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淡々忠勇
土方・4
しおりを挟む「なんか、嫌な予感がするんだ……駄目か?」
「……いいですけど。土方さん、俺は言った筈だ。そういう可愛い仕草をしたら、また誰かに惚れられますよ?」
「か、可愛いって……」
「そうやって、上目遣いに人を見る仕草です」
「可愛いなんて言う奴いねぇぞ」
「ですが、可愛いのだからしょうがない」
「可愛くなんてねぇ!」
「可愛い」
「ぶっははッ! やめてくださいよぅ、二人とも!」
障子が開き、総司が転がり込んできた。腹を抱えて笑っている。「一体、なんの喧嘩ですか! か……かわ……かわ……ひぃ!」
「総司……また盗み聞きしてたのか」
「違いますよ。これから市中見廻りなのでその報告に来たら、ちょうど貴方がたが口げんかを……プッ」
「もういい! とっとと行って来い!」
「うはは! は~い、行ってきま~す。斎藤さん、どうぞごゆっくり。この性悪女みたいなおじさんに引っ掛からないで下さいよ~」
「何言ってんだうるせぇな! 誰がおじさんだ!」
総司は、ニヤニヤと笑うと、腰を折り曲げながら、ああしんどい、と再び噴出して部屋を出て行った。正面に座っている斎藤を見た。向こうも見ていて、目が合ったので慌てて逸らした。
「本当に可愛いと……」
「わかったよ! しつけぇ!」
シュウシュウと、湯が沸いた。おかしな話題から逃れるように、引き出しから茶を取り出す。取っ手がカチャリと音を立てた。
「土方さんの茶は、他の誰がいれてくれた茶よりも美味いです」
「馬鹿ッ正直なお前にそう言われると、鼻が高ぇよ」
「それに、沖田と話しているとすぐに疲れますが、貴方と話しているのは、苦にならない」
「……どうしたんだ? 随分今日は愛想がいい」
「さあ、どうしてだか……茶の中に、何か薬でも入れたんじゃないですか? 性悪女なおじさんだから」
「入れてねぇよ! どいつもこいつも馬鹿にしやがって!」
腰を上げた。見上げてくる斎藤に、厠だと答えて廊下へ出た。暗い。ひたひたと冷たい廊下を歩き、中庭から空を眺めた。月は雲に隠れてしまっていた。
用を足して部屋に戻る途中、何かが後ろからついてくる気配がした。灯りが無い。確認が出来ないから、次第に足早になる。気配が濃くなった。荒い息。あの男を思い出した。刀を持っていない。向こうは持っているのだろうか。誰かを呼ぼう。そう思った瞬間に、口を塞がれていた。肌に粟が立つ。項に、なめくじの這うような感触があって、気が遠くなりそうだった。
「…………ッ!」
「お久しぶりです。相変わらず、お人形さんみたいに綺麗ですね」
「んん――――――ッ!」
「そうそう。さっきは、声を聞かせてもらえなかったですからねぇ。もっともっと叫んで下さい。ただし、私に聞こえるだけの範囲でねぇ。ふふふ」
監察の連中は、裏をかかれたというわけだ。後ろから抱き付いてきている男は、片方の手を俺の下帯のあたりにまで伸ばしてきた。
「んんんんん!」
「まずは、手始めに貴方のタマも握り潰しましょうかねぇ。いつか仕返ししてやろうと、ずっと機会を狙っていたんですよ、私」
「!」
「そしてその後は、心中しましょう。現世で結ばれない二人なら、あの世で……って奴です」
そうして気味の悪い声でまた笑う。こいつは狂っている。何故あの時すぐに斬らなかったのか。
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