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4.初交戦——誰も知らない戦争
29.戦闘行為禁止
しおりを挟む「戦闘行為禁止だと——」
潜水艦総隊司令の長沼少将は絶句した。
「あくまで話し合いによる解決——戦争回避というのが総理の意向だ」
防衛艦隊総司令官の真田中将は渋い表情だ。
真田と長沼は防衛大の同期で、お互い切磋琢磨してきた間柄だ。だから立場や階級を超えて遠慮が無い。
その真田が横須賀からわざわざ呉までやって来ること自体、どうせロクな話じゃ無いとは思っていたが……。
「既に開戦しているも同然じゃないか。現状を戦争状態じゃないと言うのなら、何が戦争だというんだ」
多くの民間船舶を沈められ、海保の巡視船、そして防衛軍の艦艇さえ沈められ多大な犠牲者がでている。事実上の海上封鎖状態だ。
日本は破滅の淵に追い詰められていると言っても過言ではないのだ。
「これは最高司令官の命令だ。俺はそれに基づいて、命令を伝えるだけだよ」
「お前はメッセージボーイか」
「新政権はいかなる戦争も肯定しないそうだ」
「防衛軍だって、戦争を肯定なんかしていない。しかし現実に悪意を持った敵対勢力が存在する以上、対処するのは義務じゃないか」
「そんな事判ってるよ。しかし内閣総理大臣の至上命令ではどうしようもないだろ」
「先制攻撃を実際に受けた場合はどうするんだ」
「その場合の明確な指示はまだ無い」
「そんな無責任な」
確認しろ!
と怒鳴ったものの、真田がそれを確認していない筈もなく、つまり官邸にうやむやにされたのだろう。
「そんなの常識で判断しろよ」
「ほう? 常識でね……じゃあ、俺は部下を護るための行動をとるぞ!」
「それは当然だ。——しかし、法律の範囲内でな」
「法律のかっ!」
「当たり前だ。それが日本の海上防衛軍だ」
「それは、判っている——だか、俺は部下をむざむざと殺させはしないぞ」
真田中将との会見の後も、長沼は怒りが収まらなかった。
これでは部下に死ねと命令するも同じではないか。しかも政治的パフォーマンスのためにだ。
長沼は考え抜いた挙句、i701の菊池美紗子艦長に次のような指令を送った。
・内閣総理大臣の命令により、別命あるまで戦闘行為を禁ずる。
・先制攻撃を受けた場合は潜水艦総隊司令官の指示を仰げ。
・司令部との通信が途絶している場合は、艦長の判断で、艦と乗組員の安全確保の為に必要な措置をとれ。この場合の戦闘行動は、自衛の為の必要最小限度とする。
これなら少なくとも自衛戦闘の指示は、自分の裁量となる。実際には菊地艦長の判断で良いのだが、責任の所在は自分になる。
あとで処分——ひょっとしたら逮捕される懸念さえあるが、放っておけば、現場指揮官に責任が押し付けられることは目に見えていた。
いくら女性潜水艦乗り、そして女性艦長に違和感があっても、部下である事には変わりは無い。部下にそんな訳の解らない責任を押し付けてるほど俺は落ちぶれてはいない。
一方、i701でも怒りの声が巻き起こっていた。
「これでは何のために出撃するのかわかりません」
「敵との交渉の糸口を掴めと命ぜられても、これまで敵は一度も、こちらからの問いかけに応答はおろか、反応すらしていません」
「偵察任務を遂行するにしても、敵が本艦以外の船舶を攻撃した場合はどうしたらいいのですか」
艦を護るための自衛行動は認められているけれども、それ以外の行動は認められていなかった。つまり目の前で民間船が攻撃されたとしても、攻撃は出来ないのだ。
その『自衛の為の戦闘』というのも、具体性を欠いている。
「それについては考えがあります」
と、菊池艦長は言った。
もしそのような事態に遭遇すれば、敵潜との民間船との間に割って入るつもりだった。
必然的に敵潜からの攻撃を受ける位置に入り、実際に攻撃を受けてから反撃に入る捨身の作戦だ。
「そんなことまでしなければ、ならないのですか」
早希は呻いた。
そう言えば早希も聞いたことがある。
陸上防衛軍のPKO活動の指揮官が、似たような事をしようとしていた話を。
目の前で民間人や友軍が襲われた場合に、彼らを救うために考えられた、いかにも苦しい作戦だ。
菊池艦長はそれと同じ事をしようとしているのだ。
艦長——陸軍のPKO部隊とちがって、このi701には高校生が乗ってるんですよ・・・
でも艦長はそれを知りながら、苦渋の決断をしているのだろう。
幹部士官の不満は政治家——特に首相に集中した。
もともと防衛軍に否定的な見解を口にしていた政治家という事もあって、内心嫌っている者が多い。
菊池艦長が一喝した。
「あなたたち何を言ってるの!
何であれ、国民に選ばれた議会に選出された総理大臣よ。その事の重みを知りなさい」
だが、そう言う菊池艦長自身納得出来ない命令である事は明らかだった。それだけにもう誰も不平を口にする者はいなかった。
そんな中、菊池艦長から下された命令に、早希は首を傾げた。
「三〇ノット以内ですか?」
今は急ぎ、敵潜を捕捉すべき時ではないのか?
「そう。いきなり敵潜並みのスピードを見せれば、相手が警戒する恐れがあるわ」
「しかし、それは賭けですね。逆に敵はその高速機動を最大限に発揮して本艦を一気に叩きにかかるかも知れません」
「そうなれば寧ろ有り難いわ。反撃が可能になる」
「一気に勝負が決してしまいます。その場合、先手を打つ側が有利です」
「でも第一撃を躱すことができれば、こちらが有利になる」
「それはそうですが・・・」
「私はi701と、クルーの能力を信じている。
それに——」
艦長は早希を見据えた。
「戦闘が始まるまでは、ルイへの負担を極力減らす必要があるわ」
そうだ・・・
これはiシステムの要・桜沢ルイにもっとも負荷がかかるミッションだ。
彼女は耐えきれるのだろうか?
そのルイは案外、落ち着いていた。
と、言うより楽しんでいたと言った方が正しいかもしれない。
瀬戸内海から関門海峡を抜けたところで、iシステム・オペレーターは一年生チームに交代していた。ここからは玄界灘に跋扈する敵と、いつ遭遇するか判らないからだ。
そんな緊迫した状況にも関わらず、リラックスしていたのは、iシステムの持つ不思議な特性からだった。
今、ルイの目前には青空とも水中ともつかない空間が広がっている。澄んだマリン・ブルーだ。
清々しい、と言うのはこう言うことなんだろうな、とルイは思う。
オペレーションを繰り返すうち、最初の頃のように、もうパズルのような光景を思い浮かべる必要は無くなっていた。いま見えているような不思議な——そして美しい空間を泳ぐ感覚に、いつしか変化している。
紗穂莉に真里花、そして琴愛の存在がすぐそばに感じられ、その安心感もある。
ルイたち四人は互いの姿こそ見えないが、会話が出来るようになっていた。
あの高城少佐が「iシステムはオペレーターと共に成長する」と言っていた意味が判るような気がする。
とは言え、ルイも完全に不安を拭い切れている訳では無い。
「攻撃禁止って——どうなるんだろう? 私たち」
「大丈夫! 私が見事、逃げきって見せるわ」
航行システム担当の紗穂莉が元気に宣言した。
「でも私は攻撃禁止って聞いて、少しホッとしてるんだ」
と真里花。
彼女は攻撃システムが担当だ。
「どうして?」
「私の当てた魚雷で、敵の人達が死んじゃうと思ったら・・・怖い・・・」
どんなに辛い過去でも明るく語る真里花が、沈んだ口調だった。
そうだ・・・これは戦争なんだ
敵潜にも人間のような生物が乗っているに違いない。
そう考えると、真里花ばかりでなく、ルイ達も気が重くなった。
「真里花、大丈夫なの?」
琴愛が心配そうに言った。
「うん」
実は真里花は処女航海前に、艦長から言われたことがある。
「攻撃システム担当のあなたには、精神的負担が大きいと思うけど、あなたが悩む必要は無い。攻撃はあくまでも私の命令、そして海上防衛軍の意思なの。全ての責任は私にある。あなたには一切の責任は無い——それだけは忘れないでいてね」
その時はあまり深く考えず首肯したが、まもなく実戦を経験するであろう今になって、あの言葉が重くのしかかってきた。
菊池艦長は真里花の悩みを先取りしていたのだ。
「だからさー、大丈夫だって」
紗穂莉が明るく言った。
「私が上手に逃げ切ってあげるから」
でも、その紗穂莉も本当は不安だっだ。その思いはiシステムで繋がる他の三人にも伝わって来ていた。
ルイの心に、高城少佐の言葉が再び蘇った。
『iシステム・オペレーターは、いずれ心が繋がるようになる。そして完全に心が一つになった時、最大の能力が発揮される——』
そろそろその効果が現れ始めたのかな?
嬉しいような、恐ろしいような、複雑な思いがよぎる。
その時、琴愛が言った。彼女は
レーダーと通信システムを担当だ。
「あれは——?」
彼女の緊張はルイたちにも伝わっていた。
「何かが黒く光ってる」
「黒く光るって、どう言う意味?」
だがルイのその質問には答えず、琴愛は叫んだ。
「艦長! 敵潜を発見しました。衝突コースです」
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