10 / 12
第2章 淫紋屋「紅薔薇結社」
第9話 偽造淫紋事件
しおりを挟む
ソッドと啓二は偽造淫紋の調査を始めた。
さらに三日後――。
「情報が入った」
啓二は、トレーニングルームにソッドを呼びに行く。
ソッドのマンションに設けられた、プライベートなトレーニングルームだ。
「ああ、啓二。お疲れ様です」
トレーニングルームで、ソッドは汗を拭っていた。運動したあとらしい。
上半身は裸だ。褐色の肉体は、ほっそりとしつつも筋肉質だ。そこに月色の長髪が流れかかっている。夜空に星の河が垂れたような、美しさがある。
「どうしました、呆けた顔をして?」
「あ、いや」
ソッドの肉体に見惚れていたとは言えない。
啓二は視線をそらし、手元の資料をソッドに示す。
「俺が刑事のときに使ってた情報屋からだ。偽造淫紋の情報」
「わかりました、見せてください」
ソッドは新しいTシャツを着ると、髪を整えた。
啓二から資料を受け取り、目を通す。
「この、マルアクというのはどういう組織です?」
「マルアクは黒魔術師の秘密結社だ。偽造淫紋をシノギにしていてもおかしくないな」
「なるほど……」
啓二の説明に、ソッドは納得したようにうなずく。
「偽造淫紋は、施術をする場所が必要です。それはわかりますか?」
「ああ、境域の西にあるマンションの一室らしいな」
マンションといっても、安い賃貸マンションだ。
その一室で、偽造淫紋がやりとりされているらしい。
「では、そこを見に行きましょう」
「は?」
啓二が目を丸くする。
「問題は自分でどうにかするのが、境域の原則です」
「いやいやいや、待て。危険すぎるぞ」
「承知しています」
ソッドはトレーニングルームに置かれた円卓を指さす。
テーブルの上には黒い箱が置かれている。
「……これは?」
「開けてみてください」
啓二は言われた通りに、箱を明ける。
中には拳銃が入っていた。銃身に大きな宝玉があしらわれている。
「霊珠拳銃、と呼ばれる魔法銃です。あなたのために用意しました」
「霊珠……?」
「銃身に宝玉があるでしょう、それが堕落境域の魔力を集め、弾丸にして射出します」
「つまり、弾切れの心配がないのか?」
「はい。堕落境域内でしか通用しない銃ですが、その方がいいでしょう」
魔都・堕落境域は、空気中にも魔力が満ちていると言われる。
空気中の魔力を集める技術があることは、啓二も知っている。その技術が応用された銃を見るのは、初めてだ。
「扱いは、火薬を使う拳銃と同じです。弾込めは必要ありませんが」
「なるほど、わかった」
黒い箱の中にはホルスターもある。
啓二は上着を脱ぐ。シャツの上にホルスターを着け、霊珠拳銃をしまう。刑事をしていた頃に経験した銃の重みに、よく似ている。
「では、武装も済みましたから、見に行けますね?」
ソッドがにっこり笑う。
「……遠くから、見るだけだぞ」
「ええ、そのつもりです」
「アンタのことだから、面倒ごとを処理する専門部隊は別にいるんだろう?」
「おや、わかりますか?」
カマをかけたつもりだったが、ソッドはあっさりと認める。
啓二は、刑事時代につけた知識を話す。
「聞いたことがある。境域の大企業は、どこも武力行使専門の人間を雇っているってな。企業によっちゃ、ちょっとした戦争もできるほどだと」
「正しい認識です。人間であるかどうかは別ですが」
「……え?」
「ははは、なんでもありません」
ソッドの笑顔に、啓二は深く追求するのをやめた。
「では、このマンションが見える場所まで参りましょう」
「ああ」
***
「――伏せろ!」
啓二はとっさに、ソッドに覆いかぶさった。
車のフロントガラスが割れ、車内に降り注ぐ。
銃撃はしばらく続いた。
車が蜂の巣になる衝撃を受け、後部座席を揺らす。クラクションが壊れて高い音を立てる。
「…………!」
啓二はソッドにかぶさったまま、霊珠拳銃を抜く。
どうしてこうなったのか。
二人は、例の安マンションが見える場所まで車でやってきた。
遠くからマンションの様子を見ていると、マルアクの者が出入りするのがわかった。どこかの女性も一緒だ。おそらく偽造淫紋を買いに来た客だろう。
ソッドが納得したようにうなずき、二人はいったん自分たちのマンションに戻ろうとした。
マルアクの方から、仕掛けてきたのだ。
二人が車に戻ったとたん、銃撃された。車が蜂の巣状になるまで撃たれる。
啓二は襲撃にいち早く気づき、ソッドをかばった。二人は後部座席で、ひたすら伏せていた。
「…………」
銃撃がやむ。
クラクションが鳴り続ける中、何者かが近づいてくる。
「――ッ!」
啓二が車から飛び出す。
霊珠拳銃のトリガーを引く。数秒の差もなく、魔力が弾丸と化して放たれる。
「ぐわっ!」
襲撃者が肩を貫かれる。大型の銃を向けてくる。
啓二は再度、発砲した。襲撃者の手を撃ち抜く。大型銃が落ちる。
「……オーク族か」
襲撃者は、異種族オーク族の顔をしている。
啓二は油断なく銃を構えたまま、オーク族の男を牽制する。男は諦めたように、両手を上げた。
「啓二、ひとりとは限りません!」
隠れているソッドの言葉に、啓二はハッとする。
同時に、背筋に凍るような殺気を感じ取る。わずかに体をずらすと、そこを弾丸が通り抜けていく。
「あちらか!」
啓二は振り向きざま、発砲した。
別の襲撃者が腹を撃たれて倒れる。
その一瞬を、オーク族の襲撃者は見逃さない。逃走を始める。
「逃がすか!」
啓二は発砲した。オーク族の脚に命中し、倒れる。
そうこうするうちに、銃撃戦を聞きつけたのだろう。警察が駆けつけてくる。途端に、襲撃の空気は一変する。まだいたのかもしれない襲撃者たちが、逃げていく気配がする。
「ソッド、無事か!?」
啓二はホッとする間もなく、ソッドの安否を確認する。
「はい。あなたのおかげで、無事です」
車の後部座席から、ソッドが出てくる。頭は低くしたままだ。
啓二はソッドの体を、くまなく見る。本人が気づいていない傷がないか、確かめる。
「とりあえず……無事そうだな」
「ええ」
警察官に取り囲まれながら、ソッドはほほ笑む。
「カッコよかったですよ、啓二」
「や、やめろよ。……仕事だからな」
なぜかソッドの笑顔がまぶしくて、啓二は顔を背けた。
さらに三日後――。
「情報が入った」
啓二は、トレーニングルームにソッドを呼びに行く。
ソッドのマンションに設けられた、プライベートなトレーニングルームだ。
「ああ、啓二。お疲れ様です」
トレーニングルームで、ソッドは汗を拭っていた。運動したあとらしい。
上半身は裸だ。褐色の肉体は、ほっそりとしつつも筋肉質だ。そこに月色の長髪が流れかかっている。夜空に星の河が垂れたような、美しさがある。
「どうしました、呆けた顔をして?」
「あ、いや」
ソッドの肉体に見惚れていたとは言えない。
啓二は視線をそらし、手元の資料をソッドに示す。
「俺が刑事のときに使ってた情報屋からだ。偽造淫紋の情報」
「わかりました、見せてください」
ソッドは新しいTシャツを着ると、髪を整えた。
啓二から資料を受け取り、目を通す。
「この、マルアクというのはどういう組織です?」
「マルアクは黒魔術師の秘密結社だ。偽造淫紋をシノギにしていてもおかしくないな」
「なるほど……」
啓二の説明に、ソッドは納得したようにうなずく。
「偽造淫紋は、施術をする場所が必要です。それはわかりますか?」
「ああ、境域の西にあるマンションの一室らしいな」
マンションといっても、安い賃貸マンションだ。
その一室で、偽造淫紋がやりとりされているらしい。
「では、そこを見に行きましょう」
「は?」
啓二が目を丸くする。
「問題は自分でどうにかするのが、境域の原則です」
「いやいやいや、待て。危険すぎるぞ」
「承知しています」
ソッドはトレーニングルームに置かれた円卓を指さす。
テーブルの上には黒い箱が置かれている。
「……これは?」
「開けてみてください」
啓二は言われた通りに、箱を明ける。
中には拳銃が入っていた。銃身に大きな宝玉があしらわれている。
「霊珠拳銃、と呼ばれる魔法銃です。あなたのために用意しました」
「霊珠……?」
「銃身に宝玉があるでしょう、それが堕落境域の魔力を集め、弾丸にして射出します」
「つまり、弾切れの心配がないのか?」
「はい。堕落境域内でしか通用しない銃ですが、その方がいいでしょう」
魔都・堕落境域は、空気中にも魔力が満ちていると言われる。
空気中の魔力を集める技術があることは、啓二も知っている。その技術が応用された銃を見るのは、初めてだ。
「扱いは、火薬を使う拳銃と同じです。弾込めは必要ありませんが」
「なるほど、わかった」
黒い箱の中にはホルスターもある。
啓二は上着を脱ぐ。シャツの上にホルスターを着け、霊珠拳銃をしまう。刑事をしていた頃に経験した銃の重みに、よく似ている。
「では、武装も済みましたから、見に行けますね?」
ソッドがにっこり笑う。
「……遠くから、見るだけだぞ」
「ええ、そのつもりです」
「アンタのことだから、面倒ごとを処理する専門部隊は別にいるんだろう?」
「おや、わかりますか?」
カマをかけたつもりだったが、ソッドはあっさりと認める。
啓二は、刑事時代につけた知識を話す。
「聞いたことがある。境域の大企業は、どこも武力行使専門の人間を雇っているってな。企業によっちゃ、ちょっとした戦争もできるほどだと」
「正しい認識です。人間であるかどうかは別ですが」
「……え?」
「ははは、なんでもありません」
ソッドの笑顔に、啓二は深く追求するのをやめた。
「では、このマンションが見える場所まで参りましょう」
「ああ」
***
「――伏せろ!」
啓二はとっさに、ソッドに覆いかぶさった。
車のフロントガラスが割れ、車内に降り注ぐ。
銃撃はしばらく続いた。
車が蜂の巣になる衝撃を受け、後部座席を揺らす。クラクションが壊れて高い音を立てる。
「…………!」
啓二はソッドにかぶさったまま、霊珠拳銃を抜く。
どうしてこうなったのか。
二人は、例の安マンションが見える場所まで車でやってきた。
遠くからマンションの様子を見ていると、マルアクの者が出入りするのがわかった。どこかの女性も一緒だ。おそらく偽造淫紋を買いに来た客だろう。
ソッドが納得したようにうなずき、二人はいったん自分たちのマンションに戻ろうとした。
マルアクの方から、仕掛けてきたのだ。
二人が車に戻ったとたん、銃撃された。車が蜂の巣状になるまで撃たれる。
啓二は襲撃にいち早く気づき、ソッドをかばった。二人は後部座席で、ひたすら伏せていた。
「…………」
銃撃がやむ。
クラクションが鳴り続ける中、何者かが近づいてくる。
「――ッ!」
啓二が車から飛び出す。
霊珠拳銃のトリガーを引く。数秒の差もなく、魔力が弾丸と化して放たれる。
「ぐわっ!」
襲撃者が肩を貫かれる。大型の銃を向けてくる。
啓二は再度、発砲した。襲撃者の手を撃ち抜く。大型銃が落ちる。
「……オーク族か」
襲撃者は、異種族オーク族の顔をしている。
啓二は油断なく銃を構えたまま、オーク族の男を牽制する。男は諦めたように、両手を上げた。
「啓二、ひとりとは限りません!」
隠れているソッドの言葉に、啓二はハッとする。
同時に、背筋に凍るような殺気を感じ取る。わずかに体をずらすと、そこを弾丸が通り抜けていく。
「あちらか!」
啓二は振り向きざま、発砲した。
別の襲撃者が腹を撃たれて倒れる。
その一瞬を、オーク族の襲撃者は見逃さない。逃走を始める。
「逃がすか!」
啓二は発砲した。オーク族の脚に命中し、倒れる。
そうこうするうちに、銃撃戦を聞きつけたのだろう。警察が駆けつけてくる。途端に、襲撃の空気は一変する。まだいたのかもしれない襲撃者たちが、逃げていく気配がする。
「ソッド、無事か!?」
啓二はホッとする間もなく、ソッドの安否を確認する。
「はい。あなたのおかげで、無事です」
車の後部座席から、ソッドが出てくる。頭は低くしたままだ。
啓二はソッドの体を、くまなく見る。本人が気づいていない傷がないか、確かめる。
「とりあえず……無事そうだな」
「ええ」
警察官に取り囲まれながら、ソッドはほほ笑む。
「カッコよかったですよ、啓二」
「や、やめろよ。……仕事だからな」
なぜかソッドの笑顔がまぶしくて、啓二は顔を背けた。
10
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説


どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる