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 リリアンは何食わぬ顔で朝食の席に着いていた。

「あら、お姉様。おはようございます」

 私は挨拶など返さず、つかつかと歩み寄ってリリアンの前に立ち、手を振り上げた。
 私に頬を叩かれたリリアンは一瞬ぽかん、とした後で、盛大に泣き出した。

「アデル! 何をするの!」
「アデル! リリアンに謝れ!」

 両親が激昂して席を立ち、私を非難してくるが、私はそんなもの怖くなかった。怖がるには、この胸を焼く怒りが強すぎる。

「公爵夫妻。私はこの盗人が恥知らずにも声をかけてきたので大変気分が悪いです」
「ぬ、盗人ですって! 妹になんてひどいことを言うの!?」
「では、その娘が着ている薄緑のドレスはその娘のものだと言うのですか?」

 私は一歩も引かずに両親を睨みつけた。

「そのドレスは、私がディアンヌ様からお借りしたものです。昨日あれだけ説明したというのに、まだご理解されていないのですか?」

「だから! 私が王様のお仕事をやればいいんでしょ!? 私がやるんだから、私がドレスを着てあの人のところに行くわよ!」

 リリアンが泣いて暴れる。私はリリアンを無視して両親に告げた。

「この娘が理解できないのはあなた達のせいです。この娘が理解できなくとも、あなた達は理解できるはずでしょう。それとも、それすら私の買いかぶりですか?」
「なっ、誰に向かってそんな口をきいている!」

 お父様が拳を振り上げた。私は目を逸らさずに黙って立っていた。

 殴られる直前、お父様の腕を誰かがはっしと掴んだ。

「ふう。まったく」
「ディアンヌ……」

 突然現れたディアンヌは、私の寝間着姿とリリアンの格好を見て形の良い眉をひそめた。

「だいたいの事情は見てわかったわ。アデル、迎えに来たの。行きましょう」

 ディアンヌは両親と妹にはいっさい言葉をかけず、私の手を引いて食堂から連れ出した。

「あ、あのディアンヌ様……」
「ディアンヌよ」
「ディアンヌ……ごめんなさい。お借りしたドレス……」
「ああ」

 ディアンヌはふっと冷たく笑った。

「貴女は気にしなくていいわ」
「そんな訳には……」
「私も貴女も、はっきりと説明はしたわ。それでも「ああ」なら、もう言葉で何を言ったって通じないわよ。今は、好きにさせておきましょう」

 ディアンヌの声は、まるで権力者が断罪をする時のような冷酷な響きを持っていた。
 そのまま馬車まで連れて行かれ、そこで足を止めたディアンヌはずっと私に付いてきていたエリィを扇で差した。

「貴女、ついてきなさい」
「え?」
「お仕事中のアデルの世話をする者が必要です。このことは陛下からお許しをもらっています。本日、公爵は陛下に呼び出され、アデルを雇用する旨の契約を取り交わしますので」

 ディアンヌはハキハキと言って、エリィは少し戸惑ったようだったが私に付いてきてくれた。


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