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第2章 淫紋屋「紅薔薇結社」
第8話 新しいドーベルマン
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啓二がソッドと暮らし始めて、二日後。
朝の食事のあと、啓二は薬を飲む。淫紋を鎮めるという抑制剤だ。
タブレット状の抑制剤は苦味もなく、飲みやすかった。
「……よし」
部屋に置かれた姿見に、啓二は自分を映す。
黒髪黒目の自分の姿だ。ゆるくウェーブした髪は短い。鋭い目元に失意の色はなく、精神的な切り替えが上手くいっていることを示している。
スーツを着る。パン、と顔をはたいて力を入れる。
今日から、ソッドを警護する役目につく。ボディガードの経験はないが、知識は入れた。大丈夫、いけるはずだ。
「時間だな」
啓二は部屋を出る。
着物をまとったソッドが出てくる。褐色の肌に月色の長髪、淡い青色の着物がよく似合っている。
「では、参りましょう」
二人はソッドの仕事場へと向かった。
***
淫紋屋「紅薔薇結社」。
堕落境域において、淫紋を売る会社である。
淫紋は、ただの刺青ではない。
性機能の強化を目的とした、れっきとした魔法である。
魔力を込めた塗料を、目的に沿った文様のかたちで肌に入れる。そうすることで、さまざまな効果を得られる。
近年では避妊や不妊治療の目的で、淫紋を注文する者も増えているという。
そうした中、伝統的な淫紋と、革新的な淫紋の双方を取り扱い、急成長したのが「紅薔薇結社」であった。
紅薔薇結社は、堕落境域に店舗を構えている。
中は高級宝飾店のようなしつらえで、淫紋のサンプルが掲示されている。怪しさよりも美しさが勝り、セレブが訪れるスポットになっている。
「お久しぶりです、大賀様」
「おお、久しぶりだね、若旦那」
店舗に出たソッドが、壮年の男性客に話しかける。
恰幅のいい客だ。ソッドの口ぶりからすると、常連客なのだろう。
「若旦那、そちらは?」
客が、啓二を見る。
ソッドはにっこり笑い、紹介する。
「鳴神啓二、私の新しい警護役です。お見知りおきを」
「鳴神です、よろしくお願いいたします」
啓二が礼をすると、客は愉快そうに目を細める。
「なるほど、新しいドーベルマンといったところかな」
「おや、大賀様は相変わらずお口がお悪い」
ソッドが着物の袖で口を隠し、クスクスと笑う。
啓二は袖の影に隠れたソッドの口元が、まったく笑っていないのを見た。商売人の器用さを見た気持ちになる。
「いや、噂は聞いている。なんでも警察からの転身とか」
客は啓二の肩をポンと叩いた。
「気をつけたまえ。民間企業はきついぞ?」
「は、はぁ……」
啓二は曖昧に返事をする。
「さて、目的のものも買ったし、帰ろう」
「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております」
ソッドが客を見送る。
客が車に乗って去るのを見届けると、ソッドはため息をついた。
「思ったより、噂になっているようですねぇ」
「噂……早すぎないか?」
「境域では普通ですよ。特に、時勢を読まざるを得ない人々は、敏感です」
店員がソッドに近づいてくる。
「社長、お話が……」
店員の耳打ちを聞いて、ソッドは眉をしかめた。
「どうした?」
「我が社の淫紋をつけた……という女性が倒れたので、ヴェローナ医院に担ぎ込まれたようです」
「つまり……淫紋のせいってことか?」
「そのようです、医院へ行きましょう」
ヴェローナ医院は、店舗のすぐそばにある。
紅薔薇結社傘下であり、淫紋トラブルに対応できる医院である。
二人がヴェローナ医院に到着すると、医師がソッドに話しかけてくる。
「どうやら偽造淫紋のようです」
「やはり……」
偽造淫紋と聞いて、ソッドは納得したようにうなずいた。
「すぐに除去手術を。貴重なサンプルです、お代は結構だと患者に言いなさい」
「かしこまりました」
患者の女性が、手術室へと入っていく。
「……あの女性は、娼婦だそうです」
ソッドが患者の素性をカルテで見る。
「避妊の効果を求めて淫紋を刻んだはいいが、偽造淫紋でした」
「偽造淫紋というのは?」
「ブランドものの淫紋に似せた、粗悪品のことです」
「そんな偽ブランドバッグみたいなものが……?」
啓二が呆れる。ソッドが続ける。
「粗悪品でも、肉体に刻めば魔法が発動します。ただ今回のものはもちろん避妊効果はなく、発情を繰り返しただけのようですね」
発情、と言われて啓二も苦い表情になる。
自分でも制御できない発情は、快楽よりも苦痛が勝る。
「淫紋が除去できたら、出どころを調査しましょう」
「え? それは警察とかに任せないのか?」
啓二の言葉に、ソッドが苦笑する。
「残念ながら、淫紋を司る法はありませんので」
「そ、そうか……」
「ですが、放置しておけば当社のブランドに傷が付きます。自分にかかる火の粉は自分で払うのが、堕落境域の掟です」
ソッドの言葉に、啓二はうなずいた。
朝の食事のあと、啓二は薬を飲む。淫紋を鎮めるという抑制剤だ。
タブレット状の抑制剤は苦味もなく、飲みやすかった。
「……よし」
部屋に置かれた姿見に、啓二は自分を映す。
黒髪黒目の自分の姿だ。ゆるくウェーブした髪は短い。鋭い目元に失意の色はなく、精神的な切り替えが上手くいっていることを示している。
スーツを着る。パン、と顔をはたいて力を入れる。
今日から、ソッドを警護する役目につく。ボディガードの経験はないが、知識は入れた。大丈夫、いけるはずだ。
「時間だな」
啓二は部屋を出る。
着物をまとったソッドが出てくる。褐色の肌に月色の長髪、淡い青色の着物がよく似合っている。
「では、参りましょう」
二人はソッドの仕事場へと向かった。
***
淫紋屋「紅薔薇結社」。
堕落境域において、淫紋を売る会社である。
淫紋は、ただの刺青ではない。
性機能の強化を目的とした、れっきとした魔法である。
魔力を込めた塗料を、目的に沿った文様のかたちで肌に入れる。そうすることで、さまざまな効果を得られる。
近年では避妊や不妊治療の目的で、淫紋を注文する者も増えているという。
そうした中、伝統的な淫紋と、革新的な淫紋の双方を取り扱い、急成長したのが「紅薔薇結社」であった。
紅薔薇結社は、堕落境域に店舗を構えている。
中は高級宝飾店のようなしつらえで、淫紋のサンプルが掲示されている。怪しさよりも美しさが勝り、セレブが訪れるスポットになっている。
「お久しぶりです、大賀様」
「おお、久しぶりだね、若旦那」
店舗に出たソッドが、壮年の男性客に話しかける。
恰幅のいい客だ。ソッドの口ぶりからすると、常連客なのだろう。
「若旦那、そちらは?」
客が、啓二を見る。
ソッドはにっこり笑い、紹介する。
「鳴神啓二、私の新しい警護役です。お見知りおきを」
「鳴神です、よろしくお願いいたします」
啓二が礼をすると、客は愉快そうに目を細める。
「なるほど、新しいドーベルマンといったところかな」
「おや、大賀様は相変わらずお口がお悪い」
ソッドが着物の袖で口を隠し、クスクスと笑う。
啓二は袖の影に隠れたソッドの口元が、まったく笑っていないのを見た。商売人の器用さを見た気持ちになる。
「いや、噂は聞いている。なんでも警察からの転身とか」
客は啓二の肩をポンと叩いた。
「気をつけたまえ。民間企業はきついぞ?」
「は、はぁ……」
啓二は曖昧に返事をする。
「さて、目的のものも買ったし、帰ろう」
「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております」
ソッドが客を見送る。
客が車に乗って去るのを見届けると、ソッドはため息をついた。
「思ったより、噂になっているようですねぇ」
「噂……早すぎないか?」
「境域では普通ですよ。特に、時勢を読まざるを得ない人々は、敏感です」
店員がソッドに近づいてくる。
「社長、お話が……」
店員の耳打ちを聞いて、ソッドは眉をしかめた。
「どうした?」
「我が社の淫紋をつけた……という女性が倒れたので、ヴェローナ医院に担ぎ込まれたようです」
「つまり……淫紋のせいってことか?」
「そのようです、医院へ行きましょう」
ヴェローナ医院は、店舗のすぐそばにある。
紅薔薇結社傘下であり、淫紋トラブルに対応できる医院である。
二人がヴェローナ医院に到着すると、医師がソッドに話しかけてくる。
「どうやら偽造淫紋のようです」
「やはり……」
偽造淫紋と聞いて、ソッドは納得したようにうなずいた。
「すぐに除去手術を。貴重なサンプルです、お代は結構だと患者に言いなさい」
「かしこまりました」
患者の女性が、手術室へと入っていく。
「……あの女性は、娼婦だそうです」
ソッドが患者の素性をカルテで見る。
「避妊の効果を求めて淫紋を刻んだはいいが、偽造淫紋でした」
「偽造淫紋というのは?」
「ブランドものの淫紋に似せた、粗悪品のことです」
「そんな偽ブランドバッグみたいなものが……?」
啓二が呆れる。ソッドが続ける。
「粗悪品でも、肉体に刻めば魔法が発動します。ただ今回のものはもちろん避妊効果はなく、発情を繰り返しただけのようですね」
発情、と言われて啓二も苦い表情になる。
自分でも制御できない発情は、快楽よりも苦痛が勝る。
「淫紋が除去できたら、出どころを調査しましょう」
「え? それは警察とかに任せないのか?」
啓二の言葉に、ソッドが苦笑する。
「残念ながら、淫紋を司る法はありませんので」
「そ、そうか……」
「ですが、放置しておけば当社のブランドに傷が付きます。自分にかかる火の粉は自分で払うのが、堕落境域の掟です」
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