淡々忠勇

香月しを

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淡々忠勇

斎藤・1

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「斎藤先生! 斎藤先生お助けを!」

 静かな気持ちで刀を手入れしていると、廊下をダダダと走る音が聞こえてきた。何事だろうと耳を澄ますと、そのけたたましい足音は自室の前で止まる。がた、と大きな音をたて、障子が開かれた。そこには三番隊の若い隊士が、涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃな顔をして、息を切らして立っていた。
「……なんだ」
「ふ……副長が!」
「……副長が、どうかしたか?」
「も、申し訳ございません! 副長が……ああ、私は一体どうしたら良いのでしょう。腹を切って詫びねば! ああ、どうしよう!」
 気が動転してしまっている隊士をなんとか宥め、きっと一大事なのだろう、と出かける準備をしていると、泣き崩れていた隊士はぽつりぽつりとようやく土方の話をし始めた。


 その若い隊士と土方が歩いていると、前から殺気を放ちながら近づいてくる集団があった。土方は、本来護衛をしなければならないその隊士に屯所へ帰るよう促すと、自分は集団に向かって行ったらしい。双方、斬り合う様子を見せなかった事から、隊士は屯所への道を急いだ。とにかく誰かにこの事を伝えなければ、と。自分が刀を抜いたところで、絶対に土方を救う事など出来ない。幹部の人間の力を借りてなんとか土方を助けなければと、死に物狂いでその隊士は走ったのだ。

「それで俺のところ、か」
 じろりと睨むと、若い隊士は竦み上がって小さな悲鳴をあげた。「手がかりは?」
「激世直し党、と名乗っておりました……」
「……激世直し党……か」
 それならば知っていた。ここ最近、市井を騒がせているわけのわからない集団だ。もっとも、誰かにそう説明したところで、沖田あたりには、『斎藤さんにかかると、なんでもわけのわからないものになってしまうんですからね』とからかわれるだけだろう。
 大小を腰にさし、障子に手をかけた。先生、と後ろから隊士が叫ぶ。
「先生……私は……どうしたら……」
 涙。鼻水。他の多くの隊士がそうであるように、この隊士もまた、自分の事を一番に考えているのだろう。土方に何かあったら自分はどうしたらいいのだろう、土方が無事であってもまるで逃げるように屯所に戻ってきてしまった自分は、その後どうしたらよいのだろうと、そればかりを考えているのだ。護衛であるにも関わらず自分よりも弱くて役に立ちそうもない隊士を気遣って、先に屯所へ戻れと言った、土方の優しさなど考えもせずに。
「お前は土方副長の命に従っただけだろう。とにかく、戻るまで、待て。他言無用だ」
「さい…………」
「副長に何かあったら、その時は己の弱さを恨め」
 一瞥して、背を向けた。相手が息を呑む様子が伝わってくる。障子を開けた。あれだけ騒いでいた者がいたのに、屯所内は静かだった。障子を閉めた途端、後ろから隊士の泣き叫ぶ声が聞こえてくる。

(無事でいてくれるといいが……)

俺は、激世直し党の本拠地と噂されている寺に向けて走り出した。


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