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⑯「勝手に人の名前をつけるな」

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「何か探してたのか」

 茶トラを探しているのだとわかってはいたが知らないフリをして聞いてみる。

「猫を」
「……飼ってるのか」
「これから飼おうと思って色々用意したんですが、逃げられてしまって……」

 買い物袋を持ったままの怜央は、部屋に茶トラがいないと気づいてすぐに飛び出して来たのだろう。そもそも茶トラなんていなかったということにして欲しいが、しょんぼりと肩を落とす怜央にそんなことは言いにくい。

「どこに行っちゃったんだろう、ブルー」
「……勝手に人の名前をつけるな」
「でも、ブルーさんによく似ていたんですよ」

 あの茶トラのどこが青に似ていたのか。たしかにその正体は青ではあったのだけど。でも、似ている部分なんてなかったはずだ。
 茂みに頭を突っ込んで「ブルー」と呼びかけられる。頭に葉っぱをつけながら猫を探す怜央に、何だかいたたまれなくなって、青も仕方なく近くの茂みに頭を突っ込む。こんなところにいるはずがないとわかっているのだが。

 せめて似たような猫がいないだろうか。そうしたらこれがブルーという猫ではないかと怜央に渡せばいい。猫なんてだいたい一緒だろうからバレっこない。でも肝心の猫がどこにもいない。

「ブルー、出ておいでー」
「……出てこい」
「ブルーに似合いそうな首輪を買ったんだけどなあ」

 複雑な気持ちで居もしない猫を探す。同時に、もし逃げ遅れていたら首輪をつけられマタタビ責めにあっていたのかもしれないと気づき、身震いする。人間の自分には想像できないが、猫の姿でマタタビを与えられたらどうなっていたかわからない。
 まだ猫化の薬はあるが、これはもう二度と飲まないようにしよう。うっかり怜央に捕まったら二度と表に出てこられない気がする。


 そうして三十分ほど怜央に付き合って、猫を探した。結局別の猫さえ見つからず、怜央もようやく諦める気になった。

「僕、ブルーを飼うのは諦めることにします」
「そうか」

 まあ、見つからないしな。見つからないものは捕まえられないし飼えないだろう。 諦めてもらうしかないのだ。


「ずっと飼いたかったから、運命だと思ったんですけどね」

 そんなに猫を飼いたかったなんて、可哀想なことをしてしまったのかもしれない。
 ……まあ、鶴見の考えた作戦だ。青は悪くない。怜央がそんなに猫を好きだなんて知らなかったのだ。
 落ち込んだ様子の怜央の肩をぽんと叩いてやると、一瞬で怜央の目が輝く。もし怜央にしっぽがあればちぎれるほど振っていたのではないだろうか。現実にはしっぽなんて無いのに幻覚が見えた。
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