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30 ブラッディウーズ

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 木の板で整備された地下道をしばらく歩くと、途中から地面がゴツゴツとした岩になり、天井からは湿り気を帯びた細長い石がつららのように飛び出す道に変化していた。
 いつの間にか洞窟に入っていたらしい。
 中は暗く、奥の方まで見通すことは出来ないが、ところどころの壁に縛り付けてあるたいまつの火により辛うじて視界を確保することは出来た。
 しかし、ほとんどは交換されてないのかすでに焼け落ちており、火の残った一部のたいまつも、今にも消えそうなほど燃え方が弱々しい。
 途中でたいまつが全て消えてしまったら、完全な暗闇の中で立ち往生することになるだろう。
 あまり長居はしていられないようだ。

「そういえばマル。お前は夜目が利いたりしないのか?」
「う~む……ドラゴンの形態ならば闇夜でも迷わず飛べたものだが、今の貧弱な体では人間とそう変わらん、と思う」

 洞窟の暗闇の奥に向け、目を細めながらマルが答える。

【敵が近代兵器を所持していることを考えると、暗視スコープぐらいは持っている可能性があります。注意して進んでください】

 暗視スコープとはなんだ? と今までの俺なら聞き返していただろうが、今までに聞いたスリサズの世界の用語から考えると、暗くても見えるようになる機械なのだろう。
 と、そんなことを考えられるようになった辺り、俺もこいつに毒されてきたのかもしれない。

【……おや、質問が来ませんね】
「して欲しかったのか?」
【データベースに保存してある暗視スコープに関する約25,000字のレポートが無駄になります。正確ではない憶測で知識を付けた気になっていると偏屈な人格が出来上がりますよ。すでに手遅れかもしれませんが】
「知らん、黙れ」
【おや、あなたに哀悼の意を表するメッセージがSNSに届いています】
「『俺が手遅れ』ってだけ書いたな?」

 相変わらず意味の分からん奴だ。
 SNSとかいう日記は一体どこに繋がっているんだ?

「お、おい! あれはなんじゃ!?」

 俺とスリサズが馬鹿なやりとりをしている間に、マルがなにかを見つけたらしく、奥の暗闇に向けて指さした。

「……なにも見えんが」
「見えんのか? ほら、ブヨブヨとかネバネバしたのが」
「ブヨブヨにネバネバだ?」

 俺も目を凝らすが、洞窟の奥は闇ばかりでなにも見えてこない。
 マルは人間並みの視力と言っていたが、俺よりは暗闇の中が見えているらしい。
 ドラゴンの力が徐々に戻ってきているということだろうか。

【あなたが老眼というだけでは?】
「黙らんとぶっ壊すぞ」

 ――ズルリ――ズルリ。
 なにかを引きずる音と共に、俺の目にも近づく者の姿がはっきりと見えてきた。

 色のついた半透明の粘液の塊が、ナメクジのように地を這いながらこちらに向かってくる。
 粘液の内部には、なにか動物の肉や骨の欠片が見えた。
 肉片は次第に小さくなり、やがて消える。続いて骨も同様に、ゆっくりと粘液と同化するように少しずつ消えていった。
 食っているのだ。

「スライムか……いや、違うな」

 スライムは確かに人や動物を食うモンスターだが、通常はそこまで危険な存在ではない。
 粘液に長時間触れていれば、その部分が火傷のように爛れることはあるがその程度だ。
 殺せるとしたら、うっかり止まってしまい動けなくなった虫ぐらいのものだろう。

 しかし、スライムの中でも狂暴な種族がいて、それらはウーズと呼ばれている。
 スライムに比べ動きが格段に早く、張り付く力も強い。
 しかし最も恐れるべきは、その消化スピードだ。
 奴らの粘液に触れた箇所はみるみる溶けて無くなり、数秒後には骨が見えている。さらに数十秒で骨すらも溶かされ、最後にはなにも残らない。
 そして溶かした分だけ奴らは栄養を吸収し、でかくなっていく。

 今目の前にいるウーズは、人間の子どもぐらいのサイズまで肥大化していた。
 少なくとも同じぐらいの大きさの生物を捕食したということだろう。

【あのアメーバ状の生物の色は、捕食した獲物の血液の色素が沈着したもののようです】
「あいつらの色は緑色だ。……ということは、ゴブリンを食ったな?」

 おそらく町を占拠していたゴブリンの一部だろう。
 フィノの言う通り、地下道を通って前線の討伐軍を挟み撃ちにしようとしていたのだろうが、ここに巣くっていたウーズに襲われたのだ。

 ウーズは俺たちの存在を確認するや否や、今までのナメクジのような緩慢な動きから一転し、素早い動作で距離を詰め、粘液の体を広げて襲い掛かる。

「チッ!」

 俺は身を引いてそれをかわすと、剣を抜いて半透明の身体に斬りつける。
 しかし、ウーズは器用に刃に巻き付き、剣を無力化した。
 だが、そう来ることは分かっていた。

「これならどうだ!」

 刃物が通用しないことは最初から知っている。
 俺はウーズが巻き付いたままの剣を地面に突き刺し、腰に差したショットガンで剣ごと奴を撃った。

 ドパァッ――!!
 粘液の身体はバラバラに飛び散り、洞窟の地面や壁、天井にいくつものシミを作った。

 しかし、シミはズルズルと素早く一ヶ所に集まると、すぐに元のサイズに戻ってしまった。
 この手のモンスターは核となる細胞を破壊すれば倒せるのだが、ショットガンの散弾をもってしても核には当たらなかったらしい。
 運のいいモンスターだ。

「お、おい! こっちに来るぞ! なんとかせんか!」

 ショットガンの威力に恐れをなしたのか、俺と向き合っていたウーズはくるりと方向転換し、マルの方へ向かう。
 そのまま為すすべもなく、マルは体を広げたウーズに全身を包み込まれてしまった。

「あぢぢぢぢぢッ!」
「おおっ」

 体中から煙を上げながらも、消化されずにいるドラゴンの耐久力に俺は思わず感嘆の声を上げる。

「こぉの、下等生物がーッ!!」

 怒りの叫びと共にマルの体に稲妻が走り、再びウーズの体はバラバラに飛び散った。
 今度は元に戻ることはなく、飛び散った粘液のシミはシューシューと蒸発するように消えていく。
 全身に電流を流されたことで、核も破壊されたようだ。

「やるな。それなりに力が戻ったんじゃないか?」
「なーにを落ち着き払っとるか! 見殺しにしおって!」
「お前ごと撃つわけにもいかんだろうが」
【消化液に全身が浸かったことで0.08%ほど体積が縮小したようです】
「うう……ドラゴンに戻った時に縮んでおったらどうするのだ。ただでさえ兄弟にはチビだと馬鹿にされておるのに……」
【ところで、ここでじっとしていると再び強制ダイエットに参加することになりますが】
「なに?」

 ――ズルリ――ズルリ。
 スリサズの言葉に俺が後ろを振り向くと、先ほどのウーズと同じ粘液状の魔物がうごめいていた。

 ――ズルリ――ズルリ――ズルリ。
 ――ズルリ――ズルリ――ズルリ――ズルリ――ズルリ――ズルリ――ズルリ――ズルリ。
 大きさはさっきと同じか、やや小さい程度。
 だが今度は何十匹といる。
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