの女子、清水莉子が体調不良で休み、『こっくりさん』の祟りという噂が学校中に広まっていく。その次の日の放課後、莉子を心配したと斉藤凪紗は、彼女の友人である和也、雄二、凪沙、葵、渉の五人と共に莉子の家を訪れる。すると莉子の家は重苦しい雰囲気に包まれ、莉子の母親は憔悴した姿に変わっていた。その異変に気づいた渉と和也が莉子の部屋へ入ると、彼女は霊障によって変わり果てた姿に。しかし、彼女の霊障は始まりでしかなく、その後に起こる霊障、怪異。そして元霧原村に古くから伝わる因習、忌み地にまつわる闇、恐怖の怪異へと続く序章に過ぎなかった。 《主人公は和也(語り部)となります》

奇怪未解世界

五月 病
ホラー
突如大勢の人間が消えるという事件が起きた。 学内にいた人間の中で唯一生存した女子高生そよぎは自身に降りかかる怪異を退け、消えた友人たちを取り戻すために「怪人アンサー」に助けを求める。 奇妙な契約関係になった怪人アンサーとそよぎは学校の人間が消えた理由を見つけ出すため夕刻から深夜にかけて調査を進めていく。 その過程で様々な怪異に遭遇していくことになっていくが……。

禊(みそぎ)

宮田歩
ホラー
車にはねられて自分の葬式を見てしまった、浮遊霊となった私。神社に願掛けに行くが——。

アポリアの林

千年砂漠
ホラー
 中学三年生の久住晴彦は学校でのイジメに耐えかねて家出し、プロフィール完全未公開の小説家の羽崎薫に保護された。  しかし羽崎の家で一ヶ月過した後家に戻った晴彦は重大な事件を起こしてしまう。  晴彦の事件を捜査する井川達夫と小宮俊介は、晴彦を保護した羽崎に滞在中の晴彦の話を聞きに行くが、特に不審な点はない。が、羽崎の家のある林の中で赤いワンピースの少女を見た小宮は、少女に示唆され夢で晴彦が事件を起こすまでの日々の追体験をするようになる。  羽崎の態度に引っかかる物を感じた井川は、晴彦のクラスメートで人の意識や感情が見える共感覚の持ち主の原田詩織の助けを得て小宮と共に、羽崎と少女の謎の解明へと乗り出す。

限界集落

宮田歩
ホラー
下山中、標識を見誤り遭難しかけた芳雄は小さな集落へたどり着く。そこは平家落人の末裔が暮らす隠れ里だと知る。その後芳雄に待ち受ける壮絶な運命とは——。

リューズ

宮田歩
ホラー
アンティークの機械式の手に入れた平田。ふとした事でリューズをいじってみると、時間が飛んだ。しかも飛ばした記憶ははっきりとしている。平田は「嫌な時間を飛ばす」と言う夢の様な生活を手に入れた…。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

二人称・ホラー小説 『あなた』 短編集

シルヴァ・レイシオン
ホラー
※このシリーズ、短編ホラー・二人称小説『あなた』は、色んな視点のホラーを書きます。  様々な「死」「痛み」「苦しみ」「悲しみ」「因果」などを描きますので本当に苦手な方、なんらかのトラウマ、偏見などがある人はご遠慮下さい。  小説としては珍しい「二人称」視点をベースにしていきますので、例えば洗脳されやすいような方もご観覧注意下さい。

処理中です...