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酒の席にて・7
しおりを挟む「聞いた通りだぜ」
突然聞こえてきた声に、後ろを振り返る。寝ていた筈の局長が起きて手酌で飲んでいた。
「局長。副長は大丈夫なのですか? 初恋が男って……しかも、手籠めにされそうになったって……」
「うん? 大丈夫だろ? 本当に初恋なんてぇもんでは無いのさ。それに山﨑君、考えてもみろ。あの歳だぞ。あんな乱暴なガキ、手籠めになんか出来るわけがない」
「子供ですよ? 大人に手籠めにされそうになったら、いくら乱暴な子供だって抵抗出来ない……」
「あぁん? 友達になりてぇって言ってただろ? 大人じゃねぇよ。出会って、喋って、そんで、こいつなら心友になれるって思ったんだ。でも事情があってその場で別れた。そりゃ忘れられねぇだろうな。あいつぁ孤独な奴だから」
「しかし、相手は一度しか会ってないんですよね。それで思い出が美化されてしまって、忘れられないのでしょうか」
言いながら、自分にも当てはまると思ってしまった。江戸へ出てきて出会った女の子。ほんの数刻の逢瀬。ただ一度の出会いが、この年になるまでに美化されてしまったのだろうか。いや、ずっと憶えていたわけではない。話しながら思い出しただけの事だ。俺にとっては、忘れられない相手ではない。
「そうでもねぇのさ。あいつは、その相手に、二度会っている。そして、京に来て、再会したらしい。現在進行形で、相手ぁなんにも覚えてねぇみたいだけどな」
「……副長の……片想い……いうことですか?」
「惚れた腫れたは断じて違うな。そんな感情からは離れて考えた方がいい。惚れてねぇのは見てりゃわかる。だが、俺ぁ歳がそいつと心友になれたらいいと思ってるよ」
「副長を手篭めにしようとした男ですよ?」
局長は、少し考えるような素振りをしてから、酒を煽った。新しく注ぎなおしながら、俺に視線を寄越す。
「でも結局は、しなかったんだろ? 歳が気に入ったのは、そういうとこなんじゃねぇのかね? 俺ぁ心友なんて甘酸っぺぇもんは要らないから、あいつの気持ちはわからねぇけどな」
「そんな……」
「ただな、俺ぁ、どうしても相手が誰なんだかわからなかったのよ。それが悔しくってな」
局長はまた酒を煽ると、じゃあなと言って立ち上がった。見上げると、ニヤリと笑いながら刀を差している。
「先に帰ってるぜ。歳が戻ったら一緒に帰ってくればいい」
「そんな……一人で夜道を歩くなんて危険すぎます。三人で帰ればいいじゃないですか」
「なぁに。その辺にいる隊士を捕まえて、もう一杯やってから帰る事にするさ。じゃあな、お前達も気をつけて帰ってこいよ」
「局長!」
「……なぁ、山﨑君。件の初恋の君の話だがな」
「は?」
「惚れた理由は、『綺麗だったから』だけかね?」
「え?」
「俺だったらいっくら綺麗な女でも、跳ね返りはちょっと遠慮してぇけどなぁ。ってなわけで、惚れたり気に入ったりする事に、普通の理屈なんざいらねぇんじゃねぇのかい?」
カカカと笑い、局長は部屋を後にした。確かその話をした頃には横になって寝ていた筈なのだが、と、狸寝入りをしていた局長を呆然と見送る事しかできなかった。
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