iの艦隊

あとさわいずも

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3.処女航海——未知の世界へ

18.処女航海①

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「前進微速」

 艦長の命令に従い、艦がゆっくりと動き始めた。
 はしゃいでいた生徒たちも、さすがに静かになっていた。

「iフィールド、現在2パーセント、依然拡散中」

 航海部より報告が入った。

「まずは上々ね」

 艦長は満足気だ。

「現在速度、換算値で約2ノット。本当に海中を進んでいるようには思えませんね」

 早希が率直な感想を述べた。

 iフィールドと名付けられた亜空間が艦体を包み込み、空間位相をずらしながら移動する——だからi701は、ほとんど抵抗らしいものは無い。したがって、艦内は実に快適だ。

「副長。機関室へ」

 早希は驚いて艦長の方へ視線を向けた。

「艦長、早速ですか」

「そう。早い方がいい。
 敵はいつ現れるか判らない。
 早く反物質エンジンの稼働を確認して、iシステムの全セクションのテストをしておきたいわ」

 現在、iシステムはバッテリーで仮稼働しているに過ぎない。これでも短時間なら、最大5ノット程度の艦速を得ることが出来る。
 しかしバッテリーによるiシステムの仮起動には、別の大きな目的がある。
 それは反物質エンジンの起動だ。
 巨大なエネルギーを必要とするiシステムの能力をフルに発揮するには、反物質エンジンの稼働が不可欠だった。

 反物質エンジンを起動させるとは即ち、桜沢ルイがiシステムを制御することだ。
 iシステムによる制御は、航行や攻撃、索敵・探査、通信など色々あるが、反物質反応炉の制御だけは、ルイにしか出来ない。——いや、他の者でも不可能では無いが、高出力で長時間オペレート出来るのはルイだけだった。

「地下水路を抜けたら、速やかにテストに移ります」

 艦長の意を受けて、早希が全部門に発令した。

「該当全部門、iシステム本起動準備。なお、最初は全員一年生をオペレーターとすること」

「全員、一年生にするの?」

 菊池艦長が怪訝な表情をした。

「本艦はまだ、全員の心が一つになっているとは言えません。比較的気心の知れた同級生同士の方が良いと判断しました」

 ルイが外せない以上、必然的に一年生だけとなる。

「なるほどね」

「えっと・・・それで、いいでしょうか」
 早希は自信なさげだ。

「副長の判断を支持します」
 艦長はそう言うと、声を潜めた。
「——早希、もっと自信を持ちなさい」

「はい、気をつけます」

 艦長は優しく微笑んでいたが、かえってそれが気恥ずかしく感じられ、早希は照れ隠しに話題を変えた。

「それでは艦長。私は、只今から機関室へ移動して桜沢ルイのサポートにまわります」




 航海部では一年生の田中紗穂莉は、iシステムのオペレーションルームに入る準備をしていた。副長から一年生をとの指示があったからだ。

「大丈夫?」

 i701で唯一の五年生の澤村奈美さわむらなみが心配そうにしている。

「大丈夫ですよ、奈美先輩」

 楽天的な性格の紗穂莉は、むしろ楽しそうだ。
 iシステムで航行制御を実際に行った者はいない。その意味では誰でも条件は同じだ。
 でも、シミュレータとは言え経験が一番長いのは奈美だったから、副長からの指示は意外だった。

「だけど、もしもの時はお願いしますね」

「もちろんよ。でも、そんなことにならないように祈ってる」

 二年生の初芝陽子は別の事が気になっていた。

「でも奈美先輩。どうして、地下にこんな基地をわざわざ作ったんでしょうね。建設するのも大変だったんじゃないかな」

「そうね。青函トンネルより長い地下水路らいしいわ。
 理由は私も良く知らないけど、機密保護とか、航行の安全とか——そんな理由じゃないかな?」

 紗穂莉が言った。

「奈美先輩。違いますよ」

「違うの? ——じゃ、どうしてなの」

「だってその方が、カッコいいからに決まってじゃないですか!」

 奈美と陽子が呆れた表情で顔を見合わせ、笑った。




 機関長の水戸圭子少尉は未だに戸惑っていた。
 機関室と言っても、あるのはモニターとタッチパネルばかりだ。
 水戸少尉はこのi701で機関長になった。駆逐艦で機関部に勤務した経験があるだけで、潜水艦はこのふねが初めてだ。
 本来なら機関長に任命されるはずは無いが、女性限定艦ゆえの抜擢だった。
 もっとも実際にはiシステムに精通した小早川早希副長が、サポートにまわるというから、その点は安心だった。
 その早希が機関室に現れた。

「水戸少尉。異状はない?」

「問題ありません」

「ルイは」

「緊張していますが——落ち着いています」

「そう。でもまず、あなたが落ち着かないとね。機関長なんだから」

 クスっと笑った小早川早希副長を見て、水戸少尉は自分の矛盾した説明に気づいた。

「あの、あの・・・、すいません」

「いいのよ。
 ——本当はね、私も緊張してるの」

 ああ、気を使われてしまった・・・。
 でもやっぱり副長ってすごいな。

 水戸圭子少尉にとって小早川早希は憧れの上官だ。
 美人でいつも颯爽としていて、かっこいい。それでいて気さくな性格で、部下からの信頼も厚く、生徒たちからも人気がある。

 あんな女性になりたいな——

 いつもそう思う。
 ただ、一つ謎なのは、何故か桜沢ルイだけには厳しい。圭子には訳が判らなかった。
 性同一性障害の男子がこの艦にいるのが気に入らないのだろうか?
 いや・・・副長はそんな器の小さい女性ひとじゃない!

 でも今日の小早川副長は少し様子が違っていた。

「ルイ。大丈夫?」

 早希がいつになく、優しくルイに語りかける。
 自動車の運転席くらいの大きさの装置——iシステムコントローラの座席で、ルイは緊張していた。
 
「はい、何とか。——でも、やっぱり緊張してます」

「今まで訓練してきたシミュレータと同じでいいのよ。
 絶対に無理はしないこと。
 異変を感じたら、すぐに手元のボタンで知らせなさい。私がずっとモニターしてるからね」

「あと、それからね——
 今までと違う事が、起きると思う」

「みんなの意識が感じられる——て言う、あれですよね」
 ルイが不安げに言った。

「そう。その経験は私にも無い。
 あなた——いいえ、あなた達が、初めてそれを経験することになる。
 それがどういう事なのかは、想像もできない。
 だから決して無理はしないでね」

「みんなの意識が感じられるってことは、みんなと一緒ってことですよね?
 だったら大丈夫だと思います」

 ルイが笑顔になったのを見て、早希も微笑んた。

「そうだね、きっと」

 なんだか今日の副長、すっごくルイに優しい・・・。
 圭子は、ちょっと嫉妬しそうだった。

 iシステムコントローラの扉を閉めると、早希はすぐ傍のマイクを手に取った。

「艦長。マザーシステム起動準備完了です」

 早希は報告を終えると、視線をiシステムコントローラの方に向けたまま、さっきから隣で自分の顔を見つめている水戸少尉に言った。

「水戸機関長。私の顔に何かついてるの?」

「え? あわわ・・・」

 水戸圭子は急に早希に問われて慌てた。
 慌てたことで、思ってることをそのまま口にしてしまった。

「いや、あの、今日は桜沢さんに、副長が優しくなって・・・」

「今日はルイに優しい? いったい何を言ってるの」

 急に早希の表情が曇った。

「えっと、いつもはルイに厳しいのに今日は、なんだか優しいなって・・・
 あはは、そんなことないですよね」

 しどろもどろの圭子に早希が不機嫌に言った。

「くだらないこと言ってないで、任務に集中しなさい」

 あぁ・・・
 怒らせてしまった・・・

 大好きな早希副長に叱責された圭子は、あからさまに落ち込んでしまった。

 一方、その圭子の様子に、早希の方も自己嫌悪に陥った。

 まずいなぁ、こんな事でイラついてちゃ・・・

 ルイに接する態度について指摘されたので、つい強い口調になってしまった。
 こんな調子では部下を統率出来ない。

『iシステム本起動』

 艦内放送が艦長の命令を告げた。

「ルイ——」

 聞こえるはずも無いのに、思わず早希は言った。


 iシステムが初めて本稼働した瞬間だった。
 大袈裟に言えば、これは人類が未知の領域に踏み出した瞬間でもあった。
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