白銀のラストリゾート

不労つぴ

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第4話:七草陽菜①

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 蒼空は大学の課題に関する本を探すため、家から徒歩15分程のところにある図書館を訪れていた。ここ5年のうちに建設された図書館は、モダンなガラスと鋼鉄の構造で、透明性と開放感を強調すような外装をしていた。



 この図書館は蒼空が小さい頃に閉鎖されたショッピングモールを転用して作られたものであり、中には本棚や読書スペース、展示コーナーだけでなく、カフェや雑貨店などもあり、学校終わりの学生や子供連れの主婦など連日多くの人で賑わっていた。



 モダンな家具が配された広々としたロビーを抜け、ロビー近くの白色の検索機のところに行く。タッチパネル式の検索機に、事前に目星をつけていた本のタイトルをいくつか入力する。



 5冊ほど候補があった内、現在貸出可能なのは3冊のみだった。本が配架されている場所を検索機で発券し、その場所に向かう。



 蒼空の出席している授業の教授は講義が全くわからないということで有名だ。蒼空もその噂を知っていたので、ある程度覚悟しながら受講したのだが、その教授の授業の分かりづらさは噂以上だった。



 その教授は、学生も教授と同じような知識があると勘違いしているのか、授業内で自分より知識のない者に分かりやすく説明するということを放棄していた。先日の授業などは、全て訳の分からない数式を板書して、訳の分からない用語をつらつらと並べていたので、内容の理解は困難を極めた。



 蒼空も何を言っているのかさっぱり分からなかった。いや、あの講義に参加した学生の大半は理解できなかっただろう。教授は次回の講義までに今回の講義の内容をまとめてくることを課題とした。なので、蒼空は難解な用語と数式の解説を入手するために図書館を訪れたのだった。



 階段を登り2階に行くと、目的の書架に到着した。発券された紙を見て、それを元に本を探し出す。

 ジャンルが一緒だからか、目的の本は同じ場所にかたまっており、見つけ出すのは容易だった。本を左手で持ち、1階の貸出機へ向かう。ここで読んでもいいのだが、この図書館は人気なだけに中学や高校の同級生もよく来るので、あまり顔を合わせたくなかった。



 蒼空が書架を後にしようとしたところ、頭に軽い衝撃が走った。



「いたっ…………ん? なにこれ」



 どうやら本棚から1冊の本が蒼空の頭に落ちてきたようだった。その本は高級そうな手触りの本皮で作られたような外装をしており、がっしりとした作りのものだった。だが、その本にはタイトルは書いておらず、ところどころ傷があった。



 蒼空は落ちた本を拾うためにしゃがむ。意外なことに、その本は見た目に反して軽量だった。蒼空はパラパラとその本のページを捲る。その本は見たことのない言語で書かれており、何を意味しているのか分からない謎の挿絵がどのページにも描かれていた。また、所々ページが破れていたり、文章が黒く塗りつぶされていたりした。



 この本のノドには何のラベルも貼っていなかった。本来ならこの図書館に置いてあるすべての本には分類用のラベルが貼られているのだが、この本にはそれが見つからなかった。また、背面にも貸出用のバーコードも貼られていなかった。



「これどう見てもこの本棚の本――いや、この図書館の本じゃない……よね」



 誰かがいたずらで、落ちやすいような位置にこの本を置いたのだろうか。しかし、本が見た目に反して軽量だったからよかったものの、見た目通りの重量で打ちどころが悪かったら誰か怪我人が出ていたかもしれない。いたずらにしてはあまりにも悪質だ。



 こういった場合どうするべきなのかよく分からないが、とりあえずこの本をロビーの係員に渡し、事情を話そうなどと考えていたところ――。



「だーれだ」



 突然視界を何者かによって塞がれた。いや、声の主は誰だかとっくに分かっている。ただ問題なのは、今その人物と会うのが些か気まずいということだ。



「な、七草ななくささん……?」



 蒼空が恐る恐る答えると、視界を塞いでいた両手が取り外された。そして蒼空が後ろを振り返ると、そこには予想した通りの人物――七草陽菜ななくさ ひながいた。髪は明るめの茶髪でミディアムボブ。服装はチュニックにスカートと春らしい装いだった。



「やっほー、そーちゃん」



 陽菜は蒼空の方を見ながらニコニコと笑っている。



「そーちゃんは何をしているところ?」



「か、課題で必要な本があって……それで図書館へ借りに来たんだ」



「そーちゃんは勉強熱心で偉いねー」



 なおも陽菜は蒼空の方を眩しいような笑顔で見つめている。蒼空は思わず顔を赤らめてしまうが、陽菜に悟られまいと視線をそらす。



「その本もお勉強に必要なの?」



 陽菜は蒼空の持っていた厚皮の本を指差して尋ねる。



「いや、この本はさっき棚の上から落ちてきたやつだから関係ないよ。でもこの本、図書館のものじゃないみたいで……」



 蒼空が全部言い切る前に、陽菜は「えぇー!?」と少しオーバーリアクションなのではないかというような声を上げ、蒼空に近づく。蒼空は驚いて思わず尻もちをついてしまう。



「大丈夫? そーちゃん、どこか怪我とかしてない?」



 陽菜は心配そうに蒼空の体をペタペタと触る。陽菜からは甘い良い匂いがして、蒼空は思わずドキッとしてしまう。



「だ、大丈夫だから……」



 蒼空は陽菜との近すぎる距離をどうにかするため、後ずさりながら答えた。



「でも、気をつけないとダメだよ? そーちゃんはちょっと注意不足なところがあるから気をつけなきゃ」



「おっしゃるとおりです……」



「ふふっ、分かればよろしい」



 陽菜はにっこりと微笑むと尻もちをついている蒼空に手を差し伸ばした。



「その本まだ貸し出し終わってないんでしょ? 一緒に行こ」



 蒼空が陽菜の手を取ると、陽菜は蒼空の手をそのまま掴んだまま引っ張るように歩き出した。



 このとき、謎の本のことなど蒼空はすっかり忘れてしまっていた。
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