淡々忠勇

香月しを

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淡々忠勇

土方・6

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「ああ……完璧に怒らせたか」

「副長、大丈夫ですか?」
「うん。すまねぇが、この死体をどうにかしてくれ。番所に届けてな、馴染みの岡引がいただろう。それと、誰かこいつの家で張ってる監察の連中にこの事を知らせてくれ。あと、門番だが、誰だか知ってるのか?」
 隊士達は、こくりと頷いた。「じゃあ、知ってる者達に口止めをしろ。門番が誰だったか、絶対に漏らすな、と。斎藤は、あんな風に去っていったが、絶対に今夜の門番を探し出そうとする。仲間ぁ切腹させたくねぇだろ?」
「門番にお咎めは無いのですか?」
「別に、浪士を見逃したわけじゃなし。不審者ったって、どうせ俺の昔馴染みだとか嘘ついたんだろ? 今回はお咎めなしだ。次から気をつけて貰えればそれでいい」
 隊士達が緊張を解くのがわかった。残りの隊士は、現場の掃除を頼む、と言うと、各々すっきりした顔をしてきびきびと動き出した。ほ、と息をつく。俺はまだ少し重い腰を持ち上げて、副長室に向かった。

 部屋の空気を入れ替える。炭が勢いよく燃え出した。血のついた着物を脱ぎ、新しい着物を着る。火鉢の傍に座った。のんびりと茶をいれる。さきほどの事件が嘘のようだ。熱い茶を口に含んだ。コホン、開け放した障子のところで咳払いが聞こえる。視線をうつすと、斎藤が不機嫌そうな顔で立っていた。彼もまた新しい着物に着替えていた。
「放っておけるわけがない」
 憤然として部屋に入ってくる。「あんたは、どうしてああなんだ!」
「何が」
「隊士達に言ったでしょう。門番を俺に教えるな、と」
「言った」
「何故そんなに庇う! 殺されるところだったんだぞ」
「でも、お前が助けてくれたから俺は生きてるさ。また、なんかあったら頼むな」
「…………もう勘弁してください」
 俯いたままそう言った斎藤に、胸が苦しくなった。呆れられてしまったか、と顔を覗き込もうとした。鋭い目線に捕らえられる。俺は、目をそらせなくなっていた。
「もう、助けてはくれない、という事か?」
 手首を捕まれた。火鉢をまわるようにして、斎藤が膝をすすめてくる。

「もう、こんな思いをするのは、勘弁してもらいたい、という事です!」

 抱き締められた。ふわり、と斎藤の匂いがする。自分よりも体温の高い暖かな胸で、俺は目を閉じた。先ほども感じた安堵感。どう理屈をつけたらいいのか、やはり離れ難かった。「……逃げないんですか?」
「ん?」
「男に惚れられるのは、困る、と、貴方は言っていた」
「うん。困るな」
「この状況が、そういう状況だとは思わないんですか?」
「思わないね」
「なんで」
「そんなのわかるさ。お前が俺に抱いているのは友情だ。恋情とは、まるっきし違うさ」
「衆道が流行っているのに?」
「そういうのぁ、流行り廃りじゃねぇだろが」
「本当に?」
「…………お前もしかして……俺に惚れたかもしれないって悩んでんのか?」
「…………」
「想像してみな。俺に勃つか? 俺は無理だな。お前のイチモツも尻の穴も、見たいとも思わねぇ」
「…………たしかに……無理です」
「じゃあ、大丈夫だろ。お前は、本当に朴念仁だなぁ。恋情と友情の区別もつかねぇのか」
「いや…………他人に興味を持つのが、そもそも初めてなので……」
「ああ、まあ、わからねぇでもない」
「そうか……よかった、性悪女のおじさんに惚れてなくて……」
「その呼び名はやめろっつうの」

 男に惚れたと思って戸惑うなんて、可愛いものだ。まあ、たしかに、男が男に惚れるという、恋情とは別の感情もあるのだが、まだ青臭い男には説明してもわかるまい。満足そうに俺に抱きついている男に苦笑した。

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