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〜紫鏡と王太子の言い分〜

怪45

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 出来れば馬車を動かせる協力者がほしい。

 花子から出された提案に、アメリアは困り果てた。
 馬車を自由に動かせるのはそれなりの家格の高位貴族に限る。そもそも、当主の許可がいるのだから子供では馬車と御者を持ち出せないだろう。

 となると、辻馬車を使うことになる。だが、アメリアや花子のような少女だけで夜中に辻馬車を捕まえたりすれば、訳ありと思われて憲兵に突き出されるか、最悪、ならず者に目を付けられて身に危険が及ぶ可能性もある。

「どうしましょう……」

 学園に向かう馬車の中で、アメリアは肩を落として溜め息を吐いた。

「姉上。何がですか?」

 聞き咎めたユリアンが尋ねてくる。

「なんでもないわ」

 アメリアはユリアンの方を見ずに顔を窓の外に向けた。

(わたくしがもっと早く走ることが出来て、学園まで走っても疲れないたくましさをもっていれば馬車など必要なかったのに。わたくしが、貧弱なばっかりに……)

「力が……っ、欲しい……!」
「姉上……っ!」

 アメリアが思わず漏らした嘆きに、ユリアンは驚愕した。これまで、何一つ望むことのなかったアメリアが、心の底からの叫びのように欲している。アメリアが何かを欲しいと思えるようになった。それは喜ぶべきことかもしれない。
 だが、それを欲するようになったのは、あの得体の知れない子供の影響ではないのかと、ユリアンは奥歯を噛みしめた。

(僕がもっと、強ければ……っ、そもそも、アメリアをあんなアホ王太子から救い出せる立場であれば、不名誉な婚約破棄などに持ち込まずに済んだのに……)

 元々、ユリアンがクラウスの傍に侍っていたのは、王太子がアメリアに対して不埒な真似や迷惑をかけたりしないように見張るためだ。
 そこへメルティがちゃらちゃらと近寄ってきて、思慮は浅いが中身はそう悪い人間ではなく、お気楽なところがクラウスと馬が合うようだった。
 彼らがアメリアとの婚約を破棄してしまおうと悪巧みを始めた時は「何をこいつらは」と腹が立ったが、すぐにどうしようもない誘惑に駆られた。

 こいつらを利用すれば、アメリアを手に入れられる。と。

 ユリアンとアメリアは、「異母姉弟」だ。そうでないと知っているのは、ユリアンと、ユリアンの母と「父」だけだ。

 メルティがアメリアに着せようとしている「罪」は虐めとも呼べぬほど他愛もないものだったし、処刑だの追放だのを望んでいる訳でもなく、ただちょっとアメリアをぎゃふんと言わせて婚約を無くしたいというだけだった。

 だから、この機を逃したら、アメリアを手に入れることは出来ないとユリアンは思った。ユリアンには、他に方法がなかったのだ。

(アメリアには悪いことをしたと思うが……それでも、王太子との婚約を破棄できたことを後悔はしない。王太子とメルティの浅はかな計画に乗ったのも……そういえば)

 ふと、ユリアンは思った。

(ショーンの奴は、何を思ってあんな計画に荷担したんだろう)

 堅物の騎士団団長の息子を思い浮かべて、ユリアンは初めてそんなことを考えた。これまでは、アメリアのことばかり考えていて、気にしたことがなかった。

 寡黙な彼が何を考えているのか、今さらながらにユリアンは気になりだした。

(メルティを気に入っているからかと思っていたが、婚約破棄以降はメルティに近寄っている様子はない。では、他に何か目的が……? はっ! まさか! 奴の目的もアメリアなのでは!? ……くっ!)

 ユリアンは拳を握りしめた。あの正当性の欠片もない婚約破棄に乗っかった目的など、アメリアの立場を弱めて己れのものとするためとしか考えられない。

(アメリアは渡さないっ! 貴様に負けはしないぞショーン!)

 何もしていないのにユリアンの脳内で勝手に恋敵に認定されたショーンにとっては濡れ衣もいいところであった。



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