百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜

荒瀬ヤヒロ

文字の大きさ
上 下
3 / 104
第一話「白い手」

しおりを挟む
 ***




「……なぁ、倉井って本当に霊感あると思うか?」

 好きな作家の名前が並んだ本棚を眺めながら、文司が尋ねる。

「まっさかぁ」

 椅子の背にもたれ掛かって欠伸を噛み殺しながら、石森は文司の疑問を笑い飛ばした。

「あるわけねーだろ。霊だのなんだの」

「……うん」

 文司も目を伏せて苦笑を浮かべた。
 それにしても本が多い。と、文司は天井まで届く本棚を見上げて感心する。本が好きな文司には嬉しい場所なのだが、石森にとっては頭が痛くなるだけらしく、奥の方に入ってこようとしない。
 奥の棚の本にはうっすらと埃が積もってしまっている。本屋で平積みにされているような中高生が好んで読みそうな本は少ないので、利用者はさほど多くなさそうだ。

 埃を払いながら奥に進むと、一番奥の壁にドアが一つ、ぽつりと貼り付いていた。校舎全体が古く重々しい内大砂に似つかわしくない、比較的新しいアルミ製のドアだ。その、あからさまに後から取って付けたような感じが図書室の雰囲気から浮いていて、文司は引き寄せられるようにドアに近付いた。

「なあ、こっちは図書準備室として、このドアはなんだろ?」

 図書準備室の扉はきちんと別にある。そちらは古い木の扉だ。

「倉庫じゃねぇの?」

 本棚に遮られて見えないが、興味がなさそうな石森のいらえが返ってくる。

「あ、開いてる」

 ノブに手を掛けると、錆びた音がしてドアが開いた。わずかなカビの臭いが滑り出てくる。

「うぉ、埃っぽい」

 そこは八畳ほどの広さの小部屋だった。
 本のぎっしり詰まった本棚が二つと、それに収まりきらない本が床に山のように積み上げられている。

「すげえ、本の山。もったいないなぁ」

 本好きが見たら眉をひそめるだろう光景に、文司も思わず吐息を漏らす。一歩足を踏み入れると、ひやりと冷たい空気が頬を撫ぜた。
 いったい何のための部屋なのだろう。こんな風に図書準備室とは別に物置部屋を造る必要があるのだろうかと、文司は首を傾げた。

 その時、足元でばさっと大きな音がして、文司はびくっと肩を揺らした。目を下に向けると、床に赤い表紙の絵本らしき装丁の本が広がっていた。

(どこから落ちたんだろう?)

 不思議に思いながら腰を屈め、本を拾い上げた。
 繊細なイラストに英語の詩が付いている。

「マザーグースか……」

 英語のみで訳は付いていない。文司はなんとなく読めるが、中学生で訳の付いていない本を読める者は少ないだろう。だから、こうして物置にしまい込まれているのかもしれない。

(きれいな本なのに……もったいないな)

 ぺらぺらと頁をめくりながらそう思った時だった。
 突然、背筋が総毛立って、体が硬直した。

 自由の利かなくなった手から本が滑り落ちて床に広がる。息がかかるほどすぐ後ろに誰かが立っている。その視線を痛いほどに感じて、文司の額から汗が噴き出した。

 振り返らなければ。振り返って正体を見なければ、取り返しの付かないことになる。文司の本能がそう告げていた。だが、蛇に睨まれた蛙のように体は硬直していて、指一本動かせない。

 背後の何者かが、動く気配がした。文司はぎゅっと目をつぶった。

(捕まるっ!)

 右の肘の辺りを、何かがそっと撫ぜた。

「おい、もう帰ろうぜ」

 入り口から覗き込んだ石森に声をかけられて、その途端に背後の気配は消え空気がぐっと和らいだ。

「どうした?」

 様子に気付いた石森が心配そうに尋ねる。

「……何でもないよ」

 文司は額の汗を拭って答えた。内心の動揺を押し隠して、足早に部屋から出た。

「樫塚?」
「早く帰ろう」

 心なしか、右腕が重いような気がした。その重さを振り払うように、文司は右腕をぎゅっと握り締めた。





しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『忌み地・元霧原村の怪』

潮ノ海月
ホラー
とある年の五月の中旬、都会から来た転校生、神代渉が霧野川高校の教室に現れる。彼の洗練された姿に女子たちは興味を示し、一部の男子は不満を抱く。その中、主人公の森月和也は、渉の涼やかな笑顔の裏に冷たさを感じ、彼に違和感を感じた。 渉の編入から一週間が過ぎ、男子達も次第に渉を受け入れ、和也の友人の野風雄二も渉の魅力に引き込まれ、彼の友人となった。転校生騒ぎが終息しかけたある日の学校の昼休み、女子二人が『こっくりさん』で遊び始め、突然の悲鳴が教室に響く。そしてその翌日、同じクラスの女子、清水莉子が体調不良で休み、『こっくりさん』の祟りという噂が学校中に広まっていく。その次の日の放課後、莉子を心配したと斉藤凪紗は、彼女の友人である和也、雄二、凪沙、葵、渉の五人と共に莉子の家を訪れる。すると莉子の家は重苦しい雰囲気に包まれ、莉子の母親は憔悴した姿に変わっていた。その異変に気づいた渉と和也が莉子の部屋へ入ると、彼女は霊障によって変わり果てた姿に。しかし、彼女の霊障は始まりでしかなく、その後に起こる霊障、怪異。そして元霧原村に古くから伝わる因習、忌み地にまつわる闇、恐怖の怪異へと続く序章に過ぎなかった。 《主人公は和也(語り部)となります》

奇怪未解世界

五月 病
ホラー
突如大勢の人間が消えるという事件が起きた。 学内にいた人間の中で唯一生存した女子高生そよぎは自身に降りかかる怪異を退け、消えた友人たちを取り戻すために「怪人アンサー」に助けを求める。 奇妙な契約関係になった怪人アンサーとそよぎは学校の人間が消えた理由を見つけ出すため夕刻から深夜にかけて調査を進めていく。 その過程で様々な怪異に遭遇していくことになっていくが……。

禊(みそぎ)

宮田歩
ホラー
車にはねられて自分の葬式を見てしまった、浮遊霊となった私。神社に願掛けに行くが——。

限界集落

宮田歩
ホラー
下山中、標識を見誤り遭難しかけた芳雄は小さな集落へたどり着く。そこは平家落人の末裔が暮らす隠れ里だと知る。その後芳雄に待ち受ける壮絶な運命とは——。

アポリアの林

千年砂漠
ホラー
 中学三年生の久住晴彦は学校でのイジメに耐えかねて家出し、プロフィール完全未公開の小説家の羽崎薫に保護された。  しかし羽崎の家で一ヶ月過した後家に戻った晴彦は重大な事件を起こしてしまう。  晴彦の事件を捜査する井川達夫と小宮俊介は、晴彦を保護した羽崎に滞在中の晴彦の話を聞きに行くが、特に不審な点はない。が、羽崎の家のある林の中で赤いワンピースの少女を見た小宮は、少女に示唆され夢で晴彦が事件を起こすまでの日々の追体験をするようになる。  羽崎の態度に引っかかる物を感じた井川は、晴彦のクラスメートで人の意識や感情が見える共感覚の持ち主の原田詩織の助けを得て小宮と共に、羽崎と少女の謎の解明へと乗り出す。

リューズ

宮田歩
ホラー
アンティークの機械式の手に入れた平田。ふとした事でリューズをいじってみると、時間が飛んだ。しかも飛ばした記憶ははっきりとしている。平田は「嫌な時間を飛ばす」と言う夢の様な生活を手に入れた…。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

処理中です...