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裏庭にて・1
しおりを挟む「まさか未だに清い関係とか言いませんよね」
「そのまさかなの。私の婚約者、最高にヘタレなの」
「…………マジですか」
ソフィーナは、目の前で溜息をつくシルヴィアを見詰めながら、真顔で呟いた。
シルヴィアが公爵令嬢だったという事に、まず驚いた。三人の令嬢の中でも、特に乱暴な口調のご令嬢だ。雑な物言いが、騎士団で見習いをしている従兄達にそっくりで、そのように高貴な身分の人だとは想像がつかなかったのだ。
「でもね、私、今日、誕生日なの」
「はい?」
「成人しました~!」
「はぁ」
「私が大人になるまで、手を出さないって、あの人頑なに守っているのよね。すごい精神力だと思わない? だって私のこの美貌よ? サファイアの君なのよ?」
「……はあ、そうですね」
シルヴィアの話を聞く前から、サファイアの君の存在は知っていたソフィーナだ。だが、神秘的な美しい女性という評判と、目の前の公爵令嬢は、なんとなく同じ人物とは思えない。美しいのは美しいが、中身を知ってしまうと、なんだか……なんだかなのだ。
「私が大人になった今日、抱いてもらえるような気がするのよね~。とうとう私も、純潔を捧げる時が来たようね、ふふふ」
にこにこしている先輩に水を差すようで悪いと思いながら、ソフィーナは遠い目をして思った事を口にした。
「…………え、でも、話を聞いていると、今回もなんだかんだはぐらかされて、結局、体を繋ぐのは、卒業後、とかになったりしないですかね?」
「おい、不吉な事言わないでくれる?」
「すんません!」
妙に低い声で突っ込まれると、ソフィーナはビシリと直立してからパキリと体を二つに折って深く頭をさげた。まるで軍隊で上司に罵倒された新兵のようだと、他の二人の令嬢は生温かく見守った。
ざくざくと、規則正しいリズムで、足音が聞こえてくる。一歩一歩が重い。頑丈なブーツで、地面を踏みしめる音だ。顔を音の方向に向けたシルヴィアは、頬を染める。いつも割とふてぶてしい顔をしているのに珍しいと、顔をあげたソフィーナは不思議に思った。
足音は段々近付いてくる。パキ、と枝を踏みしめた音が聞こえたと思ったら、学園とは反対側の木戸が開き、男が入ってきた。
「ハリー!」
シルヴィアが駆け寄って行く。その先には、ひどく整った顔立ちの青年が立っていた。お似合いの二人だ。ソフィーナはごくりと唾を飲み込んだ。
ハリーは、胸ポケットに挿していた一輪の花を引き抜いた。白いマーガレットだ。目の前で立ち止まったシルヴィアに、微笑む。あまり見たことのない表情のハリーに、シルヴィアは驚いて口をぽかんと開けた。ハリーはそのまま跪き、自分を見下ろしてくるシルヴィアに、マーガレットを差し出した。
「シルヴィア・セプテンバー嬢。こんなに齢は離れているが、どうか、私、ハリー・オクトーバーと、結婚していただけませんか」
マーガレットの花言葉には色々あるが、見守っていた三人の令嬢は、先ほどの話を聞く限り、納得してしまうものがあった。昔、小さな女の子に、女嫌いな少年が贈った白いマーガレット。プロポーズの瞬間も、まったく同じ花を渡す青年に、見ている全員の胸が熱くなる。
シルヴィアは、小さな頃を思い出し、大きく見開いた目から、ぶわりと大粒の涙を溢れさせた。
「もしかして……出会った頃から、ずっと愛してくれて、た?」
「…………あたりまえだろ」
むすりと視線を外すハリーに、シルヴィアは我慢できずに抱きついた。一瞬ぐらりと身体が揺れたが、体勢を立て直して立ち上がる。首に抱きついたままだったシルヴィアをそのまま横抱きにすると、ニヤリと笑って、今日から三日は学校を休めと言う。
「……三日? なんで?」
「うん? 俺も三日の休暇をもぎとってきたからな」
「え? なんで?」
「成人したんだろ? 今日から、寝室も一緒だからな」
「は……」
シルヴィアの顔が、真っ赤に染まる。顔だけでなく、首筋も、耳も、見えている肌が全て赤くなった。急に変わった婚約者の態度に、全然追いつけない。
「シルヴィア?」
「なッ……名前……!?」
「…………クソガキは、もう終わりだ。もう俺は遠慮しないぞ」
ハリーが色っぽい笑みを見せると、シルヴィアはその色気にあてられて、くったりと脱力してしまった。見守っていた令嬢達にも、ハリーは色っぽい流し目を送る。我が婚約者がいつも世話になっている、と軽く挨拶をすると、蕩けた婚約者を抱いたまま、自宅への門を潜って行った。
後に残された令嬢達は、凄まじい色気にあてられて、頬を染めつつ、シルヴィアの休みがあけたら、色々と話しを聞かねばと頷き合った。
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