王子と姫の恋愛攻防

香月しを

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王子・一

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「は? お姫サンと同室になるって?」

 風紀委員長の狩場文彦が、珍しく声を裏返らせるほど驚いていた。姫野に頼まれていた同室の手続きを終わらせ、委員会に顔を出すのが遅れた理由を報告した瞬間の事だ。ミーティングが終わると、委員は各々校内の見回りに出かけたので、今、部屋の中には、俺と委員長の二人だった。
「うん。さっき同室になってくれと頼んだら、簡単にOKしてくれた」
「おお……高潔な姫も、とうとう笑顔の貴公子におとされたか……」
「は? 色々な奴を誘惑して試せばいいって言ったのは委員長だろう?」
 誰かと同室にならなければならない。だが、俺はゲイではない。なんとか恋愛とは無関係な相手と同じ部屋になる事はできないだろうか。そんな相談をしたら、委員長は、誘惑してそれにのってこない相手と同室になれというアドバイスをくれた。それを実行して、姫野というルームメイトを見つけたわけだ。アドバイスをした本人は、忘れてしまっているようだけれど。
「……あー、言ったな。ああなるほど、お姫サンは、お前のフェロモンにやられなかったってわけか」
「わりと濃厚にアピールしたつもりだったけど、ぽかんとしているだけだった」
「ふは! ぜんっぜん相手にされてねえ!」
 委員長が、腹を抱えて笑っている。実に楽しそうだ。
「俺に惚れない相手を探していたんだから、それでいいんだ」
 しかも姫野は、女性らしい見かけによらず、誰よりも男らしい。本性は、ただのヤンキーだった。生徒会役員とは何かと仕事が被るので、以前から姿を見かけるとこちらから挨拶程度はしていたが、一年経った今でも態度は入学当時のままだ。互いの距離が近付いている感覚はない。あちらから挨拶された事は、ほとんど無い。少し話しただけで自分は特別だと勘違いする生徒達とは違う。好きになられてしまう心配が、皆無だ。
「それにしても、いいねぇ、美形同士が同室なんて、創作意欲がどんどん湧いてくる!」
「俺達の話は絶対に書かないでね、リバ彦さん」
「その名で呼ぶんじゃねえよ!」
 学園イントラには、多くのメニューがある。抱かれたいだの抱きたいだののランキングもあれば、裏メニューとして、学園内の生徒や教師の恋愛をねつ造した漫画や小説を掲載している場所もあった。俺が総攻の話や、姫野受など、俺達の肖像権はどこにあるのかと叫びたくなるような話ばかりだ。前に一度自分が出てくる話を読んでしまい、一週間寝込んだ。それでも、直接言い寄られるよりは、まだマシだった。自分が気を付けて、読まなければいいだけの話だ。
「作品には俺を出さないように」
「ふふん、俺は書きたい話を書くだけだ。お前らがきゃっきゃきゃっきゃしてるのを見て、萌を感じたら、書く。感じなければ書かない」
「きゃっきゃきゃっきゃなんかするか!」
「おい王子、言葉遣いが乱れてるぜー?」
 目の前で不敵に笑う男は、裏メニューの中で絶大な人気を誇る作家だ。風紀を取り締まっているくせに、実は、風紀を乱す側だった。ペンネームは、リバ彦。その名のとおり、リバ作品ばかり書く。正体は秘密だ。俺は、委員会の活動で共に行動する事が多かったために、彼の活動を偶然知ってしまった。それ以来何かと説明されるので、今では、専門用語も使いこなせるほど、BLというものに詳しくなってしまった。俺には興味がなかったらしく、俺関連の話は書いた事がないらしいので、捨て置いている。しかし、何故か生徒会の面子の話が多いので、そのうち、生徒会が正体を調べ上げて暴露するんじゃないかと気が気ではない。そういう事はしないルールになっているのだと、委員長は、いつも気楽に言う。
「姫野とのリバなんて、想像したくもない。勿論、誰が相手でも無理だ」
「ははッ! 俺だってさすがに、あの美人さんがお前に突っ込んでるシチュは想像できねぇな! 安心しな」
「俺が姫野に突っ込むところだって想像するなよ!」
「美形同士お似合いなのに」
「やめろ」
 そんな事を言う委員長が、実はびっくりするほどの美形だ。中身はこんなにクソなのに、ストイックで、凛とした美貌を持っている。真白な肌、切れ長で二重の瞳、サラサラの黒髪。無造作に切られたそれが、学園を取り締まるために廊下を颯爽と歩くたび、さらさらと揺れる。美容室に行くのを面倒臭がって自分で適当にその辺の鋏で切っているなどと、誰が思うだろうか。美形というのは、本当に得である。体臭が濃くないからといって、風呂に入るのも面倒がる。きっと、昨日も風呂に入っていない。髪を固形石鹸で洗ったぐらいだろう。信じられないが、固形石鹸で洗っても、この男の髪はごわごわにならない。どういう原理になっているのか、いつか誰かに研究してもらいたいものだ。
委員長の行く末が心配だ。だれか、面倒見のいい相手と恋仲にでもなってくれたら少しは人間らしい生活をしてくれると思うのだが。
 そこまで考えてハっとした。ここには、男しかいない。卒業するまで、恋人を作るイコール相手が男という事だ。周りに感化されてしまったように感じて、嫌な汗をかいた。
「なんだ、どうした?」
「いや、べつに……」
「あー、わかったわかった。そうだよな」
「え、何が……」
「二人の新居を早く選びに行きたいんだろ? 行っていいよ、今日は休みにしてやる」
「何を言って……」
「お前らが二人で暮らす部屋だよ。広さが色々あるから、早めに部屋だけは決めに行ったほうがいいぞ。同室の奴が決まった順に、部屋決めしてるみたいだから」
「え、そうなのか? じゃあ、失礼する」
「おお、きばれ~」
 部屋の種類がたくさんあるのは、前から知っていた。なるべくなら、プライベートがきっちり分けられるタイプの部屋にしたい。姫野にしても、他人とは距離を取りたい性格をしていると思うのだ。普段猫を被っているのだから、完全に自分を曝け出せる場所というのは必要だ。それは、俺自身にも言える事だった。

   ◆◆◆

「おや、どうしました?」

 生徒会室に入ろうとしていた姫野の腕を掴んだ。完全に猫を被り直していた。華やかに微笑みながら、手に持っていた書類を後ろに控えている生徒に渡している。よく見れば、先ほどの転入生、花野だった。二時間ほど前はどうにもならない少年だったが、今は嘘のようにおとなしくしている。どういう調教をしたらこうなるのか、困惑しながら用件を伝えた。
「部屋を決めてきたから、確認してくれないかな」
「部屋? ああ、二人で暮らす部屋ですか?」
「そうだ。同室の手続きも、全部終わったよ」
「ありがとうございます。じゃあ、会長にことわってからご一緒しますね。少し待っていて下さい」
 柔らかく微笑み、花野を連れて生徒会室に入っていく。見事としか言いようがない。何が目的で猫を被り続けるのか、後で聞いてみたくなった。
 しばらく待っていると、中から姫野だけが出てきた。
「随分時間がかかったね」
「会計と書記に猛反対されまして。王子となんて暮らして、何かあったらどうするんですかーって」
「一番何もない相手だと思うんだけど」
「その辺の事情は知りませんからね」
「反対って、会長も?」
「あの人は、反対なんかしませんよ」
 一郎と呼ぶくらい仲が良いのではなかったか。そこに恋愛感情は、一切ないという事だろう。
「それで、会計達は、なんとかなったの?」
「とりあえず、曖昧に微笑み続けてたら、向こうが根負けしました」
「曖昧に……」
 ちょいちょいと、姫野が指だけで俺を呼ぶ。耳を貸せという意味だろうか。身長差が十センチあるので、前屈みになって姫野の口元に耳を差し出した。
「お前がよくやってるだろ。わけわかんねー事を言われてる時に」
 こしょこしょと内緒話をされるのは、妙にくすぐったい。がさつかと思えば、こうして声を潜める行動もとれる。面白い人間だ。
「あまり自覚はないけど……」
「そういうの、天然のタラシって言うんですよ?」
 ふふふと上品に笑い、先に歩き出してしまった。追いかけて、隣に並んだ。生徒会室のあるフロアから別フロアに移動すると、一般の生徒達が、俺と姫野が並んで歩いているのを見て、ざわめいていた。


「いいじゃん、いいじゃん!」
「二人で過ごすには、一番いい部屋を選んだ」
「王子、やるなぁ」
「好きな方の部屋を使っていいよ」
「えッ! なんというジェントルマン! いいのかよ! 俺、遠慮なんかしないぞ?」
 振り向いた姫野は、ものすごく嬉しそうに笑った。いつもの澄ました笑顔と違う。心を許されているようで、少しだけ優越感を覚えた。
「いいよ。姫はワガママって相場が決まってるからね。キミが先に選んだらいい」
「苗字のおかげで得したなぁ」
「苗字だけでお姫様扱いされているわけじゃないと思うけどね」
 ウキウキしながら、両方の部屋を開けたり閉めたりしている。どちらも広さは同じだ。窓があるかないかの違いだけだ。
 それぞれの個室の他に、浴室とトイレがついている。共有スペースはだいぶ広く、テーブルとソファが備え付けてあった。小さなキッチンもついている。簡単な食事は作れるようだ。
「俺、こっちの、窓のない方でいいか?」
「いいけど……窓がなくてもいいのか?」
「窓がない方がいいんだ」
「そう、か?」
 何か言いたくない理由でもあるのだろうか。俺から視線を逸らし、姫野は曖昧に笑った。
「部屋も決まったし、少しずつ引っ越しするわ。めんどくせぇけど、自分でやんなきゃ駄目だろうな~」
「重いものがあるなら、手伝うけど?」
「はぁ? お前に持てるものなら、俺にも持てるだろ。お姫様扱いなんかしてんじゃねぇぞ、王子」
「…………」
「まあ、どうしても手伝いたいなら手伝う許可をしてやってもいいけどな!」

 姫野が憎たらしい顔で笑った。


(つづく)
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