淡々忠勇

香月しを

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淡々攻防

土方・11

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「斎藤さん、入りますよ」

 山﨑は、静かに障子を開けると、部屋の中に入っていった。原田と顔を見合わせて、聞き耳をたてる。

「山﨑さん! 土方さんは……ッ!」
 斎藤は、血まみれになっている山﨑を見て、驚いている様子だった。山﨑、溜息をつき、低い声で言葉を吐く。
「……副長が、斬られました」
「!」
「斎藤さん、恨みますよ。貴方が足を捻った事を報告さえしてくれていれば、副長はこんな事にならずにすんだ」
「…………あ……」
「副長が命を張って下さったお陰で、ここに集まっていた不逞浪士達は一掃する事が出来ました。当然、副長を斬った者についても始末をしましたので、それだけは報告しておきますよ」
「……う……うぉ……うおおおおお!」
 獣の咆哮が聞こえる。斎藤が、腹の底から声を出し、何かを嘆いている。その悲痛な叫びは、聞いているこちらの胸が痛くなるようだった。

「山﨑さんて怖いよな。あの、いつも表情を崩さない斎藤が、これだぜ?」
「……ああ、あいつだけぁ怒らせたくねぇな……」
 原田と頷きあっていると、部屋の中からカチャカチャと鍵で何かを開ける音が聞こえてきた。

「次からは気をつけてくださいね、斎藤さん」
「…………うう?」
「ですからね、副長がこんな目に合う事だけは、勘弁してください、と言っているんですよ。副長、もう入ってきていいですよ」
「!」
 部屋に入って驚いた。髪をボサボサにした斎藤が、目を血走らせて血だらけになっている。足枷を外そうとして手を傷つけたのか、指先が真っ赤だった。その手が濡れて滑るのを防ぐ為か、着物にも血を拭いた跡が出来ていた。唇を噛んでいたのだろう。口からは血が垂れている。
(ああ……荒療治が過ぎたか……)
 申し訳ないような気持ちになり、言葉が出なかった。

「土方さん!」

 斎藤が、泣いた。
 あの、いつも無表情で、たまにしか感情を表に出さない斎藤が、後から後から溢れ出る涙を拭いもせずに、俺に向かって飛びついてきた。
「さい……と……」
「土方さん! 土方さん、土方さん、土方さん!」
 まるで他の言葉を忘れてしまったかのように、俺の名ばかりを叫ぶ斎藤。ガクガクと震える体を、片手で力いっぱい抱きしめた。こっちまで涙が出てくる。ごめん、ごめんな、と何度も謝った。

「斎藤さん、副長は斬られて怪我をしているので、あまり乱暴には……」
 山﨑の言葉を聞き、斎藤は慌てて俺から離れた。ぎょっとしたように、腕にまかれた血の滲んでいる手ぬぐいを見る。
「……大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。お前こそ、その足早く診てもらわねぇとな。人の肌の色じゃねぇぞ、それ」
 斎藤の足首は、紫色を通り越してどす黒くなっていた。そこから先は、違う物体のように腫れている。多分、骨が折れているだろう。よくここまで普通の顔をして歩いてこれたものだと感心した。

「いいですか、斎藤さん。今日はこのくらいで済みましたが、次からはちゃんと具合が悪い時は言って下さいね。無理をしても、いい事なんか無いんですから」
「…………はい」
「副長も、無茶をしないでくださいね。山﨑が原田さんを捕まえてこなかったら、二十人の中に一人で踏み込むつもりだったでしょう」
「…………」
「今回の事は、局長にしっかりと報告させていただきますからね」
「やめ……ッ! 山﨑!」
「駄目です。山﨑は、実は副長にも腹を立てているんですよ。気付きませんでしたか?」

 山﨑は、笑ってみせたが、目は笑っていなかった。どうやら、俺もまた、一番怒らせてはいけない人物を怒らせてしまったようだ。
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