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第1章
出会い
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ふとどこかでピアノの音が聴こえたような気がした。
学校でいつも当たり前に聞いている様々な音の中で、
初めて聴くようなその儚い旋律は
春の木漏れ日の下、物思いに耽っていた優斗を現実世界へと引き戻した。
これは何の曲だろうか?
クラシック音楽に疎い優斗はその聴き覚えのあるメロディを聴きながら、見慣れている屋上からの景色をいつものように眺めた。
4月8日金曜日、今日は高校の始業式の日だ。
始業式と言っても次の日が休みで、ただ形式的に学校に来るだけの1日なのだが、家にいても最近仲の悪い両親のいざこざを目の当たりにするだけなので、優斗は早めに学校に来て屋上で一人時間をつぶしていた。
そろそろ始業式始まるかな、そう呟いて優斗は屋上を後にした。
「それでは次に、新しく本校に来た教員の紹介です。」
始業式も終盤に差し掛かり、校長の挨拶で眠気を抑えていた生徒たちも、新しい教員には興味があるのかざわめきが起こった。
思春期の子どもは異性に対して夢見がちなものである。そしてそれが年上の異性ときたら、男子も女子も期待する気持ちが生まれるのは必然と言えよう。
ただでさえこの高校は年配の教師が多く生徒たちの憧れの対象となるような人はいないので、新任教師という言葉にみな敏感だった。
優斗の親友の和樹もその一人だった。
「おい優斗、新しい先生女だってさ!
ってか新卒で美人な先生だったらどうする!?
俺告白しちゃおうかな!!」
「お前この前もそう言ってて新しい先生おばさんだったじゃん。期待するとあとで辛くなるぜ。」
「いやいや、今度ばかりは本当に若い先生らしいぜ!
それに科目は音楽らしいし。
ピアノもめちゃくちゃ上手いんだってさ!!」
「ピアノ」と言われて優斗は今朝の屋上で聴いた旋律を思い出した。あんなに繊細な音を奏でる人なら見た目も綺麗なのかな、なんて柄にもなく想像していると、教頭先生の「静かにしなさい」という声が聞こえた。
ステージの端にその噂の先生は立っていた。
今期の新任教師は一人だったらしく、一番後ろに座っていた優斗たちにはよく見えなかったが、その立ち姿はどこか頼りげなく遠目から見ても緊張が見てとれた。
どうやら新しい先生は噂の通り女の人のようだ。
「こちらが新しく本校に来た桜井いずみ先生です。担当科目は音楽です。それでは一言お願いします。」
教頭先生に紹介されて、その先生は緊張のせいかぎこちない歩き方でマイクの前に進み出た。
「皆さんこんにちは。新しくこの藤ノ宮高校に来ました桜井いずみといいます。この春に○○音楽大学を卒業したばかりでまだ右も左もわからないですが、みなさんに音楽の素晴らしさを伝えて、またみなさんと一緒に成長していけたらなと思っておりますので、どうぞこれからよろしくおねがいします。」
少し声は緊張で震えていたが、やはりピアノをやっているぐらいだからお嬢様なのか、話し方にはどこか上品さがあり、また声質もとても落ちつくような綺麗な声をしていた。
優斗はまたいつも通りに興味なさげな態度を示していたが、珍しくその声を聞いてもっと近くで先生を見てみたいと思った。
同級生の女の子にも興味のないような優斗が異性に対して興味を抱いたのは小学校の時以来だった。
久しぶりのこの感情に懐かしさすら覚えていた優斗だったが、始業式の終わりの時間が来てクラスに戻る頃になると、それが一過性のものなのだという冷めた考えが出てきて、この優斗の気まぐれな関心は薄れた、はずだった。
教室に戻る時に、イスの下に置いたプリントを忘れていたことに優斗はふと気がついた。
「悪い、プリント忘れたから取ってくるわ。」
優斗は和樹にそう言って足早にプリントを取りに体育館に戻った。
体育館の入り口は閉じられていて優斗はその扉を開けた、瞬間に扉の向こうにいる誰かと目が合った。
それはさっきの新しい先生だった。
さっきは遠くから見ただけだったが、今回ははっきりとその姿を見ることができた。
黒髪のボブで顔は派手さはない、けれど色は白く目鼻立ちは整っており、やはり声の感じと同じで上品な雰囲気の人だった。
優斗が少しの間何も話さず見つめていたので、その先生のほうから話しかけてきた。
「あ、もしかしてこのプリント君の?
イスの下に置いてあったから持ってきたんだけど・・・」
目の前で聴く彼女の声はマイクを通して聴くよりいっそう凛として美しい響きを持っていた。
それに話し方を聴いただけで、おそらく今までの人生で一度も声を荒げたりしたことのないような穏やかで優しい性格だということが容易に想像できた。
「あ、はい、たぶん僕のだと思います。
ありがとうございます。」
急に恥ずかしさを覚えた優斗はプリントを受け取り少しぶっきらぼうに礼を言って、また駆け足で教室へと戻った。
その後ろ姿を、いずみは微笑ましく思ってしばらく眺めていた。
いずみにとって、初めて話した生徒が優斗だった。
学校でいつも当たり前に聞いている様々な音の中で、
初めて聴くようなその儚い旋律は
春の木漏れ日の下、物思いに耽っていた優斗を現実世界へと引き戻した。
これは何の曲だろうか?
クラシック音楽に疎い優斗はその聴き覚えのあるメロディを聴きながら、見慣れている屋上からの景色をいつものように眺めた。
4月8日金曜日、今日は高校の始業式の日だ。
始業式と言っても次の日が休みで、ただ形式的に学校に来るだけの1日なのだが、家にいても最近仲の悪い両親のいざこざを目の当たりにするだけなので、優斗は早めに学校に来て屋上で一人時間をつぶしていた。
そろそろ始業式始まるかな、そう呟いて優斗は屋上を後にした。
「それでは次に、新しく本校に来た教員の紹介です。」
始業式も終盤に差し掛かり、校長の挨拶で眠気を抑えていた生徒たちも、新しい教員には興味があるのかざわめきが起こった。
思春期の子どもは異性に対して夢見がちなものである。そしてそれが年上の異性ときたら、男子も女子も期待する気持ちが生まれるのは必然と言えよう。
ただでさえこの高校は年配の教師が多く生徒たちの憧れの対象となるような人はいないので、新任教師という言葉にみな敏感だった。
優斗の親友の和樹もその一人だった。
「おい優斗、新しい先生女だってさ!
ってか新卒で美人な先生だったらどうする!?
俺告白しちゃおうかな!!」
「お前この前もそう言ってて新しい先生おばさんだったじゃん。期待するとあとで辛くなるぜ。」
「いやいや、今度ばかりは本当に若い先生らしいぜ!
それに科目は音楽らしいし。
ピアノもめちゃくちゃ上手いんだってさ!!」
「ピアノ」と言われて優斗は今朝の屋上で聴いた旋律を思い出した。あんなに繊細な音を奏でる人なら見た目も綺麗なのかな、なんて柄にもなく想像していると、教頭先生の「静かにしなさい」という声が聞こえた。
ステージの端にその噂の先生は立っていた。
今期の新任教師は一人だったらしく、一番後ろに座っていた優斗たちにはよく見えなかったが、その立ち姿はどこか頼りげなく遠目から見ても緊張が見てとれた。
どうやら新しい先生は噂の通り女の人のようだ。
「こちらが新しく本校に来た桜井いずみ先生です。担当科目は音楽です。それでは一言お願いします。」
教頭先生に紹介されて、その先生は緊張のせいかぎこちない歩き方でマイクの前に進み出た。
「皆さんこんにちは。新しくこの藤ノ宮高校に来ました桜井いずみといいます。この春に○○音楽大学を卒業したばかりでまだ右も左もわからないですが、みなさんに音楽の素晴らしさを伝えて、またみなさんと一緒に成長していけたらなと思っておりますので、どうぞこれからよろしくおねがいします。」
少し声は緊張で震えていたが、やはりピアノをやっているぐらいだからお嬢様なのか、話し方にはどこか上品さがあり、また声質もとても落ちつくような綺麗な声をしていた。
優斗はまたいつも通りに興味なさげな態度を示していたが、珍しくその声を聞いてもっと近くで先生を見てみたいと思った。
同級生の女の子にも興味のないような優斗が異性に対して興味を抱いたのは小学校の時以来だった。
久しぶりのこの感情に懐かしさすら覚えていた優斗だったが、始業式の終わりの時間が来てクラスに戻る頃になると、それが一過性のものなのだという冷めた考えが出てきて、この優斗の気まぐれな関心は薄れた、はずだった。
教室に戻る時に、イスの下に置いたプリントを忘れていたことに優斗はふと気がついた。
「悪い、プリント忘れたから取ってくるわ。」
優斗は和樹にそう言って足早にプリントを取りに体育館に戻った。
体育館の入り口は閉じられていて優斗はその扉を開けた、瞬間に扉の向こうにいる誰かと目が合った。
それはさっきの新しい先生だった。
さっきは遠くから見ただけだったが、今回ははっきりとその姿を見ることができた。
黒髪のボブで顔は派手さはない、けれど色は白く目鼻立ちは整っており、やはり声の感じと同じで上品な雰囲気の人だった。
優斗が少しの間何も話さず見つめていたので、その先生のほうから話しかけてきた。
「あ、もしかしてこのプリント君の?
イスの下に置いてあったから持ってきたんだけど・・・」
目の前で聴く彼女の声はマイクを通して聴くよりいっそう凛として美しい響きを持っていた。
それに話し方を聴いただけで、おそらく今までの人生で一度も声を荒げたりしたことのないような穏やかで優しい性格だということが容易に想像できた。
「あ、はい、たぶん僕のだと思います。
ありがとうございます。」
急に恥ずかしさを覚えた優斗はプリントを受け取り少しぶっきらぼうに礼を言って、また駆け足で教室へと戻った。
その後ろ姿を、いずみは微笑ましく思ってしばらく眺めていた。
いずみにとって、初めて話した生徒が優斗だった。
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