淡々忠勇

香月しを

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淡々忠勇

土方・7

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「…………涎臭い」

 あ、と思い出す。あの男に舐められたのだ。肌に粟が立ち、目の前の斎藤にしがみ付いた。
「……頼む。濡れ手ぬぐいで拭いてくれ。あいつに舐められた」
「やれやれ、またもや性悪女降臨ですか? 誘惑とかやめてくださいよ」
「何言ってんだ。早くしろ馬鹿」
 濡らした手ぬぐいを火鉢の熱で少し温め、斎藤はそれを俺の項にあてた。もっとごしごし擦れと怒鳴ると、むきになって擦ったので、肌がひりひりと痛み、拳骨をくれてやった。

「……あまりにも理不尽だと思うんですが」
「あ? なんか言ったか?」
 斎藤は、色々諦めたような顔をして溜息をついた。おやすみなさい、と言って腰をあげる。

「なぁ」

 障子に手をかけた斎藤に、声をかけた。
「なんですか?」
「なんで俺に惚れたかもしれねぇと思った? お人形さんみたいだから、か?」
「……そんな行儀の悪そうなお人形はみんな人形師に返されてしまうでしょうね」
「……こんちくしょう」
「ここ数日で、二度も貴方が殺されかけた。何が大切なものなのか、ようやく気付いた、というところです」
「そんなんで、惚れた腫れたの騒ぎになるかね」
「貴方を守らねば、と思ってしまった。そんな気持ちを他人に抱いてしまったのは、初めてです。俺の半分が消えてしまう。そう思ってしまいました」

 今度は、ちゃんと微笑んで、斎藤は部屋を出て行った。

 ああ、こりゃあ、若い隊士が惚れちまうのもしょうがねぇや。色男が出て行った障子を見詰め、くつりと笑う。



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