iの艦隊

あとさわいずも

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4.初交戦——誰も知らない戦争

32.切り札

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 簡単な話だ。
 どんなに強かろうが、立っているもは転倒する可能性があるはず。
 だからそれを実行するのだ——巻波佳奈恵少尉はそう決断した。 
 問題はあんな重厚なパワードスーツを纏った兵士を、自分の力で、本当に転倒させる事が出来るかどうかだ。
 他に切り札は無い。
 しかしやるべき事はシンプルだ。
 敵の足元にスライディングして、脚を払ってぶっ倒す。倒れたらどこでもいいから、銃弾の連べ打ちだ。可能なら所々に存在する、あのパワードスーツの制御装置を破壊すればいい。あとは出たとこ勝負だ。
 こんな作戦、本当に通用するだろうか? 
 ——つばさ隊長。わたしの戦術、間違ってないでしょうか?



 ブリッジ。
 カルア指揮官は、相変わらず可愛いらしい声色で、そして高飛車だった。

「お前の選択は、愚かである。
 自ら死を選んでも、結局は無意味に終わる」

「そうかしら?」

 もちろん本当に自爆などする気など菊池艦長には無い。これは駆け引きだ。

「そうだ。そのことはサマエ・ズィムアわれわれの歴史でも、お前たちの歴史でも証明されている。お前は自分たちの死をもって歴史に汚点を残す気なのか」

「だけど、私の選択によっては、その未来の歴史は、私も——そしてあなたも知ることは出来なくなるわ」

「では、やるがいい。私達にその様な脅しは通用しない。例え無意味な死であっても、私達は恐れない」




 鮫島琴愛の離脱で、iシステムの『目』が失われた状態だった。それでもマザーシステムを操るルイには、僅かながら周囲の状況を感知する事が出来た。
 敵潜と思しき影が、i701のすぐそばに迫っている。琴愛がいなくても感じられるくらいだから文字通り近くに存在すると考えて良いだろう。
 おもむろに田中紗穂莉が言った。

「ルイ。真里花。
 わたしも離脱する!」

「ちょっと待ってよ! どうして」

「琴愛が心配じゃないの?」

「ダメよ! 副長に言われたでしょ。どんなことがあっても離脱するなって」

「真里花の言うとおりよ! それに、紗穂莉がいないと艦を動かせない——」

 航行システムを司る彼女が欠けては、艦の高速移動は不可能だ。
 本当はルイだって離脱したいのは同じだ。
 外の様子が気になる。敵が侵入していて、仲間や先輩たちがどうなっているのか、艦内が今、どう言う状況に置かれているのか、全く判らない。
 でもルイの離脱はiシムテムの停止を意味し、それはすなわちi701の艦体を維持できなくなるという事だ。先輩たちがいるとは言っても、ルイのようにiシステムを長時間維持できない。この緊急事態にルイが離れる事は許されなかった。
 それに先輩たちも侵入者達と対峙していて、交代どころではないだろう。

 真里花とルイの説得に思いとどまった紗穂莉は、不安な胸の内をあかした。

「私たちどうなるんだろ・・・敵は物質転送が出来るんだよ。人類よりずっと科学が進んでるんだよ。これから物質転送装置で、兵士をどんどん送り込んでくるに違いないわ。とても勝ち目なんか無いよ・・・」

 普段は楽天的な紗穂莉の言葉とは思えなかった。

「でもまだ負けた訳じゃないよ。諦めたらその瞬間に負ける事が決まる。でも諦めなければほんの僅かでもチャンスがあるかも知れない」

 ルイは何処かで聞いたようなセリフを口にした。
 それは紗穂莉と真里花にと言うより、むしろ自分に向けた言葉だった。

 真里花は今にも泣き出しそうな様子だ。 
「私たちここで死んじゃうのかな・・・」

「死なないよ」
 ルイが力強く否定した。
 根拠は無い。でも、今はそう信じないと精神こころが持たない。
「とにかく、私たちはiシステムここを守ろ。それが私達の任務よ」





 琴愛は艦内を彷徨っていた。
 今の彼女は艦の任務とは別の、自身の宿命——使命感に駆られていた。
 侵入者と接触しなければならない。
 早くしなければ、この艦が破滅的事態に陥る。それを防げるのはわたしだけだ——
 その為にわたしはi701に乗艦した——。

 艦内には多くの侵入者が存在するはずだったが、何故か見当たらなかった。それどころか、i701のクルーも見当たらない。
 多分、この艦の最重要セクションに集中しているのだろう。
 侵入者達が、iシステムに興味を持っているのだとすれば、恐らくブリッジか、機関室に殺到するだろう。
 しかしiシステムの詳細を知らない侵入者彼らには、どこがiシステムの心臓部なのか判らない筈だ。だとしたら、その秘密を探るべく本艦の指令中枢である、ブリッジを押さえようとするはずだ。
 そして、そんな考えとは別に琴愛の直感がサマエ・ズィムア人達の位置を教えていた。

——わたしには、わかる。

 琴愛はブリッジに向かった。
 多分、侵入者たちの指揮官はそこにいるだろう。
 彼等を追い返さなければならない。
 その為には指揮官と会う必要がある。
 サマエ・ズィムア人の指揮官がどんな人なのかは判らないけれど、自分が目の前に現れたなら驚く筈だ。だが同時にそれは危険な賭けでもある。
——もしかしたら殺されてしまうかも知れない・・・。
 それでも不思議と恐れは無かった。
 だって、わたしはその為にこの艦に乗ったのだから。


 

 切り札が欲しいと、巻波佳奈恵少尉は思った。
 敵を転倒させた所までは良かった。
 意表を突かれた敵は、彼女のスライディングに足を払われ、敢えなくその場に倒れた。
 しかし、その後がいけない。
 関節部を狙えば、繰り返し銃弾を浴びせれば、破壊出来ると期待していたが、全く通用せず、銃弾はことごとく跳ね返された。
 敵は銃弾を無視したまま、立ち上がると、腕に装着された武器らしきものを巻波少尉へ指向したが、すかさず彼女は足元にスライディングして、再び敵を転倒させた。
 今度は関節部に限らず乱射したが、全く通用する様子が無い。
 再び立ち上がった敵を、さらに転倒させようとした刹那、突然、眼前に発生した強い光に巻波少尉の視界は奪われた。

 ようやく視力を回復した時、目の前には、見たこともない軍装を纏った謎の少女が立っていた。
 初めて出逢う敵だから明確には判らないけれど、オーラとでも表現すべきだろうか? 他人を圧倒する様な不思議な雰囲気を纏っている。年齢は佳奈恵よりもかなり下の様に見えるが、恐らくパワードスーツを纏った兵士より階級が上に違いない。
 次の行動を起こそうとした瞬間、佳奈恵は自らの身体から自由が奪われていることに気づいた。光のリングに身体を緊縛されていた。
 少女が言った。

「随分、手こずらせてくれたな」
 気の強そうな表情・口調とは裏腹に可愛らしい声だった。
「その奮闘の褒美に、お前には最高の苦痛による死を与えてやろう」

 少女が腕を振った瞬間、ナイフ大の光剣が彼女の胸部を貫いた。
 そして、例えようもない激痛が佳奈恵を襲った。しかし出血は無い。うめき声すら出ない。痛みと同時に光の緊縛は消滅し、肉体の自由は回復したが、光剣を抜こうとしても、実体が無くつかむことが出来ない。

「その激痛はいつまでも続くぞ。だが安心しろ。出血多量で死ぬことは無いし、絶対にショック死もしない。——その代わりに発狂するかもしれないがな」
 少女は残酷な目つきで嘲笑した。
「早く楽になりたかったら『どうか私を殺して下さい』と泣いて懇願しろ」

 佳奈恵はのたうち回りながらも、少女を睨みつけた。

 ——決してお前には屈しない。

 その意志が通じたのか、少女は顔から笑みが消えた。

「ふん。いずれ時間の問題だ」

 その時少女の背後から声がした。

「すぐにその人を苦痛から解放しなさい」

 佳奈恵が苦痛を堪えながら声の方に視線をやると、そこには学生の鮫島琴愛が立っていた。

「誰だ貴様——」
 言いながら振り返った少女は絶句した。
「そ、その紋章は——あ、あなたはもしや・・・」

「私が何者なのか、判っているようですね」

「どうして、コトメ様がこの様な場所に——」

 琴愛が少女の言葉を遮った。

「判っていながら、その無礼な振る舞いは何事ですか」

「申し訳ございません」

 少女は跪いた。
 それを見たパワードスーツの兵士が、慌てて同じ様に跪く。
 しかし苦虫を噛み殺したようなその表情は、いかにも少女が不本意ながら従っているという事を物語っていた。

「早く、この人を苦痛から解放しなさい」

 琴愛が毅然とした態度で命じた。

「しかし——」

「早く!」

 渋々、少女は佳奈恵の胸を貫く光剣を消した。
 同時に佳奈恵の身体から動きが消えた。
 驚く琴愛に、少女が説明する。

「気を失ったのです。死んではいません」

 琴愛は佳奈恵の呼吸を確認し、生存を確認したあと、こう命じた。

「あなたたちは、速やかにこの艦から立ち去らなくてはなりません」

「それは——」

「私の命令がきけないと言うのですか」

「いかにコトメ様の御命令と言えども、私の一存で、決定出来る事では御座いません」

「では、あなたたちの指揮官へ私の意思を今すぐ伝えなさい」



 ブリッジでは菊池艦長が追い詰められていた。
 このカルアという指揮官相手に、もうブラフは通用しないだろう。

——本当に自爆をしなくてはならないのか?

 海上防衛高校とはいっても、民間人の高校生だ。それ以上に、未来ある若者を自爆に巻き込んでいいのか? あり得ない選択だ。
 一方で、i701の敗北は、誇張では無く日本の敗北——引いては世界の敗北を意味すると言っても過言ではない。ましてこの艦を敵に明け渡すなどあり得ない選択だ。
 二つのあり得ない選択が、菊池美紗子に突き付けられていた。

 その時、カルアに通信が入った。

「なんだと——まさか、そんな事が……
 仕方あるまい。ここへお連れしろ。くれぐれも非礼無きよう行動に注意するのだぞ」

——何なの?

 菊池艦長は訝しんだ。
 明らかにカルアが動揺している。
 それを証明するかの様に、カルアが言う。

「まさか、貴様らにこんな切り札があったとはな……」

 何のことか判らないが、菊池艦長は自信たっぷりに応じた。

「切り札を簡単に教えるほど私は愚かではないわ」

「しかし、これで状況が好転したと勘違いしない事だな。依然としてわたくしたちが優位にあることに変わりはない」

「それはどうかしら」

 ギリギリの駆け引きだ、と小早川早希は思った。
 自分同様、艦長にもカルアの言っている意味が判らないはずだ。カルアの動揺を見て取り、僅かな可能性に賭けているのだろう。
 つまり、艦長はまだ諦めていないという事だ。
 
 程なくして、カルア指揮官の動揺の理由が判明した。
 サマエ・ズィムアの士官と思しき少女と、それに続いて入って来たのは、鮫島琴愛だった。

 カルアが言った。

「お待ちしておりました。姫様——」

 姫様?
 i701のクルーの驚いた表情に、カルアが不敵に鼻を鳴らした。

「ふん、やはり貴様たちは知らぬ様だな。この方は我がサマエ・ズィムア帝国の第三皇女コトメ様であらせられるぞ」

 鮫島琴愛がサマエ・ズィムアの皇女?
 さすがの菊池艦長も驚きを隠せなかった。
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