百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜

荒瀬ヤヒロ

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第一話「白い手」

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 背筋をぞっとさせる叫びが辺りに響き渡った。
 振り返ると、少女の姿が火に包まれていた。

 恐ろしい光景だった。白い靄のようだった少女が、火に焼かれて徐々に黒い消し炭のように変わっていく。

 もがき苦しんで空中をのたうち回る姿に、稔の脳裏に昔お寺で目にした地獄絵図が蘇った。

 黒い体がぼろぼろと崩れ出し、少女が断末魔の叫びを上げた。

 終わりだ。

 渡辺早弥子の妄執は、これで断ち切られる。これでもう、誰も犠牲にならない。

 その時、のたうち回って苦しんでいた少女がぴたりと動きを止めた。
 次の瞬間、火に包まれた少女がものすごい勢いで文司めがけて突っ込んでいった。

「いかんっ!」

 黒田が叫んだ。立ちすくむ文司に、炎の塊となった少女が迫る。
 真っ黒い炭のような腕が振り上げられるのを、文司は呆然と見上げた。

 だが、振り下ろされたその手は、文司に届く寸前で掴み止められた。
 文司を庇うように立ちはだかった少年が、少女を睨み据えていた。

(竹原……)

 その正体がわかったのは稔だけだっただろう。文司は突然現れた少年の背中を唖然としてみつめていた。

 竹原に静かに睨みつけられた少女が、苦悶の呻きを上げて身を捩る。黒い消し炭のような体が、ぼろぼろと崩れ出した。
 少女は叫びながら気が狂ったように腕を振り回した。何とかして文司を道連れにしようとしている。

 その醜い妄執に囚われた魂が、どんどん崩れて灰と化していく。一際、耳障りな悲鳴が空気をつんざいた。

 ぼろぼろと、ぼろぼろと、下半身が、上半身が、崩れて、灰になって、消えていく。

 頭の形が崩れ、悲鳴も途切れた。最後に残ったのは、それでもなお文司を掴もうと開かれた手。だが、それもすぐに崩れ出す。

 文司に取り憑き苦しめた白い手が、真っ黒な燃え滓になって崩れ消える。

 後には何も残らなかった。



 稔達が呆然と見守る中で、竹原はゆっくりと振り向いて文司を見た。そして、にっこりと微笑んで、次の瞬間にはふっと姿を消していた。

 神社の境内に、静寂が戻ってきた。

(終わった……全部……)

 稔はほーっと息を吐いて肩から力を抜こうとした。

 ちょうどそのタイミングで、ピリリリリッと場違いに軽快な音が響き渡り、稔と文司は文字通り飛び上がって驚いた。心臓が一瞬、止まった気がする。
 文司がわたわたと危なっかしい手つきでポケットから携帯を取り出した。

「あ…、う、あ……」

 手も震えているし、舌の根も噛み合っていない文司の様子を見かねて、稔は彼に近づいて携帯を取り上げた。稔の手も震えていたが、文司よりは随分マシだ。

「……もしもし」
『あーっ、倉井?倉井か?樫塚は無事か?今、病院なんだけどよ、目を覚ました石森が「樫塚はどうした?」ってうるさくてよ。治療中だから大人しくしろって医者に言われてんのに聞きやしねぇ。そっちはどうなってんだ?』

 聞き慣れた友人の声に、稔はふーっと息を吐いて脱力した。
 ちらりと文司を見やると、心細げな表情と目が合う。気取った優等生の面影が消え去った小さな子供のような顔つきに、稔は小さく吹き出した。

「……こっちは終わったよ。樫塚も無事だ」

 もう大丈夫。赤い本は燃えた。渡辺早弥子の妄執も崩れた。竹原も、笑顔で消えた。解放されたんだ。きっと。

『わかった!後で詳しい話聞かせてな!』
「やだよ。とっとと全部忘れたい」

 こんな怖いこと、記憶に留めたくはない。
「じゃあ、明日な」と告げて、通話を切り、稔はふーっと息を吐いて文司を見た。
 顔色は青いが、さっきよりは少し落ち着いている。
 立って歩くことは出来るだろう。よし。

「樫塚、立て。帰るぞ」
「え……?」
「すいません!今日はこいつ弱ってるんで連れて帰ります!また今度、お礼に来ますんで!」

 早口で叫んで、稔は無理やり立たせた樫塚を引きずるようにして鳥居の方へ歩き出した。
 だが。

「待て」

 がっしりと、肩を掴まれて、稔はごくりと息を飲んだ。ああ、やっぱり逃げられなかった。

 稔はぎこちなく振り向いた。
 黒田が満面の笑顔で立っていた。


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