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第一話「白い手」
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しおりを挟む「……俺と樫塚が、緑王館から来たのは知ってるだろ?」
近隣で悪名の高い小学校の名を出した石森に、稔と大透は無言で顔を見合わせた。石森は重い口調で続ける。
「樫塚は、昔からすげぇ頭が良くて、大人しい奴で、見ての通り美形だから大人からはちやほやされて……」
「いじめられてたわけだ?」
石森の言わんとしていることを察して、大透が後を引き取った。石森は無言で小さく頷いた。
稔もなるほど、と思った。石森がやたらと文司の面倒をみようとするのは、いじめられる文司を庇っていた小学校時代の延長なのだろう。
「四年生の時にさ、すげぇ嫌な奴がいたんだ。そいつは樫塚を執拗にいじめていた。俺は樫塚をいじめる奴といつも喧嘩をしていたけれど、俺が殴ったり殴られたりするたびに樫塚は悲しんでいた。俺が空手クラブに入ってからはなおさらで、誰に何をされても「大丈夫」としか言わなくなった」
石森は溜め息を吐いた。
「喧嘩なんかしたら、俺がクラブを辞めさせられると思ったんだろうな」
いじめる方も、ずる賢くも石森のいない場所で文司に暴力を奮ったから、文司自身にそれを隠されると石森にはどうしようもなかった。
「大丈夫、大丈夫」と繰り返す文司を見て、ならば暴力以外の方法で相手に思い知らせてやろうと決めた石森が、思いついたのは実に子供染みた小細工だった。
「最初は、ただそいつを怖がらせてやろうって思っただけでさ。適当にでっち上げた怪談の噂を流して、――確か、昔この学校の階段から落ちて死んだ生徒がいる。この生徒の名前を知ってしまった者は、放課後、水を入れたコップを持って死んだ生徒に謝りながら階段を往復しなくちゃならない。水をこぼさずに往復できれば平気だけど、水をこぼしてしまったらその生徒の霊に取り憑かれる――って設定だったな」
色んな怖い話を読んで、寄せ集めて作った話だと、石森は語った。
「その生徒の名前も適当に考えて、いじめっ子の耳に入るように仕向けた。そんで、そいつを挑発して階段往復をやらせて、途中でわざと驚かせて水をこぼさせてやった」
石森は苦笑いを浮かべた。
「それから、そいつの目を盗んで持ち物を濡らしてやったり、一人で歩いているのに「さっき隣にいた奴、誰だ?」って質問したり、遠足の写真に細工して心霊写真を偽造したりしたな。結構びびってたよ、そいつ」
石森が浮かべる苦い笑いが自嘲の笑みであることに、稔は気づいた。
石森は思い出したように振り向いて、「言っておくけど、考えたのも実行したのも俺だからな」と念を押して、再び背を向けた。
「樫塚は、おろおろしていただけだ」
そう静かに言う。
石森のやったことは確かに子供染みた復讐だ。復讐というよりは、ただの嫌がらせに近い。
それでも、でっち上げの階段はそれなりにクラス内に浸透したのだと石森は言う。
「放課後に階段往復をする連中も結構いた。でっち上げがどんどん広まって、樫塚は不安そうだった。俺は気にすんなって言ったんだけど……騒ぎを収めようと思ったんだろうな。クラス内でたらい回しにされていた心霊写真を、こっそり偽造前の元の写真とすり替えたんだ」
結局は、それが裏目に出た。確かに写っていたはずの影が消えていることに気づいた誰かがこう言い出した。「樫塚が、写真の霊を消した」――
「そんな矢先に、樫塚をいじめていた奴が、階段から落ちて怪我をした。もちろん偶然だけど、今度は「樫塚には霊能力がある」「樫塚が階段の霊を操っていじめっ子に復讐した」なんて、ろくでもない噂が広まった」
石森はふーっと長い息を吐いた。
怪我したいじめっ子は、それ以降文司を避けるようになった。他のクラスメイト達も、樫塚をいじめたら祟られる、などと噂するようになった。
勝手に囁かれる噂をいちいち気にする文司に、石森は「いっそのこと霊能力者の振りをしようぜ」と提案した。
そんな経緯で始めた霊能力者の振りだが、思いの外それが役に立った。文司がいじめられる回数がぐんと減った。もともと大人っぽい雰囲気の文司は、ミステリアスなイメージを演じても様になった。
「時々、適当な怪談やら心霊写真やらを偽造してやれば、それを信じた奴らが樫塚に除霊を頼んでくるようにもなった」
六年生になる頃には、「樫塚は霊能力者」というのは学年でよく知られた事実となっていた。
「この学校でも、気取った優等生と思われるよりは、霊能力者の方が受け入れられやすいんじゃないかって、俺が樫塚にやらせたんだ」
石森は語尾に力を込めた。
「俺だ。俺がやらせたんだ。図書室に行かせたのも俺だ。全部、俺が悪いんだ」
自分を責めてかぶりを振る石森は、あの日、文司を図書室に連れて行ったことを心の底から後悔していた。何故、文司が取り憑かれてしまったのか。何故、自分じゃなかったのか。
「教えてくれ倉井。樫塚を助けるためにはどうすればいい? 俺は何をすればいい?」
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