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酒の席にて・3
しおりを挟む山﨑は少し微笑んで立ち上がると、来た時と同じようにほとんど音をたてず部屋から出て行った。いつもながら見事だなあと、感嘆の息を漏らす。しばらく障子を見つめていたら、近藤が指で俺の肩をつついた。
「やい、なんだ、おめぇの態度は」
「……なにが」
「山﨑君が、自分に好意を持っているのを知っていて、ああいう無茶な我侭を言うんだろう。その気持ちにこたえるつもりもねぇくせに」
「……山﨑が俺に? まさか」
「隊の中でも噂だぞ。監察の山﨑は、悪女みたいな副長の尻に敷かれていいように使われてるってな」
「だから?」
「ひとの心を弄ぶような事をするな、と言ってんだ」
「なんで、弄んでると思うんだ。まるであいつが純情な男みたいに言うけどな、あいつほどの女好きはこの世にいないぞ? 俺だって女が好きだしな。まあ、でも仮に山﨑が俺に好意を抱いていたとして、どうして俺がその気持ちにこたえるつもりがないと断言できる? 性癖なんて変わるもんだろ?」
「だっておめぇ、昔っから仲良くなりたくてしょうがねぇ男がいるだろ? まあ、恋愛感情じゃないにしてもよ。そいつを差し置いて、他の男に目をくれるかねぇ」
耳を疑った。今更何を言ってるんだという顔をして、近藤は溜息をつきながら腕組みをしている。いつ話したのか覚えていない。酔った拍子に口を滑らせたのだろうかと、あれこれ考えている内に体が火照ってきた。
「何を真っ赤になってるんだか……」
「う、うるせぇ! あんたが出鱈目を言うから……」
「出鱈目じゃねぇぜ。おめぇ、昔の話をよくするじゃねぇか。ガキの時分に会った、同じくらいの年のガキの話。もう少しでかくなってからそいつに再会したってぇ話。そんで、京に来て、また会ったけど相手はなんにも覚えてなかったって話」
「……クソ生意気なガキと、意地の悪い男の話だろ。それがどうして仲良くなりたくてしょうがなくなるんだよ。相手ぁ美人の女ってわけでもなくて男だぞ。どうかしてんじゃねぇのか?」
「おめぇ、その話をしながら自分がどんな顔してるか全然わかってねぇな。目ぇキラキラさせちまってよ。なんだ、あれか、親友にでもなりたいのか。話を聞くと、気が合いそうな男だもんな。お前は昔から心の友って奴を探してたから、その男に惹かれちまってんだ」
思わず顔に手をやると、近藤はニヤリと笑って膝を打った。誤魔化すように自分の頬を叩く。顔がどんどん熱くなり、下を向いたまま、あげられなくなった。この歳で、友達が欲しいんだろうと図星をさされて恥ずかしくない男がどこにいる。羞恥に耐えられそうにない。気絶出来るもんならしてしまいたい。
「…………畜生」
「そら、図星だ。一体どんだけ付き合いが長いと思ってんだ。俺にわからねぇ事ぁねぇのよ。観念するんだな」
「なんだよ、観念って……」
舌打ちをしながら、胡坐をかいた。目の前で近藤が嬉しそうに笑うので、益々顔が火照ってきた。
「山﨑君に思わせぶりな態度をとるんじゃねぇよ。あいつが本当に女にしか興味がないとしても、無自覚で誘惑もするんじゃねぇ。女好きのお前は、その気持ちになんざこたえられねぇんだろ? そりゃ、おめぇに憧れてるって隊士は一人や二人じゃねぇ。その中で、あれだけ近い位置にいて、あれだけ頼りにされてるんだ。それだって嬉しいだろうよ? でも、思わせぶりな態度をとって傷つける事ぁ、この俺が許さねぇ」
「……やだ。俺は、俺のしたいようにする」
「歳! 我侭もいい加減に……」
「お待たせ致しました。」
部屋の外で声がする。俺は立ち上がって障子を開けた。さあ、行こう行こう、と山﨑の背を押す。近藤は、黙って後をついてきた。
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