iの艦隊

あとさわいずも

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3.処女航海——未知の世界へ

22.魔界からの来訪者

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 田中紗穂莉、長内真理花、鮫島琴愛の三人は菊池艦長に呼ばれた。
 初めて経験した、本物のiシステム・オペレーションについて、色々と話を聞きたいという艦長の意向だった。
 ただルイだけは、反物質反応炉の検証実験のため、再びiシステム・オペレーションに任務に就いていた。

 しかし三人がブリッジに入ると、艦長は忙しそうに各部門に指示を出していた。
 どうしたものかと、三人が顔を見合わせたその瞬間、異変は起きた。
 
 まず雷鳴がした。そして、
 ドロン
 という異様な音と共に、ブリッジの中心に、煙が立ち昇った。
 煙はすぐに消滅したが、そこに女性がたっていた。
 昔のアメリカのドラマに出てくる魔女のような姿をした、アラフォーと思しき美女だ。

 間髪を入れず、菊池美紗子艦長が命じた。
「非常警報。侵入者に警戒。警備班は戦闘態勢でブリッジへ」



 侵入者!
 一体どういう事よ。
 ルイの二回めのiシステム・オペレーションに立ち会うために機関室に詰めていた小早川早希は、にわかには事態が理解出来なかった。
 潜航中の潜水艦に侵入者て——
 早希の脳裏に、さっき聞いたばかりの鈴木技師の話や鮫島琴愛の話が蘇った。
  まさか。
 i701の警備責任者は早希だ。
 艦の警備班は、まだまともに組織化されてはいない。
 大慌てで出航した関係で、後回しにした事が多く、艦の警備態勢の整備もその一つだ。
 i701の乗組員の多くは学生で、いずれは戦闘訓練を行うにしても、それはまだ先の予定だったし、そもそも艦内に侵入者があるなどとは、想定していなかった。だから、ほぼ手付かずだったのだ。
 早希は矢継ぎ早に指示を出した。

「ルイはこのままオペレーションを続行するように。
 水戸機関長は、ここを守りなさい。危険と判断した場合は、武器使用の許可を待たずに発砲しなさい。ここがやられると、この艦はお終いよ」

 突然、訪れた緊急事態に水戸圭子少尉は動揺を隠せない。

「貴女がこの艦を護るのよ。しっかりしなさい!」

 早希は水戸少尉を叱咤すると、機関室を後にした。




「一体、何者なの。どこから現れたの」

 菊池艦長は落ち着いた口調で謎の美女に問うた。

「あら、見たとおりよ。判らないの?」
 謎の美女はすこしふざけた様な、そして妙に艶っぽい口調で言った。

「趣味の悪い、コスプレにしか見えないわ。どこに潜んでいたの?」

「どこって——どこにも潜んでなんかいないわ。だってこっちの世界には今、来たばかりだもの」

 小早川早希副長が、自動小銃で武装した三名の士官を連れてブリッジの入り口に到着した。タイミングを見計らって突入するつもりだった。
 だか、謎の女にはお見通しのようだった。

「あら、また可愛いたちが、集まってきたわね。ほんと、楽しい艦ね」

 奇襲が無理だと悟った菊池艦長は、副長たちにブリッジに入ってくるように目配せした。
 早希は銃を構えたまま、いかにも不承不承ふしょうぶしょうといった体で指示に従う。艦長は奇襲よりも威嚇を選択したのだ。
 紗穂莉が琴愛の耳元で囁いた。

「さっき言ってた、侵入者って、あれのこと?」

「——違う。あれじゃない」

 一方、早希も鈴木奈緒美に同じような質問をしていた。

「さっき言ってた侵入者って、これですか?」

「いや、これじゃありません。反応が全然違う・・・」

 アラフォー美女が聞き咎める。
「ちょっと! そことそこ。『あれ』だの『これ』だの、失礼ね。誰なのこの艦の責任者は? 教育がなってないわね」

「私が艦長の菊池です。あなたに教育を批判される覚えはない。
 あなたこそ他人ひと艦に無断侵入して、失礼じゃないの」

「ふん。可愛い顔してるくせに、随分生意気な口をきくのねえ」

 つい今しがたまで反物質反応炉の検証実験のデータを採取していた、鈴木奈緒美技師は画面を切り替えた。そこには信じられないデータが表示されていた。

「まさか・・・あり得ないわ」

 菊池艦長の鋭い視線は、謎の女を捕捉えたままだったが、鈴木技師のつぶやきを聞き逃さなかった。

「鈴木さん、どうしたの」

「計測によれば、その女性はここには存在しないはずです。と言うか——虚数です」

「どういうこと?」

「iフィールドから得られるデータは、人に判りやすく視覚化され位置情報やビューアーの画像としていますが、本質的には空間の位相の歪み等から得られた数式で表される、純粋な数学のなのです。iフィールドのデータを解析した場合、三次元の存在に虚数の解は存在し得ない。したがってここに表示されているデータどおりなら、その女性は存在していないことになります。」

「鈴木さん。よく判らないわ。急場です。簡潔にわかりやすく」

「——敢えて定義しなければならなとしたら——その女性は異次元の存在です」

 菊池艦長にはまだ理解出来なかったが、これ以上聞いても解りそうになかった。
 要するに人智の及ばぬ未知の存在ということである。
 アラフォー美女が言った。 

「そんな訳の判らない変な説明より、私がもっと判りやすく教えてあげるわ。
 私は、貴女達が言う『魔界』からやってきた、大魔女ユサラティーヒ様よ。
 よく憶えておきなさい」

「そんな魔女聞いたことがないわ」
 田中紗穂莉が憮然とした表情で言った。
 オタク美少女・沙穂莉は天使や魔女にも詳しいのだ。

「そんな事知らないわ。そもそも名前なんてあんた達人間が勝手に魔界人私たちに付けただけでしょ」

 そう言い放つユサラティーヒに、紗穂莉が畳み掛けた。
「ふん! 大体何よ、その格好。今どきそんな衣装着た魔女なんか、あり得ないわ!」

「沙穂莉。やめなさい」

 早希が紗穂莉を制したが、ユサラティーヒには彼女の言葉が引っかかったようだ。

「あら、そう。古いの? これ」

 ユサラティーヒは自分の衣装を見回すと、紗穂莉と視線を合わせた。
 途端に彼女の表情が歪んだ。

「あぁ、あは、いやっ・・・あぁん——やめて・・・」

 紗穂莉が悩ましげに喘いだ。
 ほんの一瞬だったが、何かが自分の中に入って来たような——そして、もの凄く恥ずかしいことをされたような感覚が彼女を襲った。
 沙穂莉の異変に気づいた菊池艦長が怒鳴った。

「一体、彼女に何をしたの!」

 ユサラティーヒは、それには答えず「なるほどね」と呟くと、右腕を回転させる様に振った。
 すると煌めくような光に包まれ、次の刹那、その衣装に変化が起きていた。

「どう? これで」

 さっきまでの衣装に比べると確かに今風の魔女っぽく、垢抜けた感じの衣装へ変化していた。そしてさらに目を引いたのは、さっきよりも露出度がアップしていた事だった。
 沙穂莉は
「ふん。まあまあね」
 と、強がって見せたが、彼女が精神的に大きなショックを受けているであろうことは、誰の目にも明らかだ。
 菊池艦長は琴愛たちに、沙穂莉を医療室に連れて行くように命じると、再びユサラティーヒを詰問した。

「答えなさい! 彼女に何をしたの」

「そんな怖い表情すると、せっかくの可愛い顔が台無しよ、美紗子ちゃん。——心配しなくても、何もしてないわよ」

 いつの間に私の名前を知ったの?
 菊池艦長は内心動揺したが、それは顔に出さなかった。

「明らかに、私のクルーに異変が起きているわ。誤魔化さないで」

「ま、最初は刺激が強いようだけどね——少しその小娘の心の中を覗かせてもらっただけよ。たぶん、その子には、刺激が強すぎたのよ」

「心を覗いた・・・なんて事を・・・」

「私の姿が古臭いとか言うから、この小娘の頭の中から最新情報を貰っただけよ。お陰で、こんな素敵な服に変えることが出来たわ。
 それにその刺激も慣れると快感みたいよ。癖になる人間多いわ。現にその子も随分いやらしい喘き声を上げてたじゃない」

 早希は頭にきていた。
 くそう。言いたい放題言いやがって!

「艦長。あの女を逮捕させて下さい。もう、我慢できません」

「副長。冷静になりなさい。悔しいけど、この女の能力は私たちをはるかに上回っている」

「でも——」

「あら、構わないわよ。捕まえられるんなら捕まえてみて」

 ユサラティーヒが早希を挑発した。
 だがそれに乗ったのは早希ではなかった。

「ふざけんな!」

 頭に血が登っていた部下の一人が、そう言って発砲をした。
 ——したはずだった。実際、連続した発砲音がブリッジの空気を引き裂いた。
 だが、ユサラティーヒを襲ったのは銃弾ではなく、赤青黄のカラフルな花吹雪だった。
 そして早希たちが手にしていたはずの自動小銃は、花束に変わっていた。
 それを見た早希は、かっとして花束を床に叩きつけようと振り上げたが、止めた。
 花束を滅茶苦茶にしても仕方がない。
 菊池艦長が言った。

「魔界だか魔女だか知らないけど、このふねに来た目的は何なの? ただ私たちを揶揄う為にきた訳じゃないでしょ」

「そんなの決まってるじゃないの。私は魔女——つまり悪魔よ——」
 魔女が魅惑的な笑みを見せた。
「目的はもちろん、この艦の乗組員、全員から魂を奪うためよ」



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