百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜

荒瀬ヤヒロ

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第一話「白い手」

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 稔に縋るような視線を向けて言い募る石森の迫力に圧されて、稔は内心で冷や汗をかいた。
 石森は稔を本物の霊能力者と信じて「何とかしてもらえるかもしれない」という希望に縋っている。そんな風に期待を寄せられても、見える以外には何も出来ない稔には答えようがなかった。

「落ち着けって」

 稔に食ってかかる勢いの石森を、大透が宥めにまわる。

「倉井にだって何もかもわかる訳じゃないんだぜ」

 普段、除霊だの霊視だのとほざいている自分を棚に上げて常識的なことを言う。
 石森はそう言われてがっくりと肩を落とした。崩れ落ちそうなほどに絶望する石森の姿に、稔は良心の呵責を感じて目を逸らした。
 もう関わらないと決めたのだ。石森には気の毒だが、稔に出来ることなど何もない。

「……俺は、見えるだけで何も出来ない。樫塚を助けたかったら、お祓いにでも行ってくれ」

 早口でそう言うと、稔は踵を返して屋上を後にした。背後から大透の呼び声が聞こえてきたが、振り返らなかった。

(これでいい。これでいいんだ。俺には何も出来ないんだから)

 稔は自分に言い聞かせた。

「おい、ちょっと待てよ倉井」

 大透が追いかけてきて稔の隣に並んだ。

「なぁ、石森にも後藤さんから聞いた話を教えてやろうぜ。めっちゃ心配してんじゃん。んで、皆で樫塚をお祓いに連れてってやろうぜ」
「俺は行かない」

 断固とした口調でそう告げると、大透は不服そうに眉を寄せた。

「なんでだよ」
「俺は関わりたくない!」

 稔は苛つきを隠さずに吐き捨てた。大透も石森も、霊が見えるということがどれほど恐ろしいことか、何一つわかっていない。稔がこれまでどんな思いをしてきたか、絶対に理解出来ないだろう。

 大透はきょとりとして目を瞬かせた。

「どうしたんだよ、いきなり。お前、昔はもっと積極的っていうか、活発だっただろ。ほら、幼稚園の時に」

 大透にそう言われて、稔は唇を噛んだ。

「……そうだよ。幼稚園児の頃の俺は、霊を怖いと思っていなかった」

 まだ何もわかっていなかった自分を思い出して、稔は腹立たしい気分になった。

「幼稚園の時、同じ幼稚園の奴が霊に取り憑かれているのが見えて、俺は正義の味方気取りでそいつを助けようとした。その結果、霊を怒らせてとんでもなく恐ろしい目にあった」

 あの時のことを思い出すと、今でも足が震える。稔自身だけでなく、兄と父まで巻き込んでしまった。

 結局、父が呼んだ神主のお祓いによって助かったのだが、神主は父と兄と家からは霊を剥がせるが、稔からは完全に剥がせないと言った。稔は自分でそれを呼び込んでしまったから、剥がすことは出来ないと。
 助かるためには、この家を出て父とも兄とも会ってはならない。そうして霊が稔を見失うのを待つしかない。
 神主は稔にこの世ならぬ者と関わることの恐ろしさをこんこんと諭して聞かせた。

 稔は隣町に住む親戚に預けられ、小学校を卒業するまでそこで過ごした。
 ようやくこの町に戻って父と兄と再会出来たというのに、同じ轍を踏む訳にはいかない。

「だから、俺は関わりたくない」

 稔の説明に、大透は目を丸くして稔を見つめた。

「……ふぅん、そうだったのか」

 大透はふーっと息を吐いて自分の額をぺちんと叩いた。そうして、眉を下げて苦笑いを浮かべた。

「ごめん。今更謝っても遅いけど……、覚えてねぇかな?その、お前に助けられた園児が俺なんだよ」
「え?」

 予想外の台詞に、稔は愕然として大透を見つめた。大透は苦笑いを浮かべたまま、決まり悪そうに頭を掻いた。

「あの時、すげぇ怖い思いして、大人は誰も信じてくれなくて、もう駄目だってガキなりに死ぬかもって思っていた時に、お前が声を掛けてくれたんだ。そんで、霊を追っ払ってくれた」

 稔はまったく覚えていなかった。その後の出来事が強烈に記憶に焼き付けられていて、その前のことはぼんやりとしか浮かばない。

「あの後、幼稚園でお前のこと探したけど見つからなくて……そっか、俺のせいでそんなことになってたんだ」

 知らなかった、ごめんな。と、大透はもう一度謝った。

「そんなことがあったなら倉井が用心深くなっても仕方ないか。でもさ、幼稚園の時の倉井は俺にとっては命の恩人で、あれからずっと、俺のヒーローだったんだよ」

 大透は肩をすくめて言った。

「同じクラスにお前がいて、テンション上がってつい色々やらせちまったけど……うん。倉井はもう関わらなくていいよ。樫塚のことは俺と石森でなんとかするぜ」

 今まで悪かったなと言って、大透は踵を返した。
 そのまま廊下を駆け戻っていく背中をぼんやりと眺めて、稔は思いがけない事実に戸惑った。あの時、稔が助けたのは大透だったという。

 それで、大透はやたらと自分に構っていたのか。
 稔はなんだか複雑な気分で立ち尽くした。もう関わらなくていいと言われたのだから、喜んで遠ざかるべきだと自分に言い聞かせるが、どこか釈然としない気持ちは拭えなかった。

(気にするな。もう俺には関係ないんだ)

 稔は心の中で繰り返しながら教室に戻っていった。



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