11 / 15
裏庭にて・1
しおりを挟む「まさか未だに清い関係とか言いませんよね」
「そのまさかなの。私の婚約者、最高にヘタレなの」
「…………マジですか」
ソフィーナは、目の前で溜息をつくシルヴィアを見詰めながら、真顔で呟いた。
シルヴィアが公爵令嬢だったという事に、まず驚いた。三人の令嬢の中でも、特に乱暴な口調のご令嬢だ。雑な物言いが、騎士団で見習いをしている従兄達にそっくりで、そのように高貴な身分の人だとは想像がつかなかったのだ。
「でもね、私、今日、誕生日なの」
「はい?」
「成人しました~!」
「はぁ」
「私が大人になるまで、手を出さないって、あの人頑なに守っているのよね。すごい精神力だと思わない? だって私のこの美貌よ? サファイアの君なのよ?」
「……はあ、そうですね」
シルヴィアの話を聞く前から、サファイアの君の存在は知っていたソフィーナだ。だが、神秘的な美しい女性という評判と、目の前の公爵令嬢は、なんとなく同じ人物とは思えない。美しいのは美しいが、中身を知ってしまうと、なんだか……なんだかなのだ。
「私が大人になった今日、抱いてもらえるような気がするのよね~。とうとう私も、純潔を捧げる時が来たようね、ふふふ」
にこにこしている先輩に水を差すようで悪いと思いながら、ソフィーナは遠い目をして思った事を口にした。
「…………え、でも、話を聞いていると、今回もなんだかんだはぐらかされて、結局、体を繋ぐのは、卒業後、とかになったりしないですかね?」
「おい、不吉な事言わないでくれる?」
「すんません!」
妙に低い声で突っ込まれると、ソフィーナはビシリと直立してからパキリと体を二つに折って深く頭をさげた。まるで軍隊で上司に罵倒された新兵のようだと、他の二人の令嬢は生温かく見守った。
ざくざくと、規則正しいリズムで、足音が聞こえてくる。一歩一歩が重い。頑丈なブーツで、地面を踏みしめる音だ。顔を音の方向に向けたシルヴィアは、頬を染める。いつも割とふてぶてしい顔をしているのに珍しいと、顔をあげたソフィーナは不思議に思った。
足音は段々近付いてくる。パキ、と枝を踏みしめた音が聞こえたと思ったら、学園とは反対側の木戸が開き、男が入ってきた。
「ハリー!」
シルヴィアが駆け寄って行く。その先には、ひどく整った顔立ちの青年が立っていた。お似合いの二人だ。ソフィーナはごくりと唾を飲み込んだ。
ハリーは、胸ポケットに挿していた一輪の花を引き抜いた。白いマーガレットだ。目の前で立ち止まったシルヴィアに、微笑む。あまり見たことのない表情のハリーに、シルヴィアは驚いて口をぽかんと開けた。ハリーはそのまま跪き、自分を見下ろしてくるシルヴィアに、マーガレットを差し出した。
「シルヴィア・セプテンバー嬢。こんなに齢は離れているが、どうか、私、ハリー・オクトーバーと、結婚していただけませんか」
マーガレットの花言葉には色々あるが、見守っていた三人の令嬢は、先ほどの話を聞く限り、納得してしまうものがあった。昔、小さな女の子に、女嫌いな少年が贈った白いマーガレット。プロポーズの瞬間も、まったく同じ花を渡す青年に、見ている全員の胸が熱くなる。
シルヴィアは、小さな頃を思い出し、大きく見開いた目から、ぶわりと大粒の涙を溢れさせた。
「もしかして……出会った頃から、ずっと愛してくれて、た?」
「…………あたりまえだろ」
むすりと視線を外すハリーに、シルヴィアは我慢できずに抱きついた。一瞬ぐらりと身体が揺れたが、体勢を立て直して立ち上がる。首に抱きついたままだったシルヴィアをそのまま横抱きにすると、ニヤリと笑って、今日から三日は学校を休めと言う。
「……三日? なんで?」
「うん? 俺も三日の休暇をもぎとってきたからな」
「え? なんで?」
「成人したんだろ? 今日から、寝室も一緒だからな」
「は……」
シルヴィアの顔が、真っ赤に染まる。顔だけでなく、首筋も、耳も、見えている肌が全て赤くなった。急に変わった婚約者の態度に、全然追いつけない。
「シルヴィア?」
「なッ……名前……!?」
「…………クソガキは、もう終わりだ。もう俺は遠慮しないぞ」
ハリーが色っぽい笑みを見せると、シルヴィアはその色気にあてられて、くったりと脱力してしまった。見守っていた令嬢達にも、ハリーは色っぽい流し目を送る。我が婚約者がいつも世話になっている、と軽く挨拶をすると、蕩けた婚約者を抱いたまま、自宅への門を潜って行った。
後に残された令嬢達は、凄まじい色気にあてられて、頬を染めつつ、シルヴィアの休みがあけたら、色々と話しを聞かねばと頷き合った。
0
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

好きな人の好きな人
ぽぽ
恋愛
"私には10年以上思い続ける初恋相手がいる。"
初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。
恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。
そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。

愛人をつくればと夫に言われたので。
まめまめ
恋愛
"氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。
初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。
仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。
傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。
「君も愛人をつくればいい。」
…ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!
あなたのことなんてちっとも愛しておりません!
横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。
※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

私の完璧な婚約者
夏八木アオ
恋愛
完璧な婚約者の隣が息苦しくて、婚約取り消しできないかなぁと思ったことが相手に伝わってしまうすれ違いラブコメです。
※ちょっとだけ虫が出てくるので気をつけてください(Gではないです)
花は風と共に散る【美醜逆転】
待鳥園子
恋愛
美醜逆転の世界。
ガードルートは小さい頃からなんだか違和感を感じていた。
なんか、皆言ってることおかしくない?
うっすらとある前世の記憶の外見の美的感覚はこの世界と真逆だった。
綺麗は醜い。醜いは綺麗。
そんな世界で見つけたとっても綺麗な男の子。
愛を信じない彼に、心を許してもらうことは出来るのかな?
表紙絵はこスミレ様
Twitter @hakosmr_novel
ちなみに設定上は主人公の容姿はアレのはずですが希望して可愛くしてもらってます。
※この作品はムーンライトノベルス、エブリスタにも掲載しています。

別に要りませんけど?
ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」
そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。
「……別に要りませんけど?」
※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。
※なろうでも掲載中

大好きな婚約者に「距離を置こう」と言われました
ミズメ
恋愛
感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。
これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。
とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?
重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。
○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる