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〜紫鏡と王太子の言い分〜

怪58

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 視界が揺れた次の瞬間、アメリアは元の階段の踊り場に立っていた。

「アメリア!」

 花子が飛びついてくる。

「花子さん? わたくし……?」

 アメリアは手に握った『紫鏡』をみつめて呆然とした。

「捕まえたのね? 偉いわ!」
「あ……アメリア様……ご無事ですか」

 青い顔のハンナが怖々尋ねてくる。彼女の目の前で鏡に引きずり込まれたアメリアが、今度は鏡から抜け出てきたのだ。怖くて鏡に近寄りたくないのか、階段のぎりぎりの場所に立っている。

「あ……ペレディル様は?」

 アメリアは辺りを見回したが、メルティの姿はない。

「そんなっ……」

 まさか、あの世界に取り残してきてしまったのかと青ざめるアメリアだったが、その時、食堂の方から悲鳴が響いた。

「ぎゃーっ!!」

 アメリア達は顔を見合わせた。

「今の声って……」
「殿下?」




 話は数分前に遡る。
 クラウスは呪いを解くために、食堂で一人剣を振るっていた。力強い剣舞で悪しき呪いを切り裂くために。

「たあっ」
 へろ~
「やあっ」
 へりょ~ん

 気の抜ける擬音が付きそうな剣舞であったが、とにかくクラウスは頑張っていた。
 そんなクラウスを見守る二つの影があった。メルティをさらった二人組である。

「おい。王太子は何をしているんだ?」
「わからん。タコの踊りとかじゃないか?」

 厨房に身を潜めた男達は、へにゃ~へんにゃ~と繰り出されるクラウスの剣技に首を傾げていた。

「どうする? 男爵令嬢もみつからないし、王太子も帰る気配がないぞ」
「ちっ。本当に余計な仕事を増やしてくれるぜ」

 舌打ちをした男が撤退を口にしようとしたその時、厨房の壁に掛けられていた鏡から、メルティの体が飛び出してきた。
 メルティはちょうど真下にしゃがんでいた男達の上に落下した。

「ぐっ!?」
「なんっだ!?」
「う……うわあきゃあ何っ!?」

 メルティが男達の上でばたばた暴れた。鏡にかけられていた布と共にもつれて絡まる。

「痛っ! なんだよおいっ」
「なんだこいつ、どっから……くそっ、人の上で暴れるなっ!」

 男達とメルティが床の上で揉み合っていると、厨房から声が聞こえることを訝しんだクラウスが剣舞を止めて厨房を覗き込んだ。
 明かりのない夜の厨房でクラウスが見たのは、床で蠢く得体の知れない黒い塊だった。

「ぎゃーっ!!」

 叫ぶと共に、クラウスは手にした剣を振り上げていた。

 ちなみにどうでもいいことだが、クラウスの剣の師は王家に指南役として召し出された老将軍である。彼は懸命な人物で、力のない者が剣を持つ危険性をよく知っていた。いたずらに振り回して他人を害するようなことがあってはいけない。故に、剣を扱う心構えが出来上がるまでは、特別に作った「切れない剣」を与えるようにしていた。一見普通の剣だが、じつは刃の部分が切れないように加工されているいわば「おもちゃの剣」である。
 そして、稽古をサボりがちな愚鈍な王太子はいまだに本物の剣を与えられていなかった。
 その「おもちゃの剣」で、クラウスは黒い塊を思い切り叩いた。

 ペンペンペーン! と叩くと、「ぐっ」「がっ」「うきゃっ」と呻いて、黒い塊が動きを止めた。

「はあはあ……」
「殿下!?」

 アメリア達が食堂へ入ってきて、厨房で立ち尽くすクラウスをみつけた。
 そして、その足下で伸びているメルティと二人の男達も。




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