短編集

香月しを

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恐れられていたスキルを使って獣人国で幸せになります

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「獅子のビジュアルよりもトラのビジュアルと貴女は言ったが……」
「ええ、言いましたね」
「そもそも、人間と獣人の純血種は、顔の作りからして違うだろう。受け入れられるのか?」
 フィルマン様は、優雅にティーカップを口に運びながら、私を見た。離宮の庭は、帝国の私の離宮の庭に造りが似ている。王宮の庭園とのしきりは、やはり沈丁花などの低木。ところどころ隙間があいていて、向こう側が見える箇所がある。
 コヨーテさんとアガタは、テーブルセットから少し離れたところに二人一緒に立っていた。なんとなくお似合いに見える。
「問題ありませんね」
「本当に?」
「無理に攫われた人間の女性が、獣人に絞殺されてしまった事故を聞いたことがありますが……」
「その話を聞いているのか……」
「私は強いので、問題ありません」
「私の顎の肉を抓ったぐらいの力があるからと言って……」
「ですから、あれは手加減したんですよ。本当の私は……あら?」
「コラリー嬢、私から離れるな。レーニエ! 侍女殿を守れ!」
 レーニエというのは、コヨーテさんのことだろうか。アガタは、彼の背中に隠れるように、周囲を見渡していた。
 王宮の庭園から、十数人の獣人が離宮の庭に入ってくる。ハイエナの獣人だろうか。灰色の毛には、黒いブチ模様が現れている。離宮の騎士達が駆け付け、剣を抜いている。
「第四王子殿下! 婚約をしたというのは本当ですか!? 我が娘の婿として、ハイエナ伯爵家に婿入りしてくれる話はどうなったのですか!」
「たわけが! 私は何度も断っているだろう! それを、なんのつもりだ!」
「どういうつもりはこちらの台詞ですぞ! ハイエナ伯爵家は、ずっと第四王子殿下との婚約を打診してきたのです! それを断っておきながら、昨日今日現れた人間などと婚約をするなど! 獣人として嘆かわしいと思わないのですか! そのような、脆い小娘などすぐに死んでしまいますよ!」
 酷い言われようである。そもそも、何度も打診して何度も断られているのに諦めないとはどういう了見だ。自分の意見が通らないからといって大勢で押しかけて、自分勝手なことをつらつらと。
「フィルマン様、やっちゃっていいですか?」
「やっちゃっ……え?」
「今こそ、私の強さを見せるときです!」
「お、おい、コラリ……」
 両手を広げ、低木の前に立っているハイエナ達にニコリと微笑んだ。人間と違い、顔の動きがよくわからないけれど、訝しげな顔をしているのだろうな。この後のことを考えただけで、ニヤニヤしてしまう。広げた両手を少し後ろに引き、一気に前に押し出した。
「それッ!」
 ゴウ! と、空気が私の前方に向かって押し出された。スキルの全力で押し出された空気は、重い壁のようになってハイエナ達に向かっていく。風に巻き込まれたテーブルや椅子が、そのままハイエナ達に向かい、そのまま全員王宮の空まで飛んで行った。ほんの一瞬の出来事だ。
 足元を見ると、脛の辺りまで、土に埋まっていた。勢いがよすぎたようだ。はしたないわと思い、土に埋まった足を抜く。靴も一緒に脱げてしまい、顔を熱くしながら残った椅子に腰かけて、靴を履いた。
「え…………今、お前……」
「あら、お前だなんて嫌ですわ」
 呆然としていたフィルマン様が、私の方を指差して目を丸くしていた。驚きすぎて素が出てしまっているのだろうか、私をお前などという。
「あ、や、貴女は……今のは……その……」
「私の強さ、わかっていただけまして?」
「は?」
「手で空気を薙ぎ払うだけで、敵を退治しましたわよ?」
「…………確かに」
「それに、ちっとも脆くないです。ほら」
 どこからともなく現れたハイエナ獣人の女性が、私の背後に立ち、大きな口を開けていた。
「噛み殺してやるわ、人間!」
「コラリー!!」
 がぶり、ハイエナ獣人は、私の首筋に噛み付いた。本気で命を狙ってきたのだ。だが、私はそんじょそこらの人間とは違うのである。
「ぎゃああああああああ!!」
 一瞬の内に全力でスキルを使った。私の体は、鋼のように硬くなっていた筈だ。そこに思い切り歯を立てた彼女。牙も折れ、前歯は全て粉砕されたことだろう。
 先程はあまり役に立たなかった離宮の騎士達が、ハイエナ獣人の彼女を捕らえ、王宮に連れて行くのが見える。私はこちらに手を伸ばそうとしたまま固まってしまったフィルマン様に近付き、その手を取った。肉球がぷにぷにである。
「わかりました?」
「……わかった……と、思う」
「常に力が強いわけではないんですよ? こうしてぷにぷにするときは、優しい力加減で触ることができますでしょう?」
「そうだな……」
「それに、首筋だって……ほら、触ってみてください。今は柔らかいですよ」
「う、うん……」
 フィルマン様は、私の首筋に顔を近付けて、まじまじと見ている。なんだか鼻息があたってくすぐったいなと思っていたら、温かく湿ったものが、首筋を撫でた。
「ふゃッ!」
「あッ! すまない! つい舐めてしまった!」
「な……舐め……舐め……ッ」
 なんだか顔が熱い。フィルマン様の顔色を確認することは出来ないが、熱の籠った目で見つめられている気がする。
「気持ち悪くなかったか?」
「え、ええ、大丈夫です」
「驚かせたようで悪かった。今も、そして、ハイエナ伯爵の件も」
「いいえ、ハイエナ伯爵の件も、フィルマン様が謝られる必要はありませんわ。寧ろ、私の強さを見ていただけるチャンスをいただいたと、感謝すらしております」
 それにしても、ハイエナ伯爵からの打診は何度も断っているのに、人間との婚約などしてしまって大丈夫なのだろうか。フィルマン様は女性嫌いなのでは。そう思って確認すると、なによりもまず、群れるのが嫌なのだという。だから、ハイエナや例えば獅子なども、そういった獣人から打診が来たら、断るように決めているそうだ。群れない人間でよかった。いや、群れる人間もいるけれども。
「庭が荒れてしまったな。茶会はお開きにしよう」
「申し訳ありません。全力を出してしまいました」
「いや、貴女の強さが確認できてよかった。しかも、防御も完璧だ。これで、貴女のいう通り、番えるな」
「まあ! デリカシーのないお言葉ですこと」
「はぁ? そもそもお前……貴女がそう言ったのではないか!」
「自分で言うのと、他人が言うのとでは違いますわ」
「そ、そうなのか。うむ、困ったな。どうしたら許してくれる?」
 凛々しいトラが、困ったように片手で口を押えている。情けなくも可愛らしい姿に、笑みが漏れてしまった。
「ふふふ。では、フィルマン様の首回りのもふもふに顔を埋める権利をくださいますか? それで許します」
「…………お安い御用だ」
 フィルマン様が私の手が届くよう、首を下げてくれる。もふもふの首回りを手の平でぽふぽふと押して確認した。さすが王子、ごわごわしていない。かといって、サラサラでもなく、これは顔の埋め甲斐がありそうだ。
 手を伸ばす。フィルマン様の首に抱きつき、ぽふりと顔を埋めた。ふわふわのもふもふである。
「もふもふ~! 幸せ!」
「少しずつ獣人を知り、馴染んでもらえればと思っていたが、もう馴染みつつあるな……」
「ええ、皇帝には感謝しないとなって思っています」
 もふもふから顔を上げた。フィルマン様が、頬にキスをしてくれる。離れたところに立つアガタに目をやった。私の顔を見て、アガタは泣きながら微笑んでいた。




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