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しおりを挟む明けて翌日、ガーデンパーティーの会場で、エミリーは王子達と共にアレクサンドルの姿を探していた。
「いない……」
「あいつら、やっぱり逃げたに違いない!!」
憤る彼らとは別に、エルヴィンもアレクサンドルを探していた。こちらは純粋に友が心配だったからだ。
シーバラッド家の兄弟はそろって見事な赤毛であるから目立つはずなのだが、見つけることが出来ない。
「まだ来ていないのか……」
エルヴィンが呟いた時、庭に集まった貴族達がざわっとざわめいた。
庭に入場してくる赤毛が見えて、エルヴィンはそちらへ足を向けた。
フリードリヒが一人の令嬢をエスコートし、アルフォンスが彼女の前を人払いして進んでいるのが見えた。
しかし、アレクサンドルの姿はない。
人々はフリードリヒの隣をしずしずと歩く美しい令嬢に息を飲んだ。
艶やかな漆黒の髪とルビーのような赤い目は、これまで見たことのない美しさだった。真っ白なドレスが輝いているようにさえ見える。
「ふ、フリードリヒ……」
「ああ。カルロス殿下。ご機嫌麗しゅう」
「うむ。こ、こちらの令嬢はどなたかな?紹介してもらえるだろうか」
カルロスは今まで見たことのない美しい女性を前に、ぽーっとしていた。その隣ではエミリーが悔しげに顔を歪めている。
「これは、私の……」
「アレクはどこ!?どこに隠したの?」
フリードリヒの言葉を遮って、エミリーが騒いだ。
「落ち着いてください、エミリー嬢。アレクサンドルはちゃんとここに来ております」
「どこにいるのよ!?」
フリードリヒはアルフォンスと目を見交わして肩を竦めた。
「カルロス殿下。少々、我が家のことをお話ししてもよろしいでしょうか」
「う?うむ」
許しを得て、フリードリヒは「では」と語り始めた。
「今から200年ほど前、我が家には聖女と呼ばれる娘がいました。光魔法が使える彼女は魔王と戦い、魔王を魔界へ封印しました」
「もちろん、聖女アリエスの伝説はこの国の者なら誰でも知っている」
カルロスの言うように、魔王と戦った聖女アリエスの話は有名だ。
「ええ。その聖女アリエスの話ですが、実はおおやけには伝えられていない真実がありまして」
フリードリヒは一度言葉を区切ってから、きっぱりと言い放った。
「魔王は、ストーカーだったのです!!」
会場がしーんと静まりかえった。
「アリエスに惚れた魔王がどれだけ拒絶してもしつこく迫ってくるので、キレたアリエスが魔王を追い返して、魔界への扉に封印を施したのが200年前の真相です」
「そ、そうだったのか……?」
「そうなんです。しかし、ストーカー……魔王はしぶとかった」
フリードリヒはぐっと拳を握りしめた。
「アリエスは黒髪に赤い目の乙女でした。それ以来、我が家に黒髪に赤い目の娘が生まれると、魔王が手に入れようと魔界から這い出てくるようになったのです。それを撃退するのが相当面倒くさかったらしく、先祖は一つの掟を作りました」
「すなわち、「黒髪に赤い目の娘が生まれた時は、魔王に気付かれぬように男として育てること」!」
フリードリヒの話の続きをアルフォンスが引き取った。
「黒髪赤目の娘は十八になると光魔法に目覚めます。それまでは、魔王に見つからないように男として育てるのです」
「では、改めてご紹介いたしましょう。シーバラット家嫡男である私、フリードリヒの妹であり、次男アルフォンスの姉である―――長女、アレクシア・フォン・シーバラッドです」
フリードリヒの隣の美女が前へ進み出て見事なカーテシーで挨拶した。
「生まれてよりこれまで、アレクサンドル・フォン・シーバラッドとして生きて参りました。今日よりは真実の名であるアレクシア・フォン・シーバラッドとして生きたいと存じます。どうぞ、よろしく」
「あ、あ、アレク!?」
エミリーが叫んだ。
「はい、エミリー嬢」
顔を上げたアレクシア―――アレクサンドルがにっこりと微笑んだ。
「魔王の目を誤魔化すため、髪と目の色を魔法で変え、男として育てていた。あと三ヶ月でアレクシアは十八になる。あと三ヶ月だったのに……」
「本当なら三ヶ月後の姉上の誕生パーティーで大々的に発表するはずだったのに……余計なことを」
フリードリヒとアルフォンスに睨まれて、エミリーは後ずさった。
「もちろん、男装していただけで性別は生まれた時から女性ですよ?」
「そうそう。生まれた時からかわいい妹だよ?」
「姉上がいったいどうやって貴女をはらませたというんでしょうねぇ?」
「う……」
会場中の目がエミリーに集まる。
アレクサンドルは女だった。エミリーを妊娠させられる訳がない。
嘘がばれて冷ややかな目で見られたエミリーは、狂ったように泣きわめいた。
「なによなによなによっ!!本当は女だったなんて!よくもあたしの純情をもてあそんでくれたわねっ!!最低!!」
最低はこちらの台詞だと思うのだが、エミリーは悲劇のヒロインよろしく涙をまき散らして会場から走り去っていった。
泣きながら「隣国に留学してもっとハイスペックなイケメン捕まえて見返してやるーっ!!」とほざいていたので大丈夫だろう。たくましくて何よりだ。
「さて、アレクシアの十八の誕生日まであと三ヶ月。魔王にみつからないように守らなければ」
「光魔法に目覚めれば自分で結界もはれるし、魔王も追い返せるようになりますからね」
フリードリヒとアルフォンスが気合いを入れ直した。
「エルヴィン!」
アレクシアは少し離れたところで一部始終を見てぽかんとしていたエルヴィンに駆け寄った。
「今まで騙していてごめん、怒ってる?」
「い、いや……驚いたけど、怒ってはいない」
「よかった」
アレクサンドル―――アレクシアがにっこり笑った。
エルヴィンはそれを見て顔が熱くなった。髪と目の色が違うだけで、よく見れば確かにアレクシアはアレクサンドルそのものだ。何も変わっていない。
それなのに、エルヴィンはアレクシアを可愛いと思ってしまって動揺した。
「あのさ、エルヴィン。昨日は真っ先に庇ってくれて嬉しかったよ。ありがとう」
言いそびれていたお礼を言ったアレクシアは、照れくさそうに目を伏せた。
「それでさ、エルヴィン。僕は……」
アレクシアの言葉の途中で、パーティー会場が突然ぐらりと揺れた。
『くくく……みつけたぞ……アリエス』
地の底から声が響き、空中に黒い影が姿を現した。
「出たなストーカー!!」
「姉上は渡さない!!」
フリードリヒが剣を構え、アルフォンスが魔力を解き放つ。
『アリエス……今度こそ、ぶっ』
「厳重注意キック!!」
『今度こそお前を、ぐふっ』
「警告ハリケーン!!」
『お前を我がものに、がひゅっ』
「接近禁止令アタック!!」
『台詞の途中で攻撃するな!!せめて最後まで言わせろ!!』
「「黙れストーカー!!」」
フリードリヒとアルフォンスが魔王を容赦なく滅多打ちにする。ストーカーの言い分など聞く耳を持たないし、慈悲をかけるとつけあがるのがストーカーって奴だ。
「地獄へ堕ちろっ!!」
「二度と来るなストーカーっ!!」
『ぐぅぅ……おのれ人間共めぇ……』
兄弟の容赦ない攻撃にぼろぼろになったストーカーだが、ストーカーの最も厄介なところはその執念深さだ。
ストーカーは兄弟の隙をついて、アレクシアに襲いかかった。その手に黒い刃が握られている。
「危ないっ!!」
咄嗟にアレクシアの前に飛び出たエルヴィンが、魔王の刃に切り裂かれた。
「エルヴィン!!」
アレクシアが叫んだ。
倒れたエルヴィンを抱き留めるが、彼の脇腹から夥しい血が流れ出るのに顔を青ざめる。
『私とアリエスの仲を裂く者は全員死ぬがいい!アリエスは私のものだ!!』
魔王がストーカーらしい妄言を吐く。
「エルヴィン!しっかり!」
「あ……アレクサンドル……いや、アレクシア……泣かないでくれ。君を守れたなら本望だ」
エルヴィンは心の底からそう思って微笑んだ。
「エルヴィン……」
「アレクシア……最期だから、言ってもいいかな?……死にかけの戯言だと思って忘れてくれ……思えば、君がアレクサンドルだった頃から、俺は君を特別に想っていた……親友への気持ちだと自分を誤魔化していたが……本当は、そんなじゃなくて」
「エルヴィン……僕も、本当はずっと君のことを……」
「アレクシア……」
アレクシアはほろほろと涙をこぼし、エルヴィンに口づけた。
その瞬間、
眩い光が辺りを包み込んだ。
「な、なんだっ!?」
「これは、この光はっ……」
人々が目を覆って叫ぶ。
『ぐ、ぐああっ!!何故だっ……まだ十八にならぬのにっ、なぜ光魔法がっ……』
ストーカーが光に灼かれて苦しみもがく。
『お、おのれ……このままではすまさんぞぉ……っ』
雑魚ボスっぽい台詞を残して、ストーカーは地の底へ帰って行った。
光が収まった時、アレクシアの腕の中で死にかけていたエルヴィンは痛みがすっかり消えているのに気付いた。
「傷が、消えている……?」
「エルヴィン!よかった!」
アレクシアが涙を流して喜ぶ。
「光魔法に目覚めたんだな、アレクシア。お前の治癒でエルヴィンは助かった」
フリードリヒが二人に歩み寄り、こう言った。
「だが、アレクシア。ストーカーはまたお前を狙ってくるだろう」
「フリードリヒ様、自分がアレクシア様をお守りします!」
「ほう?それは命を救われた恩義からか?」
「それもありますが……身分違いの身でありながら恐れ多くも、自分はアレクシア様を愛しているのです!!」
エルヴィンはフリードリヒに頭を垂れて許しを講うた。
「どうか、アレクシア様をお守りさせてください。それ以外は何も望みませぬ」
「顔を上げろ。知っての通り、アレクシアは公爵令嬢。男爵家の四男など平民も同然、本来であれば口を利くことも能わぬ」
「はい……」
言われるまでもなく、エルヴィンにもわかっている。美しい上に治癒の魔法を使えるアレクシアは、聖女としてこの国の王族に嫁ぐのがふさわしい。
ならばその日まで……いや、アレクシアがこの世に生きる限り、彼女が笑顔でいられるように守ろうと、エルヴィンは心に決めた。
フリードリヒはふっと笑って、エルヴィンの顔を上げさせた。
「エルヴィン・ワグルーク。我が妹、アレクシア・フォン・シーバラッドを生涯守り通し愛し抜くと誓えるか?」
「誓います!」
「では、結婚を許そう」
「はっ……はい、……は!?」
エルヴィンは大いに戸惑って叫んだ。
「幻聴!?」
「アレクシア、お前はエルヴィンでいいのか?」
「はい!兄様!ありがとう!」
「え!?え!?」
「あーあー。僕の姉上が……あと三ヶ月は他の男に渡さなくていいと想ってたのに……ほんと余計なことしてくれたよなー」
アルフォンスはカルロス王子をちくちく突ついて嫌みを言っている。
「は!?え!?ちょ、ちょっと待ってください!俺は男爵家の四男ですよ!?」
爵位を継ぐことも出来ない身分で、公爵家の令嬢を嫁にもらえるわけがない。そう主張するエルヴィンに、フリードリヒが肩を竦めて言った。
「我が家では、黒髪赤目の娘には必ず恋愛結婚をさせろという掟がある。なぜなら、アリエスは魔王を魔界に追い返した後で幼馴染と結婚したんだが、その際にこう言い残したんだ」
自分が魔王と戦って勝てたのは、光魔法の力だけじゃない。愛する人が傍にいてくれたからだ。
「アリエスはこう言った。「ストーカーに勝てるのは真実の愛だけだ」ってな!」
終
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