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淡々忠勇
斎藤・13
しおりを挟む「俺らは、副長の母親みたいな気持ちやねん」
「いや、あんたら、男ではないか」
「男だって、母性本能もっとるわい!」
母性本能。持っていそうに見えない三人なのだが。本人達がそう言うのだから、きっとそうなのだろう。
土方は不器用な男だ。外側ではなく、内側が。新撰組の副長になり、常に気を張って生きている。同郷の隊士達とも、確執が生まれつつあった。裏切り者は誰なのか、信頼してもいいのは誰なのか。疑心暗鬼で過ごす毎日。局長に負の感情が向かないよう、自分が悪者になる。そうすると、信頼している筈の人間さえもが、自分から離れて行く。
孤独だ。土方は、孤独な日々を送っていた。全面的に土方を推している監察方は、いつも一緒にいられるとは限らない。そういう仕事だからだ。山﨑達は、歯痒い思いで土方を見守った。誰かずっと一緒にいられる相棒のような者は現れないのかと焦りながら。
仕事中、土方は、よく俺の話をするのだそうだ。何かというと思い出し笑いをする。聞いてみると、俺の話なのだとか。どんな話をしているのかまでは聞かせて貰えなかったが。
「母親……」
「そこはこだわらなくていいんで」
「安心してくださいお母さん達。あの人の事は、俺が兄のような気持ちで見守っていきます」
「だから母親にこだわらなくてええっちゅうんねん! しかもなに? あんたが兄なんか! そうとう年下やろうが!」
こうして話すまでは、山﨑に苦手意識を持っていた。だが、実際に話をしてみると、山﨑はちっとも冷静な男には見えなかった。土方がべた褒めする。俺も、いつもその冷静沈着で穏やかで、どこか強さを秘めているような山﨑が、きっと大人の男というものなのだろうと思っていた。呆れたように見つめていると、山﨑の表情がガラリと変わる。
「では、斎藤先生。何かありましたら、なんでも聞いて下さい。調べてわかる範囲で、お答え致します。副長のこと、どうぞよろしくお願いします」
(大人の男の顔だ。母親を名乗っているけれど)
これか、と思う。表情などを色々な用途によって使い分ける。それが出来るのが、大人なのだ。やはり山﨑はすごい人物であると、改めて感心して、監察室を出た。
「おや、斎藤くん。これから巡察かい?」
局長に声をかけられた。その隣には、ぶすくれた顔をした土方が立っている。おおかた、無茶をしたことを怒られて拗ねているのだ。
「ええ。行ってまいります」
「ぼぅっとしてて、命を落とさねぇようにな」
意地悪そうな顔でそういう土方に、笑ってみせた。
「相棒が少しの間離れるからって拗ねているわけじゃないですよね? 子供じゃないんだから少し我慢してくださいね」
「…………な……ッ……」
「監察室に行けば、今日は山﨑お母さんがいらっしゃいますよ?」
「ふざけんな! 誰だ山﨑お母さんて!」
「おいおい、やめろっての、喧嘩はよ。うん? 痴話喧嘩じゃなかったら、何喧嘩になるんだ?」
近藤がにやにやしながら口を挟んだ。
「兄弟喧嘩でしょうか。俺は、副長の兄のつもりなんで」
「ばッ、違うだろ! 相棒だ! 兄弟じゃねえ! っつうか、俺のが年上だろうが! なんでお前が兄なんだよ!」
「なんとなく?」
「何がなんとなくだ!」
「そして局長はお父さん、でしょうかね」
「勝っちゃんは幼馴染!」
「いいなあ。そういう呼び方。俺は相棒なのに斎藤呼びですか」
「てめぇ、調子に乗るなよ」
じっと見つめると、土方は背を向けて歩き出してしまった。項が赤い。耳も赤い。近藤は、それを見て、ニヤリと笑うと、俺に目を向けてきた。
「俺が歳の父親だったら、兄であるお前の父親でもあるな」
「え……」
「どうだ、お父様とでも呼んでみるかい? え? 斎藤よ」
ひゃひゃ、と笑いながら近藤もまた背を向け、歩き出した。じっと見送る。
「馬鹿野郎!」
廊下の奥の方で、土方が叫ぶ声が聞こえた。
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