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②手篭めにされました※

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「ユキさん、やだっ」

 どこから取り出したのかユキは手錠のようなものをケイの両腕にかけると寝室のベッドにケイを転がした。本来二人で眠るようにとユキの部屋にはキングサイズのベッドが鎮座していたのだが、今までケイは自分の部屋で眠っていたためこの広いベッドで眠ったことがなかった。
 ベッドからはユキの匂いがした。それどころではないのに、それがいい匂いだなと思ってしまう。

「大丈夫、怖いことはしませんよ」

 ようやくいつものように微笑んでくれるのだけど、ちっとも安心できなかった。今この状況が十分過ぎるほどに怖い。だけどどんなに嫌だ怖いと言っても、今日のユキはそれを許してくれそうになかった。
 両腕は拘束されていても体の前面にある。近づいてくるユキを押し返すこともできるはずなのに、触れてみてもびくともしなかった。ユキにそんな力があるなんてケイはちっとも知らなかった。あまりに幼いころから近くに居すぎて、ユキが年上の成人男性なのだという意識がすっぽりと抜け落ちていたのだ。
 だから、ますます怖いと思った。ユキはケイを好きにすることができる。嫌だと言っても無理やりどうにかしてしまうことができる。そう脳が警告してくるのに、優しいユキがそんなことをするはずがないと思ってもいた。だって怖いことはしないって。でも、じゃあ、この状況は?

「いつもみたいに気持ち良くしてあげるだけだから」

 怯えるケイをあやすように囁いて、ズボンの上から股間を握ってくる。

「――あっ♡♡」

 それ、気持ちいいやつだ。ユキがずっと前に教えてくれた、いつもしてくれる行為。ズボン越しに触れられただけでいつもの快楽を思い出して中のモノがどんどん硬くなっていく。すぐに何も考えられなくなって、抵抗することも忘れてしまう。ケイが甘く鳴いている間にズボンと下着を取り上げられ、下半身を隠すものが無くなっていた。
 婚約者に勃起したペニスを慰めてもらうのは当然のことなのに、ケイはそれがどうしても恥ずかしくていつまで経っても慣れなかった。普段性的なものをまったく感じさせないユキにそんなことをしてもらうなんて申し訳ないと思ってもいた。

「やっ♡♡ ユキさん……だめっ」

 ユキの綺麗な手がケイのペニスに直接触れてくる。それをされると自分がどうなってしまうのかわかっているのに拒めない。ケイの体はあまりに快楽に弱すぎたのだ。
 すぐに先走りが溢れ出して、ユキの手を汚していく。

「きたな、から……」
「汚くないですよ。教えたでしょう、ケイ君」

 ユキの手がわざと先端をぐりぐりと弄り、そのせいでもっと濡れてしまう。ぐちゅぐちゅと淫らな音が響き、ケイの顔が羞恥に染まる。

「ケイ君はどこもかしこも綺麗で、甘いんですから」

 そのまま射精させてもらえるのかと思ったが、ユキの指はすぐにそこから離れていった。つい縋るように見つめると、ケイに見せつけるようにして、ユキがぺろりと赤い舌を濡れた指に這わせる。

「――ひっ」

 直接何かされているわけでもないのに、じっとケイの目を見ながらそんなことをされると、まるで自身を舐められているような錯覚をしてしまう。ユキの舌が、ユキの綺麗な指を撫でる様子が堪らなくセクシーでゾクゾクする。

「ほら、甘い」
「あ、甘いわけないっ」
「甘いですよ。ケイ君も味わってみて」

 あ、と思った時にはユキの顔がケイの間近にあって、そのままゼロ距離になる。それから唇に柔らかなものが触れた。幼いころから何度もしているキスだ。でも、今日は状況が違う。触れてすぐ口内に潜り込んできたユキの舌からは自身の出したものの味がした。

「んっ♡ んぐぅっ♡♡」

 自身の味なんて知りたくなくて引っ込めていたはずの舌をあっさり絡み取られ、ねっとりと口内に味が広がっていく。青臭さに咽そうになったが、同時にユキの唾液が送り込まれてくる。ケイの体液よりもずっとユキの方が甘い。甘露のように感じながらそれを夢中で吸った。
 すぐに自身の味は気にならなくなり、代わりにユキの甘い唾液がケイの口内を満たしていく。後から後から送り込まれてくる唾液を飲み干して、それでも含み切れなかったものが零れ落ちていく。勿体ないなと靄がかかる頭で考えた。もっともっと飲みたいのに。

 やがて唇が離れ、よほどがっかりしているのが表情に出てしまっていたのだろう、「もっとキスしたかったですか?」尋ねられて素直に頷いてしまった。

「でも、僕はもっとケイ君を味わいたいな」
「ひゃっ♡」

 シャツを捲られ、ツンと尖った乳首にユキの唇が触れる。

「ケイ君の乳首♡ 可愛い♡ ペロペロしてもいいですか?」
「だめ、えっ♡♡ ペロペロだめ♡♡」
「ちっちゃく尖ってて可愛い」

 唇で挟まれて、あの舌でぺろりと撫でまわされて、唾液をいっぱい塗りたくられて。ぬるぬるになったところを唇で押しつぶされる。乳首弱いのに、そんなことされたらダメなのに。

「婚約者なんだからおっぱい舐められて気持ち良くても仕方ないんですよ」
「あっ♡♡ や、だめ、こんやく♡♡ だめなの♡♡」

 そうだ、婚約を破棄しないといけないのに。こんな、婚約者同士ですることをまたしてしまっている。こんなこともう止めないといけないのに。
 音を立ててそこを吸われるとそこから母乳が出てるみたいに錯覚してしまう。

「イク♡♡ イクぅううう♡♡♡」
「ちゃんと言えて偉いね」

 婚約者に射精させてもらう時はきちんとイクって言わないといけない。ユキから教わった常識を守っているだけなのに、ケイに甘いユキは「よくできました」と褒めてくれる。
 偉いねと言いながら乳首にキスをして、唇が少しずつ下に向かう。腹筋、脇腹、臍。それから精液で濡れた陰毛。射精したばかりで縮こまったペニスの先端にユキの美しい唇が触れて、躊躇いなくそれを銜えた。

「ひぃいっ♡♡」

 イッたばかりのそこに味わったことの無い刺激を与えられて、ケイは泣き叫びそうになった。そんな、汚れてしまったところを、ユキが口にしているなんてとんでもない。それなのに急所を人質に取られたケイはただすすり泣きながら身悶えることしか許されなかった。

「やっ♡♡ ユキさ……だめぇっ」

 アイスキャンディーでも咥えるみたいにぺろぺろとそこを舐められて、自身の吐き出したものがユキの美しい唇を汚しているのだといたたまれなくなるのに、与えられる快楽を体は貪欲に求めている。ちゅっと先端を吸われて、吐き出しきれなかった精液を啜り上げられる。恥ずかしい。嫌だ。そう思うのにまたペニスが硬くなっていく。

「だめ、またイク♡♡♡ や、ユキさ……」
「いいよ、出して……んっ♡」
「あ、あぁああああっ♡♡♡」

 快楽に弱いケイにとって生まれて初めての口淫だ。耐えられるはずもなく、すぐにまた吐精する。
 ……今度は、ユキの口内に。
 自分が何をしたか理解できず呆然としている間に、ユキの喉が鳴る音がした。

「ごちそうさま」

 にっこりと微笑んだユキの唇は何か白いものが付着していた。彼はぺろりと舌で舐め取る。それが自分の精液なのだと理解した瞬間、頬が燃えるように熱くなった。
 手錠のかけられた手で顔を隠そうとしたところで、両足を掴まれ、大きく開かされる。

「ゆ、ユキさんっ」
「やっぱりケイ君はここも可愛いですね」

 うっとりと見つめられている場所が嫌でもわかる。ただ、ユキがどうしてそんなところを見つめているのかがわからない。足を広げられ現れた小さな窄まりをユキの細い指が擽るように撫でる。

「ここで、僕のおちんちんを受け入れて、お嫁さんになるんですよ」
「んんっ♡♡ …………お嫁さん?」

 ここで、と尻穴を撫でられ、背筋がゾクゾクする。ユキの言葉を理解しようとするけれど上手く頭が働かない。お嫁さんって何だっけ。自分は今ユキと何をしているんだっけ。大事な話をしていた気がするのだけど。
 何かを思い出しかけたところで、尻穴に何かぬるぬるするものを塗り付けられる。くすぐったくて逃げようとするが足をしっかり掴まれているため動けない。

「や、くすぐった……っ♡」
「くすぐったいだけ?」

 開かされた足の間をユキの細い指が何度も撫でる。まだしっかり閉じた蕾にぬるつく何かを染み込ませるように表面をなぞられて、くすぐったいだけなのにそんな恥ずかしい部分をユキに見られていると思うと妙にドキドキしてしまう。

「――んぁっ♡♡」

 指が、僅かに尻穴に入り込む。纏っているもののせいか、痛みは無い。ただ感じたことの無い違和感とくすぐったさで、ケイは縋るように行為の中断を訴えた。

「やっ、ユキさん……やだ、ぬいて」
「ケイ君の中、熱くて狭いですね。大丈夫、ゆっくり慣らせばちゃんと入りますよ」

 いつものユキだったら、ケイが嫌がればすぐに引いた。そもそもこんな事をしようとしなかった。キスして、触れ合って、イかせてもらって、ケイが気を失っている間に綺麗にしてくれて。そうだ、ユキからはいつだって性の匂いがしなかった。ケイだけが快楽を与えられて、ユキはただそれを与えるだけで自分のことは何も。
 それなのに、今のユキは……欲望の匂いがして、怖い。

「あっ♡♡ やっ♡♡♡ やだぁ……」
「痛くないでしょ? ほら、また硬くなってる」
「ちがっ♡♡ や、だめっ♡♡」

 ユキの指がゆっくりと内側からこじ開けていく。たしかに痛みはなかったけれど、異物感が酷い。ただ、怖くて気持ちが悪いはずの行為なのにどうしてもそれをしているのがユキだと思うとケイの体は勝手に受け入れてしまう。
 気がつけば、指一本とはいえ根元まで飲み込んでいて、中からはぐちゅぐちゅと恥ずかしい音が響いていた。

「やっ♡♡ あっ♡♡♡」
「ふふ、ケイ君気持ちいい?」
「んんっ♡♡ や、ぐりぐり♡ だめっ♡」
「おまんこぐりぐりされるの気持ちいいですね。そろそろ一本じゃ足りなくなってきたかな」
「――んやぁあっ♡♡♡」

 内壁をぐりぐりと弄られて、訳が分からず喘いでいる間に中の指が増やされる。ユキが「気持ちいいですね」と何度も囁く度にお腹の中がきゅんと甘く痺れて、脳がゾクゾクするような気がした。

「ほら、気持ちいい。気持ちいい♡」
「あっ♡♡ うっ♡♡ きもちい……」

 ユキの囁く言葉を復唱させられ、言葉に出せば本当に気持ちいいような気がしてくる。細い指を中で開かれ、圧迫感は増すばかりなのに痛みは全くない。

「ユキさ、ん……っ♡♡」
「ケイ君。可愛い。もっとぐずぐずになっていいですよ」

 そんなこと言われても、もうとっくにぐずぐずに溶けてしまいそうだった。気持ちよくて脳がとろけてしまいそうで、ちっともやめてもらえなくて。
 指を三本に増やされ、謎の液体を足される。たぶんローションなのだろう。

「ケイ君、可愛い。気持ちよすぎて混乱してるんですね。ずっとずっと欲しかった。『今度こそやっと』僕のものですよ」

 うっとりと何かを呪文のように呟くユキ。そうしてる間にもじゅぷじゅぷといやらしい音を立てながらケイの尻穴をいじめ続ける。
 含みきれなくなったローションが中から溢れ出してシーツを濡らす。ケイの吐き出した精液、先走り、汗とか涙とか、色んな液体が染み込んでしまっている。

「そろそろ、いいですかね」
「――んひっ♡」

 音を立てて、中から指が抜かれる。ケイの意思に反していやらしく収縮するそこに、熱いものが押し当てられる。

「だ、ダメ……っ」

 逃げそうになる腰を掴まれ、押し当てられたものが僅かに入り込む。いくらなんでも簡単に受け入れられるはずがない。そう油断していた。ちょっと慣らしたくらいで入るはずがないし、無理だと判断したユキがすぐにやめてくれると。

「はいんなっ……む、むり」
「大丈夫、ケイ君のここはもうお嫁さんになる準備がちゃんとできてますよ 」
「だめ、ユキさん…………っ♡」

 全然大丈夫じゃないのに、ユキはちっともやめようとせず、ケイの方がワガママを言ってるようだ。少しずつ少しずつ、ケイをあやしながらペニスが押し込まれていく。もう開かないと思った尻穴がどんどん開いて、ペニスの一番太いところを飲み込む。このまま引き裂かれてしまうのではないかと恐怖したが、痛みはいっこうに訪れない。

「あっ♡♡ だめ、入っちゃ……ぁあああああああああんんっ♡♡♡♡ 」

 太いところが収まってしまえばあとはそのまま押し込まれる。痛みは無いが、ただただ中が焼けるように熱かった。

「……っ」

 ぽろりと、ケイの頬を何かが伝う。痛みではなくて、悲しみでもなくて、安堵のような、喜びのような何か。
 無理やり犯されたようなものだけど、大好きなユキと一つになれたことが嬉しくて。でも、優しいユキをこんな形で縛り付けてはいけないとも思う。色々な感情がぐちゃぐちゃになって涙に成って零れ落ちる。

「……これでやっと、僕のものだ」

 そうしてユキはケイの返事を聞きたくないとばかりにキスで唇を塞いでしまう。

「んんっ♡♡ ふっ♡♡」

 甘いキスを受け入れながら、拘束されたままの両腕を片手でベッドへ押し付けられながら。口調は優しいままなのにどこか焦ったように中を貫かれる。ユキのペニスでまだ狭い中を無理やり開かれていくようだった。
 やはり痛みはなく、それどころか内壁を抉られるようにするとやたら甘い声が漏れてしまう。

「あっ♡♡ や、ユキさ♡♡♡ だめっ♡」
「ダメじゃないでしょう? 僕がこうして動くとケイ君のおまんこがぎゅうぎゅうってしがみついて来るのに? 気持ちいいのに、ダメなの?」
「だめっ♡♡ こわれちゃう♡♡♡」
「壊れないですよ。ちゃんとゆっくり時間をかけて慣らしたし、今までだって、ね? それに、ケイ君が壊れたら僕は生きていけないですよ」

 甘い言葉、嬉しい言葉、優しい言葉。ユキがケイをなだめる度に幸福で胸がいっぱいになった。
 ケイだって。本当はユキがいなければ生きていけない。本当はユキのためにと身を引きたくなんてなかった。ユキが優しすぎるからケイを捨てられなかったのだとしても、それでもそれさえ利用してやりたかった。嘘でもいいからずっとずっと一緒にいたかった。でも、それが嘘だと理解したくなかったから。

「ねえ、ケイ君。ケイ君は僕のことが嫌いですか?」

 この美しい人にそんな悲しい顔をさせたのがケイなのであれば、少しくらい自惚れてもいいんじゃないだろうか。

「……好き」
「じゃあ、お嫁さんになってくれますか?」
「あっ♡♡ な、なるっ♡♡ およめさん、なるからっ♡♡」
「ちゃんとお願いしないとダメですよ」
「んぁっ♡♡ おねがい……?」

 ユキが腰を突き動かす度に快楽が突き抜けていって思考回路がまともに働かない。それがわかったのか、ユキが答えを囁いてくれる。

「……あっ♡♡ 俺を、ユキさんのお嫁さんにしてください♡♡ お、おれのおまんこにっ♡♡ ユキさんのせーし♡♡ せーしいっぱい出して♡♡♡」
「中出ししたら妊娠しちゃいますよ?」
「にんしんするっ♡♡ ユキさんの赤ちゃんっ♡♡」

 男同士で妊娠するには薬を服用する必要があるし、一回くらいではなかなか妊娠しない。わかっているのにユキの子供が欲しいと思ってしまった。子供なんてできたらユキは絶対にケイを捨てられなくなるのに。
 よくできました、と頭を撫でられる。それさえも気持ちよくて声が漏れてしまう。

「約束ですよ、僕のケイ君」



 ※※※



 目覚めるとユキの部屋だった。色々なもので汚れていたはずのシーツは取り替えられていて、ケイの体もすっかり清められていた。
 それなのに裸のままで、しかも腕や胸、腹などいたるところに甘噛みされ吸われた痕がある。ユキとの行為をバッチリ覚えてはいるが、これでは忘れたフリもできそうにない。腕には縛られた痕が薄らと残っている。室内にユキの姿は無い。
 せめて服を着ようとベッドから起き上がろうとして、

「……あっ♡」

 尻穴に小さな何かが挿入されていると気づく。体勢が変わったせいで中のものを締め付けてしまい、結局シーツへ沈み込む。

「まだ寝てていいですよ」

 水の入ったペットボトルを手に、ユキが戻ってくる。

「それとも、もっとシたい?」

 意地悪く尋ねられると体が反応してしまう。ケイはずっと優しいユキしか知らなかったけど、意地悪なユキもカッコよくてドキドキする。だって好きなんだから仕方ないじゃないか。

「し、しない」
「じゃあ一緒に寝ましょうか」

 ペットボトルの水を飲まされてから、抱き締められる。ユキの匂いを吸い込むとだんだん眠くなってきて、目を閉じる。

「おやすみ、『啓』君」

 どうしてだろう、こんなに幸せで安心する匂いに包まれているのに、今目を閉じるとまたあの怖い夢を見てしまうような気がした。




 ※※※


 最近誰かに見られている気がする。まあ自意識過剰なのかとあまり気にしていなかったのだが、どうも本当にその『誰か』とやらがいるように思えた。
 昔からモテたことなんてなかったし、特に恨まれるようなこともした覚えがない。ストーカーという言葉が脳裏にチラつくが、あまり現実味がない。

 そうして気づかぬフリをしている間に、その『誰か』が啓に接触してくるようになった。

 郵便物に紛れて啓の写真が入れられていたり、それが白くどろりとした何かで汚されていたり。宛名の無い封筒の中に、一目見て異常だとわかるような手紙が入っていたり。無言電話の向こうで荒い呼吸が聞こえた時は、おぞましさに電話を切った後留守番電話にした。
 これは完全にストーカーだ。だが、こんなことを警察に話しても信じてもらえるのだろうか。啓はごく普通の大学生で、一人暮らしで、たとえ家族が一緒に住んでいたとしても恥ずかしくて相談できたかどうか。
 写真を汚したものの存在から、相手は男だろうという確信があった。男が男に、しかもそういう対象としてストーカーを?
 有り得ない話ではないのだろうが、どうしても誰にも話せずにいた。

 それでもこうしてつきまとわれ、精神がすり減っていくことにも限界だ。ならば直接対決しようと、冷静に考えれば悪手としか思えない選択をした。

 夜道で自分をつける足音を確認し、くるりと振り返る。啓のすぐ後ろを歩いていたのは整った顔をしている長身の男で、しまった人違いだったかと後悔したのだが。

「……啓が振り返ってくれた」

 男の口から小さく漏れた音は、啓の名前だった。見たことのない男だったのにどうして啓の名前を知っているのだろう。男の声を聞いていると胸がざわざわと嫌な感じがした。

「やっぱり近くで見るともっと可愛い。啓が僕を見てる。啓もやっと僕のことを好きになってくれたの?」
「ひっ」

 なんだ、こいつ。ヤバいやつだ。
 この男がストーカーで間違いない。だが、こんなやつと対決しようなんて無理だ。だって気持ち悪い。見た目はカッコイイくせに中身が気持ち悪すぎる。男の口からはどんどん悍ましい言葉が溢れ出すのに、表情はやたら優しそうなのがまたギャップにより恐怖心を加速させる。

「啓は、僕だけのものだから、僕以外に笑いかけないで」

 にこりと微笑みながらそんなことを言ってくる男が、とても怖い。この男に捕まってはいけないのだと理解した。
 恐怖に心臓が痛いくらいに音を立てる。怖い。自分はこの男のことを何も知らないのだけど、男の危険さだけは知っていた。
 男がこちらに近づいてきて、慌てて後ずさる。何とかしないと。逃げないと。

 男の手が啓の腕を掴む。必死で振りほどいて、走って逃げだそうと飛び出して、

「――啓!!」

 男の慌てた声と、自分の体が何かにぶつかって宙を舞う感覚。

 そこで啓の世界は終わった。

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