百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜

荒瀬ヤヒロ

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第一話「白い手」

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 文司を階下に残して、石森は二階へ駆け上がった。文司の部屋に足を踏み入れると、むっと澱んだ空気がまとわりついてきた。

 石森は床に放り出されていた鞄に飛びついて中を改めた。赤い表紙の本。恐らく——いや、間違いなく、図書室の本だろう。

 その本が、すべての原因なのだろうか。その本のせいで、文司は追い詰められているのか。
 石森には何もわからない。だが、沸々と怒りが沸いてきた。

 霊だろうが何だろうが、文司をあんな目に遭わせた奴を許せるわけがない。

 鞄にないのを確認すると、石森は大きな本棚に駆け寄った。
 赤っぽい表紙の本を確認するが、図書室のものらしき本はない。机の引き出しもすべて引き出して調べたが、本はみつからない。
 きちんと整頓されている文司の部屋は、探す場所が少ない。一応床に這いつくばってベッドの下も見てみたが、やはり本はなかった。

(ここじゃないのか……?)

 他の部屋を探すか、あるいは文司に聞ければいいのだが、意識が朦朧としたあの様子では無理だろう。
 石森が居間に戻ろうと部屋から出かけた。その時、

 ガタンッ

 背後で大きな音がした。

 振り返って、石森はギクリと身を固めた。
 ベッドの脇に、人が立っている。石森と同じ制服を着た見知らぬ少年が。

 俯いていて顔は見えない。片手でベッドを指さしている。
 石森が硬直している間に、少年の姿はふっとかき消えた。

(今のは……)

 石森はごくりと息を飲んだ。

 なんだったのだ。文司に取り憑く霊なのか? だが、自分が見た影は女のものだったはずだ。では、あれは。

 大透から聞かされた話が蘇った。八年前に死んだという男子生徒。今のが、その生徒なのだろうか。
 石森はベッドを凝視した。間違いなくベッドを指さしていた。

 石森は迷うことなくベッドに飛び付いた。布団を床に落とし、シーツを剥ぐ。枕の下もベッドと壁の間の隙間も確認する。だが、本はない。

(どこだ。どこなんだよ)

 苛立ち紛れに枕を投げようとしかけて、ふと、もう一つの可能性に思い当たった。石森は息を止めて腕に力を込め、分厚いマットを持ち上げた。

 あった。

 ベッドの底板、埃だらけのそこに、不自然な毒々しさで赤い表紙の絵本が横たわっていた。

(この本だ!)

 一目で確信した石森はマットを床に下ろして本に手を伸ばした。しかし、本に触れた瞬間、指先にびりぃっと激しい痛みが走った。

「っ!?」

 咄嗟に手を引っ込める。怪我はない。だが、指先にじんじん痺れるように痛みが残っている。触るなという強烈な意志を感じる。
 石森は痛みの残る指先を握り締めた。

「……ざけんなよ」

 歯を食い縛り、石森は再び本に手を伸ばした。
 触れた瞬間、先程と同じように激しい痛みが走る。だが、石森は今度は放さなかった。二の腕にまで這い上がってくる痛みを堪え、本を掴み上げた。

(これで助かる。樫塚は助かる!)

 落とさないように本を脇に挟み、石森は部屋から飛び出した。

「樫塚!」

 階段を駆け降り、文司に駆け寄ろうとして、石森は足を止めた。
 廊下の壁にもたれ掛かって朦朧としている文司。
 彼の前に白い靄の塊がある。うっすらと髪の長い女の姿が見える。文司に手を伸ばしている。

 躊躇う間もなく、石森は足を踏み出していた。

 ほとんど無意識に拳を繰り出す。あの靄に触られたらお終いだという気がした。文司が連れて行かれてしまう。そんなことさせるものか。

 殴りかかった拳は空を切った。靄は霧散し、跡形もなく消えた。

「樫塚!」

 石森は力の抜けた文司の体を肩に担ぐと、リビングに向かった。開いたままのベランダから出ると、一気に空気が変わった気がした。

(出られた)

 安堵して、思わずほっと息を吐き出す。だが、すぐに気を取り直して顔を引き締めた。

「行くぞ、樫塚。大丈夫、大丈夫だからな」

 自分にも言い聞かせるように繰り返し、石森は文司を背負って歩き出した。


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