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第1話 あらしの入学式⑴
しおりを挟むおじさんの家を飛び出してきて、どれくらい走っただろう。
息が切れ、手足がしびれて上手く動かせない。それでも、涙でにじんだ視界に父の背中が映ると、野分は渾身の力を振り絞って走る速度を上げた。
足がもつれて転びそうになるのを懸命に堪えて、野分は叫んだ。
「お父さん、待って!」
その声が届いたのか、遥か前方で父が足を止めた。
「野分も連れてって!」
叫ぶと余計に苦しかったが、野分は必死に声を上げた。
立ち止まった父がゆっくりと振り向くのを目にして、わずかな安堵が広がる。
だが、すぐにまた背を向けてしまうのではないかと、野分は不安でたまらなかった。
やっとのことで追いついて父の数歩前で止まると、父は肩の荷物を下ろして屈み、野分と目を合わせた。
「野分」
父の声はいつもと変わらず優しかったが、たしなめるような響きを持っていた。
「一緒には行けないんだよ。野分はおじさんのところでいい子にしていなさい」
野分はしゃくりあげながら首を横に振った。
いままでも、野分を伯父の家に預けて父がふらっとどこかに行ってしまうことは何度もあった。
しかし、今回は何かが違うような気がした。今ここで別れてしまったら、もう二度と父に会えないような気がしたのだ。
涙を浮かべながらぶんぶん首を横に振る野分に、父は軽い溜め息を吐いてこう言った。
「すぐに帰ってくるから」
「すぐって、いつ?」
野分の問いに、父は穏やかな笑顔で答えた。
「そうだなぁ。野分がお父さんと同じ天木田高校の野球部に入って、お父さんが叶えられなかった甲子園出場を果たしてくれたら、お父さんは必ず帰ってくるよ」
今から十年前、父との別れの際に言われたその言葉を、野分は一度も忘れたことはなかった。
そして今日、いよいよ天木田の制服に袖を通す日が来たのだ。
「お父さん、野分は今日から天木田の生徒です!」
学ランを羽織りながら、ここにはいない父に向かって報告する。
「絶対に甲子園に行ってみせます!」
父との約束を口に出して決意を新たにする。
そんな野分の後ろで学ランのボタンを留めていた晴が、ぼそりと呟いた。
「そんな約束は、天木田が男子校でお前が女だって時点で、その場限りの嘘だって決まってんだけどな」
至極もっともな意見だが、感極まって「がんばるぞーっ!」と叫ぶ野分にはまったく聞こえていなかった。
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