1 / 36
第1話 あらしの入学式⑴
しおりを挟むおじさんの家を飛び出してきて、どれくらい走っただろう。
息が切れ、手足がしびれて上手く動かせない。それでも、涙でにじんだ視界に父の背中が映ると、野分は渾身の力を振り絞って走る速度を上げた。
足がもつれて転びそうになるのを懸命に堪えて、野分は叫んだ。
「お父さん、待って!」
その声が届いたのか、遥か前方で父が足を止めた。
「野分も連れてって!」
叫ぶと余計に苦しかったが、野分は必死に声を上げた。
立ち止まった父がゆっくりと振り向くのを目にして、わずかな安堵が広がる。
だが、すぐにまた背を向けてしまうのではないかと、野分は不安でたまらなかった。
やっとのことで追いついて父の数歩前で止まると、父は肩の荷物を下ろして屈み、野分と目を合わせた。
「野分」
父の声はいつもと変わらず優しかったが、たしなめるような響きを持っていた。
「一緒には行けないんだよ。野分はおじさんのところでいい子にしていなさい」
野分はしゃくりあげながら首を横に振った。
いままでも、野分を伯父の家に預けて父がふらっとどこかに行ってしまうことは何度もあった。
しかし、今回は何かが違うような気がした。今ここで別れてしまったら、もう二度と父に会えないような気がしたのだ。
涙を浮かべながらぶんぶん首を横に振る野分に、父は軽い溜め息を吐いてこう言った。
「すぐに帰ってくるから」
「すぐって、いつ?」
野分の問いに、父は穏やかな笑顔で答えた。
「そうだなぁ。野分がお父さんと同じ天木田高校の野球部に入って、お父さんが叶えられなかった甲子園出場を果たしてくれたら、お父さんは必ず帰ってくるよ」
今から十年前、父との別れの際に言われたその言葉を、野分は一度も忘れたことはなかった。
そして今日、いよいよ天木田の制服に袖を通す日が来たのだ。
「お父さん、野分は今日から天木田の生徒です!」
学ランを羽織りながら、ここにはいない父に向かって報告する。
「絶対に甲子園に行ってみせます!」
父との約束を口に出して決意を新たにする。
そんな野分の後ろで学ランのボタンを留めていた晴が、ぼそりと呟いた。
「そんな約束は、天木田が男子校でお前が女だって時点で、その場限りの嘘だって決まってんだけどな」
至極もっともな意見だが、感極まって「がんばるぞーっ!」と叫ぶ野分にはまったく聞こえていなかった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。



如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

クライエラの幽微なる日常 ~怪異現象対策課捜査file~
ゆるり
キャラ文芸
正義感の強い警察官と思念を読み取る霊能者によるミステリー風オカルトファンタジー。
警察官の神田智輝は『怪異現象対策課』という聞き馴染みのない部署に配属された。そこは、科学では解明できないような怪異現象が関わる相談ごとを捜査する部署らしい。
智輝は怪異現象に懐疑的な思いを抱きながらも、怪異現象対策課の協力者である榊本葵と共に捜査に取り組む。
果たしてこの世に本当に怪異現象は存在するのか? 存在するとして、警察が怪異現象に対してどう対処できるというのか?
智輝が怪異現象対策課、ひいては警察組織に抱いた疑問と不信感は、協力者の葵に対しても向いていく――。
生活安全部に寄せられた相談ごとを捜査していくミステリー風オカルトファンタジーです。事件としては小さなものから大きなものまで。
・File→基本的には智輝視点の捜査、本編
・Another File→葵視点のファンタジー要素強めな後日談・番外編(短編)
を交互に展開していく予定です。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる