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〜メリーさんと義母のたしなみ〜

怪36

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 あの人形は『紅きチャンジャール公』による怪しい魔術であり、彼らはこれと決めた獲物に手紙を送りつけることによって術を完成させる。

「だから、もしも身近に手紙を受け取ったという人がいたら、わたくしに教えてほしいの」

 ユリアンとハンナを納得させる必要があったため、アメリアと花子は『メリーさん』の怪異を『紅きチャンジャール公』に擦り付けることにした。

「『紅きチャンジャール公』……聞いたことはあります。まさか、実在していただなんて……」
「妙な魔術も使うということか……姉上、このことは父上には?」
「まだ言っていないわ……荒唐無稽すぎて信じてもらえないと思ったし。『紅きチャンジャール公』が関わっているという証拠は何もないもの」

 アメリアはしれっと目を逸らした。実際、こんな話を信じる方がどうかしている。ユリアン達のように、目の前で見た者でなければ信じないだろう。

「確かに……信じてもらうのは難しいかも知れませんが……」
「ええ。それに、『紅きチャンジャール公』のことはきっとお父様達がなんとかしてくれると信じているわ。わたくしはただ、彼らが捕まるまでの間、わたくしの目の前の人々を守りたいだけなの……」
「姉上……」
「アメリア様……」

 自分が指示したとはいえ、つらつらと嘘を吐くアメリアを見て、花子は「なかなかの女優ね……」と呟いた。

「ハンナ様にかけられた術は、一度撃退したことで解けたはずです。だけど、彼らはまだ私達が知らない術を使うかもしれない。だから、もしも何かおかしなことが起きたらわたくしに教えてちょうだい」

 アメリアが言うと、ハンナは頷いたが、ユリアンは不服そうに目をすがめた。

「何故です? 何故、姉上がそんな危険を冒さなければならないんです?」

 ユリアンには納得できなかった。怪しげな術を使う誘拐組織だなんて、どう考えてもアメリアに関わってほしくない。

「僕は姉上さえ無事ならいいんです。姉上以外の者がどうなろうと……」
「ユリアン! 何を言うの……」
「姉上! 二人でどこか遠くへ逃げましょう! 『紅きチャンジャール公』の手が届かぬ場所へ!」

 強く手を握られ、アメリアは戸惑った。ユリアンの目は真剣で、そこに宿る強い光にアメリアは目を逸らすことが出来なかった。

(似ているわ……)

 アメリアの脳裏に、幼い頃に見た光景が蘇った。

 庭の隅、木の陰に隠れていたその人は、小さなアメリアが見ていることにも気付かずに、ただじっと一つのものを見つめていた。

 その時の目に、よく似ている。

 アメリアは脳裏に浮かんだ光景を振り払うようにふるふる首を振った。それを拒絶と捉えたのか、ユリアンの顔が歪む。

「何故です……? こんな国に未練などないでしょう? 貴女の努力を踏みにじった王太子にも……」
「ユリアン……貴方は、ペレディル男爵令嬢を想っていたのではないの?」

 ユリアンの態度に、アメリアは首を傾げた。
 王太子とメルティの側に立ってアメリアを糾弾したのはユリアンだったはずなのだが、と不思議に思ったのだ。

「……そのように思われるように振る舞っていたことは認めます。ですが、僕の目的はペレディル男爵令嬢を利用して、姉上の婚約を破棄させることでした」

 思いもかけぬ台詞に、アメリアは目を見開いた。

「あんな愚鈍な王太子に、貴女を渡したくなかった……」
「ユリアン、貴方……」

 ユリアンは俯いて黙り込んでしまった。
 アメリアはどうしたらいいかわからずに、思わず助けを求めるように花子を見た。

「まあ、いまだに「姉離れ」が出来ていないのね!」

 花子が大仰に呆れた様子で肩をすくめた。

「情けない男だわー! ハンナもそう思うわよね!」
「えっ、ええ……」

 ハンナもこくこく頷いて、場の雰囲気を変えようとする。アメリアは二人に感謝しながらユリアンの肩に手を置いた。

「ユリアン。これからも、姉のわたくしの力になってくれる?」
「……はい」

 ユリアンが頷いたので、アメリアは安堵して微笑んだ。



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