淫紋屋のドーベルマン ~神の淫紋を着けられたので、俺は淫紋屋の主人と暮らすことになった~

茶虎兵

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第2章 淫紋屋「紅薔薇結社」

第9話 偽造淫紋事件

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 ソッドと啓二は偽造淫紋の調査を始めた。
 さらに三日後――。

「情報が入った」

 啓二は、トレーニングルームにソッドを呼びに行く。
 ソッドのマンションに設けられた、プライベートなトレーニングルームだ。

「ああ、啓二。お疲れ様です」

 トレーニングルームで、ソッドは汗を拭っていた。運動したあとらしい。
 上半身は裸だ。褐色の肉体は、ほっそりとしつつも筋肉質だ。そこに月色の長髪が流れかかっている。夜空に星の河が垂れたような、美しさがある。

「どうしました、呆けた顔をして?」
「あ、いや」

 ソッドの肉体からだに見惚れていたとは言えない。
 啓二は視線をそらし、手元の資料をソッドに示す。

「俺が刑事のときに使ってた情報屋からだ。偽造淫紋の情報」
「わかりました、見せてください」

 ソッドは新しいTシャツを着ると、髪を整えた。
 啓二から資料を受け取り、目を通す。

「この、マルアクというのはどういう組織です?」
「マルアクは黒魔術師の秘密結社だ。偽造淫紋をシノギにしていてもおかしくないな」
「なるほど……」

 啓二の説明に、ソッドは納得したようにうなずく。

「偽造淫紋は、施術をする場所が必要です。それはわかりますか?」
「ああ、境域の西にあるマンションの一室らしいな」

 マンションといっても、安い賃貸マンションだ。
 その一室で、偽造淫紋がやりとりされているらしい。

「では、そこを見に行きましょう」
「は?」

 啓二が目を丸くする。

「問題は自分でどうにかするのが、境域の原則おきてです」
「いやいやいや、待て。危険すぎるぞ」
「承知しています」

 ソッドはトレーニングルームに置かれた円卓テーブルを指さす。
 テーブルの上には黒い箱が置かれている。

「……これは?」
「開けてみてください」

 啓二は言われた通りに、箱を明ける。
 中には拳銃が入っていた。銃身に大きな宝玉があしらわれている。

「霊珠拳銃、と呼ばれる魔法銃です。あなたのために用意しました」
「霊珠……?」
「銃身に宝玉があるでしょう、それが堕落境域の魔力を集め、弾丸にして射出します」
「つまり、弾切れの心配がないのか?」
「はい。堕落境域内でしか通用しない銃ですが、その方がいいでしょう」

 魔都・堕落境域は、空気中にも魔力が満ちていると言われる。
 空気中の魔力を集める技術があることは、啓二も知っている。その技術が応用された銃を見るのは、初めてだ。

「扱いは、火薬を使う拳銃と同じです。弾込めは必要ありませんが」
「なるほど、わかった」

 黒い箱の中にはホルスターもある。
 啓二は上着を脱ぐ。シャツの上にホルスターを着け、霊珠拳銃をしまう。刑事をしていた頃に経験した銃の重みに、よく似ている。

「では、武装も済みましたから、見に行けますね?」

 ソッドがにっこり笑う。

「……遠くから、見るだけだぞ」
「ええ、そのつもりです」
「アンタのことだから、面倒ごとを処理する専門部隊は別にいるんだろう?」
「おや、わかりますか?」

 カマをかけたつもりだったが、ソッドはあっさりと認める。
 啓二は、刑事時代につけた知識を話す。

「聞いたことがある。境域の大企業は、どこも武力行使専門の人間を雇っているってな。企業によっちゃ、ちょっとした戦争もできるほどだと」
「正しい認識です。人間であるかどうかは別ですが」
「……え?」
「ははは、なんでもありません」

 ソッドの笑顔に、啓二は深く追求するのをやめた。

「では、このマンションが見える場所まで参りましょう」
「ああ」

 ***

「――伏せろ!」

 啓二はとっさに、ソッドに覆いかぶさった。
 車のフロントガラスが割れ、車内に降り注ぐ。

 銃撃はしばらく続いた。
 車が蜂の巣になる衝撃を受け、後部座席を揺らす。クラクションが壊れて高い音を立てる。

「…………!」

 啓二はソッドにかぶさったまま、霊珠拳銃を抜く。

 どうしてこうなったのか。
 二人は、例の安マンションが見える場所まで車でやってきた。
 遠くからマンションの様子を見ていると、マルアクの者が出入りするのがわかった。どこかの女性も一緒だ。おそらく偽造淫紋を買いに来た客だろう。

 ソッドが納得したようにうなずき、二人はいったん自分たちのマンションに戻ろうとした。

 マルアクの方から、仕掛けてきたのだ。
 二人が車に戻ったとたん、銃撃された。車が蜂の巣状になるまで撃たれる。
 啓二は襲撃にいち早く気づき、ソッドをかばった。二人は後部座席で、ひたすら伏せていた。

「…………」

 銃撃がやむ。
 クラクションが鳴り続ける中、何者かが近づいてくる。

「――ッ!」

 啓二が車から飛び出す。
 霊珠拳銃のトリガーを引く。数秒の差もなく、魔力が弾丸と化して放たれる。

「ぐわっ!」

 襲撃者が肩を貫かれる。大型の銃を向けてくる。
 啓二は再度、発砲した。襲撃者の手を撃ち抜く。大型銃が落ちる。

「……オーク族か」

 襲撃者は、異種族オーク族の顔をしている。
 啓二は油断なく銃を構えたまま、オーク族の男を牽制する。男は諦めたように、両手を上げた。

「啓二、ひとりとは限りません!」

 隠れているソッドの言葉に、啓二はハッとする。
 同時に、背筋に凍るような殺気を感じ取る。わずかに体をずらすと、そこを弾丸が通り抜けていく。

「あちらか!」

 啓二は振り向きざま、発砲した。
 別の襲撃者が腹を撃たれて倒れる。
 その一瞬を、オーク族の襲撃者おとこは見逃さない。逃走を始める。

「逃がすか!」

 啓二は発砲した。オーク族の脚に命中し、倒れる。
 そうこうするうちに、銃撃戦を聞きつけたのだろう。警察が駆けつけてくる。途端に、襲撃の空気は一変する。まだいたのかもしれない襲撃者たちが、逃げていく気配がする。

「ソッド、無事か!?」

 啓二はホッとする間もなく、ソッドの安否を確認する。

「はい。あなたのおかげで、無事です」

 車の後部座席から、ソッドが出てくる。頭は低くしたままだ。
 啓二はソッドの体を、くまなく見る。本人が気づいていない傷がないか、確かめる。

「とりあえず……無事そうだな」
「ええ」

 警察官に取り囲まれながら、ソッドはほほ笑む。

「カッコよかったですよ、啓二」
「や、やめろよ。……仕事だからな」

 なぜかソッドの笑顔がまぶしくて、啓二は顔を背けた。
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