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「だから反対したんだよ! こんな気味の悪い子が産まれるなんて!」

 子供が生まれれば認めてもらえると思っていたのに、ニックの母親の態度はより一層ひどくなった。

「こんな痣がある子供がいたら、店の評判も悪くなるよ!」
「そんな……お客さんは皆いい方ばかりですよ。この子のことも、「おめでとう、元気な子ね」って言ってくれて……」

 自分のことなら聞き流せたが、マリッサはキャシーのためには義母に言い返した。生意気になったと言われて余計に嫌われてしまったが、キャシーは額に痣があるだけでそれ以外はごく普通の可愛い赤ん坊だった。

 ニックの母親はキャシーを孫と認めず、義父や兄夫婦にもキャシーと関わらないように命じた。

「あんな痣があるなんて不吉だよ。母親と同じ形の痣だなんて、母子で呪われているに違いないよ」

 ニックがキャシーを抱き上げると飛んできて喚き立てるので、ついにはニックも母親の癇癪を恐れてキャシーに余所余所しくなった。

 義母はキャシーの数ヶ月前に生まれた兄夫婦の子供をわざとらしいぐらいに可愛がり、おもちゃや服も兄夫婦の子にばかり買い与えた。あからさまに差をつけられては、マリッサはキャシーの未来を案じるようになった。

 今はまだ赤ん坊だからいいが、物心つくようになったらキャシーは悲しい思いをするようになる。

 そう思ったマリッサはニックに提案した。

「キャシーのためにも、この家を出て三人で暮らしましょう」

 親子三人で暮らし、二人でキャシーを愛して育てようと訴えたのだが、ニックは賛成してくれなかった。

「それは無理だよ。最近、ますます忙しくなっているし……」

 それまでもずっと商会の営業は順調だったが、キャシーが生まれた頃から大きな取引がいくつも舞い込んで、商会は従業員の数も膨れ上がって近隣の町にも名前が響くようになっていた。

「近くに家を借りれば問題なく通えるじゃない」
「いや、でも、母さんが許さないだろうし……」

 ニックの態度が煮え切らないので、マリッサはキャシーのことを考えてくれないのかと不満を募らせていった。

 キャシーはあまり手の掛からない子で、マリッサが抱き上げると大抵機嫌よくにこにこしていた。人見知りもしないのか、お客さんにも愛想良く笑いかけるので常連からは可愛がられていた。

 しかし、そんなキャシーが何故か懐かない人物がいた。ニックの母親の知り合いで、士爵の妻という身分の確かな女性だった。
 この女性がやって来るとキャシーは火がついたように泣き出し、どういう訳かなかなか泣きやまなかった。

「まったく五月蠅い子だね! まるで疫病神だよ!」
「そんなっ……この子は普段はとても大人しいんです! 他の人にはこんな風にならないのに……」
「こんな子が大きくなったら、うちの店に不幸を呼ぶに違いないよ! その前にさっさと余所にやっちまいな!」

 母親のキャシーへの態度は酷くなるばかりで、ついには家の中にいるのも嫌だと言い出した。

 挙げ句の果てには、マリッサになんの断りもなくキャシーを知人の老夫婦の養子に出そうと言い出した。その老夫婦はキャシーも知っていたが、一人息子が亡くなると嫁と孫を奴隷のように働かせて、彼らに逃げ出されて自分達の面倒をみる者がいなくなって困っているような人達だった。何が目的で子供を欲しがっているのか火を見るより明らかだ。

「こんな醜い痣のある子供がニックの子のはずがないじゃないか。ニックには全く似ていないんだから」

 流石に酷すぎると抗議したマリッサに、ニックの母親はそう言い捨てた。
 それで、マリッサは堪忍袋の緒が切れた。

(このままここにいては、キャシーは幸せになれないわ……)

 マリッサは決意した。

「わかりました。キャシーを連れて出て行きます」

 驚いたニックが引き留めようとしたが、マリッサは譲らなかった。ニックが一緒に来てくれることを期待していたが、彼は結局母親に逆らえず、マリッサとキャシーが追い出されるのを見ているだけだった。

 家を出る前にマリッサはニックとの離婚に関する誓約書を作った。

 キャシーの親権はマリッサだけにあるものとし、ニックとその家族は今後何があってもキャシーに関わらないことという内容だ。商会で何か問題が起きた時にキャシーが巻き込まれることのないように全員に署名してもらったが、ニックの母親は嬉々として署名したしニックも自分が父でなくなる書類に異を唱えなかった。


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