短編集

香月しを

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断罪されたくない公爵令嬢とざまぁされたくない男爵令嬢の話

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 後ろから声をかけられた二人は、くるりと向きを変え、目の前に立っていた令嬢を見てギクリとした。遠くから見たことのある令嬢だ。王太子の婚約者として有名な、才色兼備の公爵令嬢。そして、自分にざまぁをする予定の相手。ウェンディは、震えた。それはもう、ガクガクに震えた。顔の輪郭がよくわからなくなるぐらい。目や鼻、口の位置が、ぶれてしまってどんな顔をしているのかもわからなくなるぐらいだ。
「ななななな、なんでしょうか、ご令嬢!」
「ちょ、ウェンディ、落ち着いて」
「急に声をかけてしまってごめんなさい。あの、もしかして貴女、天真爛漫な男爵令嬢なのではありませんこと?」
「ミシュリーナ! いきなり何を言っているんだ」
 ミシュリーナに追いついたブライドが、目を丸くしている。日頃優秀な婚約者がアホになるのは、いつでも自分絡みだ。また何か思い込んで、一般人に絡んでいるに違いない。だいたい、本人に天真爛漫かどうか聞いて、まともな答が返ってくるわけがない。
「だって、王子様と結ばれるのは、たいがい、ピンクブロンドの髪の、天真爛漫な男爵令嬢なの! きっと……殿下は、この人に夢中になってしまうんだわ……」
「いやいやいや、私はきみに夢中なんだって、何度言ったら……」
「貴族令嬢らしくない毛色の違う令嬢に、あなたはどんどん魅了されていくのよ! 私なんて……型にはまった貴族令嬢だもの。新鮮味にかけるものね!」
「ん……? うん、ミシュリーナは、じゅうぶん、貴族令嬢らしくないから、大丈夫だよ」
「いやよ、いやいや! 殿下と結ばれる為に王妃教育も頑張ってきたのに、どうして浮気なんて!」
「してないから!」

 超痴話喧嘩だ。周りに集まってきた生徒達は、ぽかんと口を開けて、四人の様子を眺めている。そうこうしていると、ウェンディが、震えを止めて、怒りの形相で口を開いた。

「待って下さい! 王太子殿下は、こんなに美しい婚約者様がいるというのに、浮気をしているんですか!? 許すまじ! 悪役令嬢ファンを舐めないでくださいよ!」
「……いや、多分、きみが未来の浮気相手だと思われているみたいだけど」
 しばらく呆けていたジェイドも、なんとか現実世界に戻ってきた。
「えッ、私!? いやあああ! ざまぁしないでくださいいい!」
「貴方こそ、私を断罪しないでちょうだい! 王太子殿下の事は、諦めますから!」
「いや、諦められても困るんだけど、ミシュリーナ!?」
「駄目ですそんな! 王太子殿下からの求婚なんて受け入れられません!」
「そこの令嬢も! 私は、ミシュリーナ以外に求婚する予定はない!」

「はいはい、皆さん、ちょっと落ち着きましょうか!」

 パンパンと手を叩いたジェイドが、この場を治める。集まっていた生徒達にも護衛に言って口止めをし、学園内の小会議室を借りて、入学式にも出ずに四人で話し合う事にした。

「つまり、ミシュリーナ嬢も、ウェンディと同じように、恋愛小説にハマっている、と」
「ええ、ジャンルは違うのですけれど」
「私は、前々から、違ったジャンルも読むように言っているのだが、どうも、下克上タイプの話が好きなようでね。いくら私が愛を囁いても、信じてくれないのだ」
「なるほど。ウェンディとは真逆の好みなのですね」
 四人は、穏やかに話し合った。元々は、理性的な若者たちだ。ただ、恋愛小説に夢中になってしまった婚約者と、それに振り回される男達であっただけだ。静かに紅茶を飲んでいたウェンディが、器をテーブルに戻した。
「ミシュリーナ様、申し訳ありません。悪役令嬢の要素を持っていると思ったら、興奮してしまい、我を忘れてしまいました」
「ウェンディ様、こちらこそごめんなさい。物語は物語、と、割り切るべきでしたわ。殿下もごめんなさい。ずっと愛を告げてくれていたのに、今まで信じる事が出来ず……」
「…………駄目だ、許さない」
「え」
「今まで私を信じなかった罰を与える」
 今まで見たこともないような無表情で、ブライドは低い声を出した。断罪されてしまうのではと焦ったミシュリーナは、慌てて臣下の礼をとる。
「王太子殿下、お許しくださ……」
「ブライド」
「…………はい?」
「いい加減、私の名前を呼んでくれないかな、ミシュリーナ?」
 ぽろり、とミシュリーナの目から、涙が零れた。大好きな王子様。優しくて、いつも自分を気遣ってくれる婚約者。すっかり男性らしくなった手で、涙を拭ってくれる。
「…………ブライド様、私も、愛してます」
「……うん。いいね、その呼び方。あと、やっと私のミシュリーナが戻ってきた。恋愛小説も、ほどほどに、ね」
「はい……」

 イチャイチャしだした王太子達を横目に、ジェイドがコホンと咳払いをする。ウェンディは、二人をチラチラ盗み見て頬を染めながら、ジェイドに視線を向けた。
「それはそうと、きみ、憶えてる?」
「ん? 何を?」
「きみね、既に婚約してるんだよ。だから、婚約解消しない限り、誰の求婚も受けられないの。わかる?」
「ええ!? 婚約してるの!? 誰と!?」
「僕と」
「ジェイドと?」
 ウェンディは、首を傾げて瞬きを繰り返した。考えた事もないとでも言いたげな顔に、ジェイドは困ったように笑う。
「そう。どうしていつも一緒にいると思ってるの? きみが突拍子もない事をしないように、見張ってるんだよ。傍らにいつも僕がいるから、王子様も迎えには来ない。残念だったね。ざまぁ」
「……ざまぁされた……?」
「そうだね」
「……ううん、違うよ」
「ん?」
「私は、ジェイドと婚約してるって聞いて、嬉しいもん! いつも一緒にいてくれるんでしょ? 嬉しい、嬉しい!」
「ウ……ウェンディ……」
「あッ!!」
「どうした」
「思いついた! そろそろ読み尽くしちゃったし、私、今度は、天真爛漫令嬢と、面倒見の良い優秀な従者の恋愛話を読みあさろうっと!」

「わかります!」

 すごい勢いで、ミシュリーナがウェンディの手を取った。瞬間移動かと思うほどの速度で、数メートル離れた場所では、王太子が呆気にとられている。
「え、ミシュリーナ様、貴方も、従者と令嬢の恋物語を……?」
「違いますわ。読み尽くしてしまったから次のジャンルに移るという部分がわかると言いましたの! 私も、気の強い令嬢と、超ハイスペックな腹黒執事の恋愛話を読みあさろうと思っていたところでした!」
「お互い……見つけるのが難しそうですね……たくさんあるといいんですけど」
「王国中の書店を回りますわ! 情報交換して、虱潰しに探していきましょう!」
「あ、いいですね、それ!」

 きゃっきゃきゃっきゃとはしゃいでいる女子二人を遠巻きに眺めながら、ジェイドは溜息をついた。
「彼女、何をいきなり思いついちゃったかな。まさか、僕が従者に思えたんじゃ……」
「それを言ったら……私の婚約者は、何故いきなり腹黒などと言い出したのかな。私、そんな要素を醸しだした覚えはないけど」
「……雰囲気、ですかね」
「嘘!?」
「なんにせよ、僕らは、見守るしかないみたいです」
「お互い、苦労するなぁ」

 卒業後、男爵家に婿入りしたジェイドは、王太子ブライドの側近として、重用された。ミシュリーナは恙無く王太子妃となり、学園で出会ったウェンディとは、いつまでも良い友人であり続けた。。
二人とも、断罪もざまぁも、縁のない一生だった。





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