白銀のラストリゾート

不労つぴ

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第7話:小鳥遊色羽②

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 蒼空がリビングに行くと色羽がソファに座ってテレビを見ていた。色羽は蒼空に気づくと、リモコンを取りテレビの電源を切った。

「あっ、お兄ちゃんやっと起きたんだ。夕飯のときに起こそうとしたんだけど、お兄ちゃん爆睡してたから私達先に食べちゃった」

「そっか。ところで母さんは?」

「もう寝ちゃったよ。あっ、今日はカレーだから自分で温めて食べてねってさ。冷蔵庫にサラダとか入ってるからそれも食べてねってお母さんが言ってた」

 蒼空はキッチンに行き、蓋の付いた鍋の中にカレーが入っているのを確認し、ガスコンロのツマミを回して鍋を火にかけた。

「お兄ちゃん私と違っていつも寝起きいいから夕寝とかしててもすぐ起きるのに、今日は全く起きなかったね。何か疲れるようなことでもあった?」

「……特に何も無かったよ」

 冷蔵庫をあけると、ラップがかかったお椀の中にチーズと豆のサラダが入っていた。それを取り出し、テーブルの上に置く。

「お兄ちゃんがそんなこと言うってことは、絶対なんかあったんでしょ。ねぇねぇ、私に教えてよー」

 色羽はソファーに座りながら興味津々といった表所で蒼空を見つめている。

「聞いても面白いことないでしょ。実際、今日は特に何も起きてないし」

「じゃあ、私が当ててあげる。うーん……しょーちゃんと一日中全力バスケとか?」

「やってないし、二度とやらないよ」

 蒼空は即答した。以前、翔に半ば無理矢理終日バスケの練習に付き合わされたことがあるが、あの日のことは思い出したくもないほど酷い目にあったので、次翔に誘われても二度とついていかないと蒼空は決心していた。

 元々、蒼空は運動が得意ではないのだ。なのに、あんなフィジカルお化けと手合わせするこちらの身にもなって欲しい。

「まぁ、冗談はそこそこにして……お兄ちゃん今日ヒナちゃんと会ったんでしょ」

 ギクッとして色羽の方を見ると、色羽はニヤニヤとした笑みを浮かべながら蒼空の方を見ていた。

「ねっ、当たりでしょー?」

「……さぁね」

 何となく色羽にからかわれているように感じたので、蒼空は色羽からすぐ顔を背け、さも興味がないですといったような表情を作りながら、カレーをレードルでかき混ぜる。

「否定しないんだ」

「七草さんとは図書館でたまたま会って、たまたま一緒に帰っただけで何も無いよ。ただそれだけ」

「たまたまかぁ……その割には一緒に手繋いで帰ってて、二人ともすごく仲良さそうに歩いてたけど?」

 色羽の言葉に、思わず持っていたレードルを離してしまう。恐る恐る色羽の方を見ると、先程よりもさらにニヤニヤとした、こちらの様子を全力で楽しんでいますといったような笑みを浮かべていた。

 寝ぼけていた頭が一気にフル稼働し、どう言い訳をするか、どのような返答が返ってくるかの組み合わせが凄まじいスピードで脳内に浮かんでは消えたリを繰り返した。

「お兄ちゃん。もう火止めていいんじゃない?」

 色羽の言葉にハッとしてようやく意識が現実に帰ってきた。蒼空の体感では数秒ほどフリーズしていた感覚だったが、一体どのくらい呆けていたのだろうか。鍋の方を見るとカレーはグツグツと沸騰していたので、あわてて火を止める。

「お兄ちゃんは反応分かりやすいよねー」

「…………どのあたりから見てた?」

「私も今日友達と一緒に図書館で勉強しててさー。お兄ちゃん達が図書館から帰るあたりからかなー」

 つまり色羽は今日の出来事の一部始終を最初から見ていたことになる。蒼空は恥ずかしさのあまり顔が熱くなっていくのを感じた。

「お兄ちゃん顔真っ赤だよー。まぁ、今日ヒナちゃんと手繋いで帰ってたときほどではないけどね~」

「色羽!」

 からかってくる色羽に耐えかねて、思わず大きい声を出してしまう。しかし、今自分も鏡を見たら顔は茹できったタコのように真っ赤なのだろうと蒼空は思った。

「悪かったって。そんな怒んないでよお兄ちゃん。でも、やっぱりお兄ちゃんはからかい甲斐があるなぁー」

 色羽はソファの上で笑い転げながら答える。

「でも、私ヒナちゃんがお姉ちゃんになってくれたら嬉しいなー。あっ、アヤノちゃんでも私嬉しいよ?」

 色羽の発言は無視して、食器棚からラウンド型の皿を取り出し、炊飯器からご飯をよそう。

「私二人とも実のお姉ちゃんみたいに思ってるからほんとにお姉ちゃんになってくれたらすごく嬉しいなーって思うんだ。私ヒナちゃんとお兄ちゃんお似合いだと思うんだよねー。どう?お兄ちゃん?」

「でも、七草さん付き合ってるんでしょ?」

 色羽のからかいに対して少しイラッとしてしまい思わず勢いに任せて言ってしまう。しまったと思ったがもう遅かった。色羽は陽菜や彩乃ととても仲がいい。だから、陽菜が付き合ったということを知っていてもおかしくない。色羽の方を見ると先程までの笑みとは打って変わって、驚いたような表情をしていた。

「それどこで聞いたの?」

 色葉は真剣な顔で蒼空に問いかける。ここまで真剣な顔をした色羽を見るのは久しぶりかもしれない。だが、何かがおかしい。いつもの彼女なら「私聞いてないよー」とか「えっ、そうなの?」といった反応を返すはずだ。蒼空がなんと返そうか悩んでいると、色羽は神妙な顔をして尋ねてきた。

「もしかして、お兄ちゃんポストの中身見た?」

「なにそれ?」

 そう言えば、ここ数年ほど郵便受けの中身は確認していないような気がする。しかし、色羽は何故そんなことを聞いてくるのだろうか。

「中身確認したわけじゃないんだ……」

 そう言って、彼女はブツブツと独り言を呟いている。

「また誹謗中傷の手紙とか?」

「いや、そういうわけじゃないんだよねー……」

 色羽は歯切れが悪そうに言った。

「ほんとにお兄ちゃんさっきの話どこで聞いてきたの?」

 色羽は真剣な眼差しで蒼空を見つめる。なんと返そうか迷っていたが、ここにきてようやく考えがまとまった。

「いや、七草さん可愛いし彼氏くらいいそうだなーって勝手に僕が思ってただけだよ」

 本当は翔から聞いたと正直に言おうかとも思ったのだが、何故か自分でも理由はわからないけれど、まだ色羽には伝えないほうがいいような気がした。色羽は蒼空の返答を聞いた後、張り詰めた糸が切れたかのようにソファに倒れ込み、大きくため息を付いた。

「やっぱ、お兄ちゃんはヒナちゃんが絡むと急に頭が全く回らなくなるね。それに、彼氏いるかもな―って女の子と手繋いで帰るのヤバよ、お兄ちゃん」

「言い返す言葉もございません……」

 あれは陽菜がやったことで……などと言い訳しようとも考えたが、色羽の言っていることは正しいので口には出さなかった。言い訳したところで言い負かされるのがオチだ。

「あーあ、お兄ちゃんと話して無駄に心配したせいで私疲れちゃった。私そろそろ寝るね。おやすみ」

 色羽はそう言うと、眠そうにあくびをし、そのまま自室帰ろうとするが、ふとなにか思い出したのか足を止めた。

「あっ、聞いてると思うけどヒナちゃんが日曜一緒に遊ぼうってさ。お兄ちゃんその日に限って風邪引いて休まないようにねー。それじゃ、おやすみ」

 そう言うと、彼女は今度こそ自室に戻っていった。リビングに残された蒼空は冷えてしまったカレーを再び火にかけた。






 夕食を食べ終わり、自室に戻る。そして、電気を付けると勉強机の上の銀の鍵のそばに、見慣れない一冊の本があることに気づいた。
 蒼空は最初、あんな本あったかななどと思ったが、すぐにハッとして、その見慣れない本の正体に気づいた。

「なんでこれがここにあるの……?」

 それは、先日図書館で見つけたあの持ち主不明の本だった。
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