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 僕と彼女は近い時期に生まれ、縁あって物心付く前から一緒に育った。但し、彼女の生まれは歴史ある家の御令嬢で、一方の僕は、彼女の乳母の息子。乳兄妹と言う枠繰りがあれど、令嬢と使用人の子供。それ以上の存在ではない。それ以上の存在には成れない。
そんな事も知らずに、本当の本当に幼い頃は一緒に居た。誰よりも近い距離間。寝食を共にする程の仲良しっぷりの距離感で一緒に育った。

 そんな彼女の近しい身内は、社交に忙しい彼女の両親と、身分の上下に厳しい御屋形様と呼ばれる彼女の祖父の三人。なのだが、彼女の両親は勿論、当時の御屋形様にも、彼女に対しての興味が無かったっぽい。
御屋形様からの誕生日プレゼントのみが毎年届いてはいたが、僕の知る限り[アノ人達]本人が誰一人として彼女に会いに来る事は無かった。と、僕は記憶している。
だからこそ、彼女は乳母である僕の母を本当の母親の様に慕い。僕の事も本物の兄の様に扱い。一定以上の執着を持って、令嬢としての教育を受ける時期に成っても、乳母や僕を手放す事を拒んでいた事を僕は知っている。

 知っていたけど、僕が自由奔放な彼女を御せず。止め切れず。御令嬢と使用人母子との奇跡の様な関係が終了してしまう切っ掛けを作ってしまった。

 彼女が水遣りをしていた庭師の仕事に手を出し、面白半分で僕を巻き添えにして、彼女自身も自ら水を引っ被って一緒に風邪を引いてしまったのだ。一緒に寝込んだ事で、今までの事柄が身分の上下に厳しい御屋形様の耳に入る事と成った。
結果、彼女と僕の母親の身分を超えた子供と母親の様な関係、僕と彼女の兄と妹の様な生活とは、御別れと成った。

 彼女の乳母であった僕の母親が、彼女の祖父であられる御屋形様に予告も無しで唐突に解雇され、高熱を出していた僕と一緒に、問答無用で着の身着のまま屋敷を追い出されたらしい。
勿論、僕は高熱でうなされていた為、その当時の事を全く覚えていない。と言うか僕は知らない。
これは僕が彼女と再会する少し前に、近所にも住んでいる同じ屋敷を解雇された母の解雇され仲間が話をしているのを聞き齧っただけの情報だ。そう、ただの情報だ。


 ここからは僕の母親が、彼女の祖父であられる御屋形様に解雇された後、暫くしてからの御話。

 母親代わりを担う乳母であった僕の母親と、兄妹の様に育った唯一の幼馴染で友人の僕を失った彼女は、困った種類の淋しがり屋さんに成ってしまったらしく、僕の母が担っていた窘める者、抑止できる者の存在を失い。トラブル生産機と成ってしまったらしい。

 彼女が生産したトラブルがどんなモノかと言うと…、キッチンメイドの仕事に興味を持ち、手伝おうとしてトレーをひっくり返し…ティーポットを倒して火傷…、時には皿やコップを割り…片付けようとして怪我をする等を繰り返していたみたいだ……。
その出来事は、解雇される不幸なメイド達を複数生成してしまい。彼女のキッチンへの出入りが禁止に成ったと言う噂に繋がる。

 その頃は、僕自身の母親が無理矢理に夫と別れさせられた上で、彼女の乳母と成った事を知らず。現状、生活に苦労している事は知っていたけど、自分の母親が次の仕事への紹介状無しに解雇された所為で苦労しているとは思いもしなかったから、もう二度と会えないと思い込んでいた幼馴染である彼女の身を普通に案じていた。

 だが、僕が案じていた相手の方は引き続き、掃除婦の仕事が[大変そうだから]と手伝おうとして壺割って、以下略。硝子を割って以下略。水をぶちまけ不幸な通行人に水を浴びせ掛け以下略したりして、何人かの掃除婦達、使用人達、彼女付きの専属メイド達を、監督不行き届きの生贄にし解雇させてしまっていたらしい。下町にて普通に噂に成っていた。

 その頃には「本気で、大丈夫なのか?(色々な意味で)」ホント違う意味で、彼女の事を案じていた。

 そして何時の間にか、僕の存在の御蔭で一度難を逃れた庭師は勿論、当時の執事さん達も当時のメイドさん達も皆、働いていた人達がほぼほぼ総入れ替えに成るレベルで解雇と成っていたらしい。
元から良い話は聞かなかったけど、気付けば方々で、彼女や傾き始めた彼女の家の悪い話が近所で普通に蔓延していた。

 そんなある日の事。
猫を追い掛けて彼女が井戸に落ちた事を切っ掛けにして、僕の母に仕事復帰の話が舞い込み、その話を僕の母親が諸事情に寄り受ける事が出来なかった為、僕に対して話として、仕事が舞い込んだ。
話を持って来たのは、屋敷に唯一残っていた古参の使用人。幼少期に馴染み深く付き合いのあった家令ハウス・スチュワードの爺さんだった。

 爺さんは、僕の母に仕事復帰の話を持ち掛けるに際して、今現在の我が家の事情を知らなかったらしい。

 僕の母親の元夫で、僕の生物学上の父親が早い段階で再婚していた事を知り、僕の母親が少しづつ心と体を壊して行っていた事を僕の家に仕事の話を持って来て初めて知ったそうだ。
爺さんは少し考えてから、金銭的な援助と引き換えに僕が・・彼女専属の従僕と成る事を提案してくれた。

 僕の母親は、それ・・をとても激しく拒絶したけど…、僕に選択肢は無かった……。もう、僕の母親は僕の手に余る程に心が壊れていたからだ。
僕は、僕であって、母親が求める誰かを完全に模倣する事は出来ない。違いを見付けて発狂する母親と一緒に生活して行くのは難しい。知りもしない、生まれて此の方会った事も無い自分の父親の真似なんてできやしないから、断念した。
生きて行くには、時には専門医に任せる他が無い場合もある。と、教会の神父様も言っていたからだ。

 爺さんは、僕からの「母を病院に入れ・・・・・、母の治療の援助をし続けてくれるのなら…」と言う条件を快く飲んでくれた。

 その諸々の結果、僕が最初に教えられたのは、彼女を大切にして、どんな事からでも何者からでも護る事。それが病気や事故、力業の暴力的な事だけではなく、噂や男である自分自身からをも彼女を護る事だった。今と成っては、とても懐かしい御話である。
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