百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜

荒瀬ヤヒロ

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第一話「白い手」

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(何やってるんだ、俺……)

 放課後、図書室の扉の前で稔はがっくりと肩を落とした。
 つい来てしまった。このまま家に帰っても文司のことが気になって何も手に着かない気がしたからだ。

 だからといって図書室で何か出来る訳でもないのだが、とりあえず昨夜の夢で竹原が指さした本が気になった。

「一般寄贈図書」と押印された数冊の本。

 夢の中で見た表紙を思い出しながら、稔は大量に並んだ書棚から一冊ずつ抜き取っていった。覚えている限り抜き取って、息を吐きながら机の上に載せる。いつの間にか図書室には他の生徒の姿がなくなっていた。

 しんとした図書室に一人でいる(しかもたぶん近くに霊がいる)状態に心細くなるが、竹原が自分に危害を加えることはないだろうと思い直して椅子に座り本を開いた。夢で見た通り、すべての本の奥付の頁に「一般寄贈図書」の判がある。

 稔は眉をひそめてふぅむと唸った。どういうことなのだろう。これらの本が寄贈されたものであることと、竹原の死や文司にとりつく霊が何か関係あるのだろうか。

 数冊の本の奥付頁を広げてうんうん唸っていた稔だったが、「一般寄贈図書」の判の左下に小さく日付印があることに気付いた。
 恐らく寄贈された年月日なのだろうとぼんやり考えた後で、はっと思い至って他の本の印も確かめてみた。全ての本の寄贈日は同じ——八年前だった。

 稔は頭を押さえて考えた。何かわかりそうな気がする。
 同じ日に寄贈されたということは、これらの本は同じ人物が寄贈した可能性が高い。竹原が教えたかったのはそれか。それだけじゃない。八年前——竹原が死んだ年。

 この本の寄贈者が、竹原の死に何か関係があるのか。だが、後藤が言っていた赤い表紙の本は見当たらない。竹原が燃やそうとした赤い表紙の本。図書室にないということは、文司が持っているのかもしれない。

(石森に訊いてみようか。樫塚が赤い本を持っているのを見たことがないか……)

 しかし、何も出来ない自分がそんなことを尋ねていいものかどうか、決めかねて稔は溜め息を吐いた。

 その時、ドンドンと壁を叩く音がして稔は驚いて飛び上がった。

 音がした方を見るが人の姿はない。気のせいと言うには無理があるほどはっきりしたノックだったので、稔は嫌々ながらも立ち上がって音がした図書室の奥を確かめた。

 本棚の陰からそっと窺うがやはり人はいない。目に付いたのは簡素なドアだった。たぶん物置になっている部屋の戸だろう。

 夢の中で、竹原が指さしたドアだった。

 稔はごくりと唾を飲み込むとそろそろとドアに近寄った。さっきの音が竹原の仕業だとしたら、稔に何かヒントを与えようとしているに違いない。

(竹原は悪い霊じゃない。大丈夫、大丈夫……)

 震える手をドアノブに掛け、そっと静かに押し開けた。その途端、

「こらっ!何やってる!!」

 背後からかかった声に、稔は盛大に飛び上がった。心臓が口から飛び出るかと思った。
 涙目で振り向くと、背後に高等部の制服を着た生徒が立っていた。

「そこは勝手に開けちゃいけないぞ」
「す、すいません…」

 稔は謝りながらほーっと息を吐いた。

「新入生か?」

 稔の真新しい中等部の制服と中途半端に開きかけたドアを見て、高等部の生徒は眉をしかめた。

「また開いてんのかよ」

 うんざりだ、という態度で、高等部生はドアを躊躇いなく引き開けた。息を飲む稔の前で室内を確認し、高等部生は肩をすくめて見せた。

「ここ、ちゃんと鍵掛けてるのに、いつの間にか勝手に開いちまうんだよ」

 ドアノブをガチャガチャ鳴らしながら言う。

「まあ、盗まれそうなもんもないからってそのままにしてるけどさ、ここは開けない方がいいぜ。万一、赤い本があったら大変だからな」

 高等部生はそう言って悪戯っぽく笑った。稔はギクリとした。

「赤い本って……?」
「ん?ああ、図書委員の間に代々伝わる怪談があるんだよ」

 高等部生は図書委員長の里舘と自己紹介した後で説明してくれた。

「放課後、一人でここに入ると積み重なった本の上に赤い表紙の絵本があって、絶対にそれに触っちゃいけない。触ろうとすると死んだ生徒の霊が出るってな」

 里舘の話に、稔は愕然とした。それだ。その本だ。

「……なんで、図書委員の間にしか伝わっていないんですか?」

 ただ漠然と図書室に霊が出るという噂があるだけで、赤い本のことは広まっていない。オカルトマニアの大透でさえ知らなかったのだ。
 稔の質問に、里舘は苦笑いを浮かべて答えた。

「誰にでも見える訳じゃないらしい。どうしてか見える奴と見えない奴がいるらしくてな。見える奴には共通点があって、本好きで英語が読める奴にしか見えないらしい」

 本好きで英語が読める、という条件に、稔は竹原と文司を思い浮かべた。
 竹原は読書家で、翻訳家を目指していた。文司は学年一の秀才だ。簡単な英文は読めるだろうし、入学直後の自己紹介で「趣味は読書」と言っていた。

「俺は本好きだけど、残念ながら英語が苦手で見たことないけどな」

 里舘はそう言いながら開いていたドアを閉めた。

「……なんか、それって」

 稔はぽつりと口に出した。

「本が、相手を選んでるみたいですね」

 自分の好みの相手の前にだけ姿を現し、とりつくチャンスを窺っているようだ。
 竹原と文司は、文字通り魅入られてしまったのだろう。

「まあ、そーだな」

 稔の言葉に、里舘も首を傾げながら同意した。



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