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しおりを挟む「あなた、こんなところで何をしているの?」
夜目にも美しい令嬢は、私を見下ろして尋ねてくる。
「え……と」
「私の名はディアンヌ。貴女は?」
私はぱちぱちと目を瞬いた。名乗らない方がいいだろうか。でも、向こうは名乗っているし、何より亜麻色の髪と深い緑の瞳から目が離せなくて、逆らう気にならなかった。
「アデル、と申します」
「そう。アデル、こんな時間に一人で歩いていては危ないわ。お乗りなさい」
「え……?」
突然の申し出に、私はきょとんとした。
「ほら、早く」
馬車の戸を開けて、ディアンヌ様が私の手を掴んで引っ張った。
「わっ……わっ」
「ほら、乗って」
強引に乗せられてしまった。
「あ、あのぅ……」
「貴女、おいくつ?」
ディアンヌ様は扇を口にあてて小首を傾げる。年は私より少し上だろう。二十歳前後に見える。どこかのご夫人だろうか。
「16です」
「それなら、今夜はデビュタントなのではなくて?」
痛いところを突かれて、私は目を逸らした。
しかし、私は家名も名乗っていないし、こんなボロボロな格好なのに、何故貴族だとわかったんだろう。
「話したくないならいいけれど」
私が黙っていると、ディアンヌ様はそう言って目を伏せた。
「お気を悪くなさらないで。もしかして、ドレスが用意できなかったのかしら?」
「……まあ、そんなようなものです」
私はちらりと目線を上げてディアンヌ様のお顔を窺った。
艶やか、というよりは、清廉、といった感じの雰囲気だ。真っ赤なドレスを着ているが、そのデザインはかなり古めかしいものだった。
もっとも、デザインが今時ではないというだけで、生地が上等なのは一目で分かったし、ディアンヌ様にもとても似合っている。
「ふむ。しかし、デビュタントは済ませておかなければなりませんわよ」
「あ、はい……」
家出して平民になるつもりなので、とは言えないので、曖昧に笑って誤魔化す。
そこで、気がついた。
馬車が知らない道を走っている。
「あ、あの、ディアンヌ様……」
「うふふ。お帰りになる前に、私の家に遊びに来てくださらない?」
「ええっ!?」
「こうして会えたのも何かのご縁ですし」
ディアンヌ様はにっこりと微笑んだ。
なんだ、この人。ものすごく強引だ。
「で、でも、私、早く帰らないと」
「そんなこと言わずに」
私の抗議はあっさりと聞き流され、馬車は街から外れた一軒の館へと吸い込まれていった。
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