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第一話「白い手」
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しおりを挟む救急車のサイレンが耳に届いた。どんどん近づいてくる。
稔は不安に胸を焦がしながら鳥居の見える位置で待っていた。
そこへ、石段を登ってきた文司が姿を現した。ふらふらになりながら鳥居に向かって歩いてくる姿に、思わず声を掛ける。
「樫塚!」
文司が顔を上げた。
「倉井……」
ほっと息を吐きながら、震える手に持った本を差し出してくる。
「これを……頼む……」
よろよろと鳥居をくぐってこちらに向かって歩いてくる。
その文司の背後に、ぼうっと、湯気が立つように白い靄が沸き起こった。
いや、靄などではない。らんらんと、光る目が文司を見ている。妄執を漲らせて、獲物を見ている。
稔の目にははっきりと、自分勝手な欲望に囚われて悪霊と化した少女の姿が見えた。
「樫塚!」
稔は咄嗟に文司に向かって駆け出した。
少女の姿がゆらっと揺らいだ。靄のような少女が、文司めがけて飛びかかってくる。稔の脳裏に竹原の死因が蘇った。
稔は文司の腕を引っ張り自身の方へ引き寄せた。文司を背中に庇うようにして、自分が前に出る。無意識にそうしていた。
目の前に、霊の手が迫っていた。実体のない少女の手が、稔の胸元に突き入れられた。
瞬間、氷水を注ぎ込まれたように心臓が縮み上がった。
一瞬、息が止まる。
冷たい感覚は痛みとなって、心臓がじくじくと痛み不規則な動き方をして稔の息を乱す。
胸を押さえて倒れ込みながら、衰弱している文司だったら危なかった、と稔はどこか冷静に考えた。
「倉井!」
地面に膝をついた稔に、文司が駆け寄ろうとするが、稔はそれを制して護摩壇を指さした。
「持って行け……っ、早くっ」
咳き込みながら言うと、文司は寸の間逡巡したが、すぐに身を翻して駆け出した。稔も胸の痛みを堪えて立ち上がり、文司の後を追った。
このまま、文司の手で赤い本を火にくべれば、すべて終わる。後は黒田が始末してくれるだろう。
それでこの悪夢は終わる。日常に戻ることが出来る。
だが、少女の霊は再び文司に躍り掛かった。
「っ樫塚!避けろっ!」
稔の叫びに、文司が咄嗟に身をかわす。体には当たらなかったものの、掴んでいた本が弾き飛ばされ地面に落ちた。少女の霊が、ニヤリと笑った気がした。
その目が地面に落ちた赤い本に向かうのを見て、稔の背中がさわっと総毛立った。
少女が本に手を伸ばすのを視界に捉えた瞬間、稔は弾かれたように走り出していた。
いけない。あの本を渡してはいけない。
あれは、この世にあってはならないものだ。
稔は倒れ込むように地面に身を投げ出して、少女の手が届く寸前に本を掠め取った。
少女が怒りで目を光らせ、稔に向かって突っ込んでくる。
だが、稔に手を掛ける寸前で、耳障りな悲鳴を上げて少女がのけぞった。
厳しい顔つきの黒田が、ゆっくり歩いてきて稔の前に立った。
「行け」
稔と文司に短く命じると、黒田は少女を睨み据えた。
稔は立ち上がって護摩壇に向かってまっすぐに走り出した。本を持った腕を大きく振りかぶる。
「樫塚もっ、竹原も……っ」
燃え盛る炎の中に本を放り投げて、稔は叫んだ。
「死んでもお前のものにはならないんだよ!!一人で勝手に死にやがれっ!!」
本が、火に飲み込まれた。
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