iの艦隊

あとさわいずも

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4.初交戦——誰も知らない戦争

27.わたし、頑張ります!

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〈つばさ隊長。
 自分に新たな任務が与えられました。
 ある艦艇の、防御任務です。
 特戦群から特警隊へ戻って間もないのですが、これは実戦を前提とした転任のようです。
 不安でいっぱいですが、つばさ隊長の教えを守って任務を全うする決意です〉




「海軍少尉巻波佳奈恵まきなみかなえ、ただ今、着任しました」

 敬礼がまるで陸軍みたいね。
 それに——
 意外に背が低い・・・
 小早川早希は、部屋に入って来た少尉を見て、そう思った。
 とは言っても一六〇センチくらいはあるから女性としては、背が低い方とは言えない。ただ、特殊部隊の隊員というイメージからすると、もっと背が高いのではないのかという、早希の勝手な思い込みだった。
 あと、これも思い込みなのだが、特殊部隊員にしては顔が可愛いらしい。

「艦長の、菊池美紗子です。よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いしますっ」

「元気ね。
 しばらく陸上防衛軍に派遣されていたと聞いたけど・・・」

「はい。二年間、特殊作戦群で訓練を受けてきました」

 彼女は海軍の特殊部隊・特別警備隊から、陸軍の特殊部隊・特殊作戦群へ派遣されていた。理由は色々あるが、近接格闘戦をさらに強化するためだ。特に女性隊員の強化は喫緊の課題だった。
 さらに言うと、陸海軍の特殊部隊の交流と言う目的もある。
 実際、彼女と入れ替わる形で特戦群から特警隊へ、水上での特殊作戦技術を学ぶために、人員が派遣されていた。
 艦長は巻波少尉の胸に視線を向けた。

「もしかして、それはレンジャー徽章きしょう?」

「その通りであります」

 誇らしげだった。
 陸上防衛軍の資格だが、海上防衛軍でも特別警備隊の者は基本的に取得している。
 脱落者続出の厳しい訓練に耐え抜き、選ばれた者だけが得られる称号である。

「それは頼もしいわね。
 詳しい任務は副長と打ち合わせて」

「副長の小早川早希です。よろしくね」

「小早川——
 あの、あの、小早川早希大尉でありますか」

 急に巻波少尉が慌て始めた。

「どうしたの?」

「いえ、何でもありません——
 お会い出来て光栄ですっ!」

「えっと・・・どこかで会ったかしら」

「お会いしたのは初めてですが、お名前はかねがねお聞きしておりました」

「あら、有名人なのね副長」
 菊池艦長がからかうように笑った。

「はあ」

「ま、詳しい話は後で聞けばいいわ。先ずは巻波少尉に本艦での任務を説明して、今後の方針について打ち合わせなさい」


 菊池艦長としては三名くらいの隊員を派遣して欲しかったが、少数精鋭の特別警備隊の——しかも女性隊員を三名も出せないと言うのが江田島からの回答だった。
 自ら江田島の特警隊司令部まで出向いた菊池艦長は、隊長の中島大佐に迷惑そうな顔をされた。
「本当は一人だって痛いんだ。特に女性隊員は少ないからな。
 その代わり、ウチの若いエースを派遣してやる。ちょうど特戦群から戻って来たところだ。格闘戦にもってこいの隊員だ」
 あとで聞いたところによると、中島大佐は普段から迷惑そうな表情をする人物のようだった。
 そして転属してきたのが、巻波佳奈恵少尉だった。



「ま、魔女・・・でありますか?」

 別室に移動してブリーフィングを受けた巻波少尉は、小早川副長の言葉を訝しんだ。しかし副長の瞳に冗談の要素は微塵も感じられなかった。
(自分は何かを試されてるのかな?)

「『魔女』というのが信じられないなら、『未知の超生命体』と言い換えてもいいわ」

(いやいや、どっちみち俄かには信じられないのですけど・・・)

 声に出さなくとも、表情にはその思いが現れているらしく、小早川副長は眼の前で深い溜息をついた。

「ま、信じられなくても無理はないんだけどね。でも、これは本当の話よ。さらに言うと、それとは別の生命体が艦に侵入した形跡もある。学生達は幽霊なんて言ってるけどね」

「『魔女』に『幽霊』でありますか」
 巻波少尉は少しだけ考え込んだ後、静かに言った。
「——つまり、その謎の敵が艦内に出現したので、その対処のために私が呼ばれた——そういう事でよろしいのでしょうか?」

「その通りよ」

の戦力を記録したデータはありますか。それに基づいて我の防御態勢の構築を検討したいと思います」

「もちろんあなたにはしっかりと、データを検討してもらうつもりよ」

「早速、データを分析の後、急ぎ艦の防御計画を策定するように努力します」

 特警隊がそうなのか、二年も陸軍へ派遣されたらそうなのか——何だか堅苦しい感じだな、と、早希は思った。
 でもそれがあまり板に付いてないので、早希は幾度か失笑しそうになった。でも真剣な顔の彼女を前にして、笑う訳にもいかず、表情を変えずにいるのに苦労した。

「ところで、さっき、私の事を以前から知っているような口ぶりだったけど」

「失礼しましたっ」

「別に失礼では無いんだけど、どうしてなのかな」

「小早川副長の防大同期の方で、陸上防衛軍に進まれた船越大尉を覚えていらっしゃいますか」

 陸上防衛軍の船越大尉?
 防衛大学の同期で船越といえば、一人しかいない。
 順当に行けば彼女も陸軍大尉になっているだろう。
 彼女とはあまりいい思い出が無いんだけどな・・・。

「もしかして——船越つばさ?」

「はいっ」
 急に巻波少尉の目が輝き始めた。
「つばさ隊長が、海軍には自分の同期の女性が二人いて、一人が山野部深雪大尉、もう一人が小早川早希大尉だと、おっしゃってました。二人とも優秀な海軍士官だと仰っておられました」

 つばさ——。
 嫌味か。

「そう——なの?」

「防大時代とても仲がおよろしかったのですよね」

「つばさがそう言ったの?」

「いえ。私の推察です。
 でも、小早川副長や山野部大尉の事をとても高く評価してらっしゃたので、この推察には自信があります。
 自分、特殊作戦群でつばさ隊長に、とてもお世話になりました」

「彼女、今、特戦群にいるんだ」

「いえ、私がお世話になったのは最初の一年だけで、その後、第七機甲師団で何か特殊な任務に就かれたらしいです」

 船越つばさ。
 嫌味な女だった。
 でも綺麗な女性だった。
 そればかりではなく、私と同じ種類の女性だった——。
 あの性格の悪さが無ければあるいは・・・。

「どうなさいました」

 急に黙り込んだ早希を、不安そうに見つめる巻波少尉と視線が合った。

「いえ、何でもないわ。
 船越つばさは、同期の中でも特に優秀だったわ。頭脳明晰なだけじゃなくて、実際の戦闘訓練——特に格闘戦では同期の男性学生はもちろん、レンジャー教官さえ寄せ付けないほどだった」

「はいっ」

 嬉しそうに巻波佳奈恵少尉が頷いた。
 よほど、つばさに心酔しているらしい。
 でも船越つばさが優秀だったことは事実だ。

「船越大尉に指導を受けたのなら、近接戦闘は任せられそうね」

「はいっ。つばさ隊長の名前を穢すようなことはありません」

 久しぶりに船越つばさの名を聞いたことで、早希は憂鬱な気持ちになっていた。



〈つばさ隊長。
 新しく配置された艦での任務は、予想外のものでした。
 詳しくは書けませんが、存在が事実である事さえ疑わしいような相手との戦闘を想定しなくてはなりません。
 それともう一つご報告があります。
 私が転属した艦の副長なのですが、なんとあの小早川早希大尉です。
 つばさ隊長が非常に優秀な士官だと仰っておられた、あの方です。
 自分はなんて幸運なのでしょうか。
 小早川副長の下、わたし、頑張ります〉




 海上保安庁の巡視船「ほうおう」が100ノット超えるスピードで長崎沖を進む不審船を発見したのは、その二日後の事だった。
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